6 病院にて
時刻は午後十一時。
「契一郎は?」
「まだ手術中よ。傷は急所を外れていたけど、出血が多くて。手術室前ではご両親に
「……助かるよな?」
「契一郎くんのことだもの。きっと大丈夫よ」
励ますように、咲苗は尋の肩に優しく手を置く。
「他にも負傷した人がいたって聞いたけど」
「犯人に襲われていた女性ね。彼女は別の病院へ運ばれた。首を刺されていたけど、幸いなことに命に別状ないそうよ。契一郎君のおかげね。彼が駆けつけていなかったら、彼女も確実に殺されていたでしょうから」
「無茶しやがる」
被害女性を救った契一郎の功績は大きい。命を救えたこともそうだし、生存者からもたされる情報は今後の捜査においても有益であろう。
しかし、結果的に契一郎が自己犠牲を払うような形となってしまった。本人は満足かもしれないが、友人として、相棒としては、手放しでは喜べない。
「
契一郎と
「契一郎くんのためにもと、気丈にも警察の事情聴取に応じてくれたみたい。ただ、やはりショックは大きくてね。今は別室で休ませているわ。念のため夜光署の
「分かってるよ。後で鴇田のところに顔を出してみる。
表向きの事情は直ぐに知れるだろうし、今夜中には世里花にも契一郎と楓のことを話しておくべきだろう。尋だって楓の友人ではあるが、同性の親友である世里花程はより添える自信がない。楓の心のケアのためには、世里花の存在は不可欠だ。
「咲苗ちゃん。契一郎をやったのはファントムなのか?」
静かな怒りの籠った尋の言葉に、緊張感がいっそう高まる。
「鴇田さんの証言によると、犯人の腕は刃物と一体化していたそうよ。あまりにも現実離れした光景だし、夜間だったこともあり、警察は極限状態の見間違いだと判断したようだけど、尋はどう思う?」
「警察が信じないのも無理はないけど、俺は鴇田を信じるよ。実際に腕が刃物と一体化した異形がそこにはいたんだろう。ここはそういう街だ」
「世間を騒がせた現代の切り裂きジャック事件の話題が、この夜光市を中心に再び再燃したタイミングでの異形の目撃証言。状況的にもファントムの関与を疑うのは当然よね」
「ファントムが存在する以上、宿主もセットになっているはずだが、現場にファントムや被害者以外の人物は?」
「鴇田さんの証言によると、犯人は単独だったとのことよ。彼女も最初から最後まで見ていたわけではないようだから、恐らくは彼女が到着した時点で、宿主だけは早々に姿を眩ましていたということじゃないかな。その辺りは、目撃者でもある契一郎くんの回復を待って事情を聞くしかないわね」
「とにかく、一連の事件とファントムは繋がったわけだな」
宿主とファントムが同一人物であることを知るのは契一郎のみ。
その証言無しに、イレギュラーな状況を想定することは難しい。
故に状況判断は、宿主とファントムが別々に存在しているという、通常の想定で進められていた。
今回のファントムは、本家の切り裂きジャック事件を元に生み出された存在と考えるのが妥当だろう。それは刃物を凶器に用いたファントムのスタイルからも窺い知ることが出来る。
とすれば、ファントムを生み出す心の闇を抱えた宿主が何者なのか、自ずと答えは出てくる。
「正体は不明だけど、現状、宿主として疑わしいのは十年前の殺人鬼本人。ファントムのイメージ元は模倣相手でもある本家切り裂きジャック。目的は、十年前の殺人事件の続きを行うこと、といったところかな。宿主からしたら憧れの殺人鬼との夢の競演といったところね」
「体を張った契一郎ためにも、ファントムや宿主の凶行を食い止めないとな」
「例の武器の開発を急ピッチで進めているわ。きっと尋の助けになるはず」
例の武器とは、先月発生した連続ペット消失事件解決後に咲苗が提案した、何時でも尋が「
武器を持ったファントム相手に肉弾戦では辛い。新装備は今回のファントムとの戦いにおいてきっと有益なものとなるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます