15 大烏VS殺人鬼
「その腕、一体どういう仕組みなんだ?」
「私の意志に呼応して自在に凶器へと形を変えます。
屋上で尋を待ち構えていた
「いつからその体に?」
あくまでも冷静に質問をぶつける。
仮にも相手は担任教師だ。一応の事情は把握しておきたい。
「凡そ一カ月半前。この街での最初の殺人の際です。十年前、憧れの存在であった切り裂きジャックの事件を完全に模倣した私はそれで満足した。それっきり殺人衝動は綺麗さっぱり消え去り、真面目に教員生活を送ってきたはずだったのに……昨年、夜光市に赴任してから私の中で再び殺人衝動が暴れ出した。最初の一年はまだ余裕がありましたが、今年度に入り、私の
憧れの殺人鬼を模倣する時点ですでにいかれているが、事件後十年間新たな殺人が起こらなかった以上、東端の言葉は真実なのだろう。この状況で嘘つく必要もない。
十年間治まっていた東端の殺人衝動が再び
この夜光市において、都市伝説の持つ意味合いは他の土地はまるで違う。自身の起こした事件が、現代の切り裂きジャック事件として都市伝説化していた東端にその影響が出たのも然りだ。
「女性に杭を打ち込む瞬間にね。とてつもない力が出たんですよ。素手で打ち込んでいるにも関わらず、杭は易々と人体を貫通し、地面にまで達するんです。何が起こったのか自分でも分かりませんでしたが、私はとてつもない恍惚感を得た。天恵だとさえ思えましたよ」
杭という特殊な凶器を使った殺人。
それを行うための怪力こそが、東端のファントムとしての最初の目覚めであった。
「次の事件で、私は自身の腕を様々な凶器へと変貌させられることに気付きました。好奇心の赴くままに、私は両腕を様々な凶器へ変えて女性を斬り付けた。次なる模倣は下半身を中心に滅多切り。実験には最適な殺害方法でしたよ」
自身の腕が異形しようものなら本来発狂ものだが、それを嬉々として受け入れ、積極的に実験という名の新たな殺人を起こす。くどいようだが、やはりいかれている。東端にとって肉体の変化は恐怖ではなく、喜ぶべき進化だったのだろう。
「昨晩の事件は、レイブンを誘い出すための犯行か?」
「気づいていましたか。人の身には過ぎた力故に、無抵抗な人間を殺害するだけでは退屈してしまいます。その点、この街には全力をぶつけるに好都合な存在がいる。都市伝説と思われがちですが、自身に怪奇の力が発現した以上、私にとってそれは決して空想の産物ではありません」
「一般人のピンチに、ヒーローが即座に駆け付けるとでも思っていたのか?」
「少しだけ。あくまでもほんの思い付きでしたから。どうやら特撮作品のようにはいかないようですね。もっとも、別のヒーローはやってきましたが」
「契一郎か」
「彼はとても勇敢でした。傷ついた女性を助けるために、臆せず得体の知れない殺人鬼に立ち向かってくる。とても素晴らしい正義感です。教師として自慢の教え子ですよ」
「どの口が言う」
皮肉にも程があると、尋は吐き捨てるように言った。
これ以上は我慢の限界だ。
尋はポケットから携帯型武器である「
ペンライトの底から、薄くて丈夫な刃渡り五十センチ程の薄緑色の刃が飛び出し、短刀の形状を成した。
「少し喋り過ぎましたね。問答など殺し合いの最中でも出来る。そろそろ始めましょうか!」
興奮のあまり東端の声が裏返り、巨大な肉切り包丁と化した右腕で、尋目掛けて強烈に斬りかかって来た。
――受け切れる。良い武器だ。
オリハルコンと呼ばれる特殊素材を使った刃は、その薄さからは想像もつかぬ強度を持つ。「
「面白い武器ですね」
「あんたにだけは言われたくないね」
両者一歩も譲らず、刃と刃をつき合わせての睨み合いとなる。
「以前からレイブンについて独自に調べていましてね。昨晩までは、
「どういう意味だ?」
「この力に目覚めて以降、同種の存在の気配を感じ取れるようになりましてね。先月の連続誘拐事件とペット消失事件の二つには、異形の怪物が関わっていたはずです。その二つの事件には、君と幟くんも関わっていましたから!」
尋が薄緑で肉切り包丁を弾き返したが、東端は即座に、巨大なハンマーへと変形させた左腕で側頭部目掛けて殴り掛かって来た。尋は咄嗟にバックステップを踏み回避、歪なハンマーは顔面擦れ擦れを通過していく。
「誘拐事件には
東端の右腕が不意に元の人間としての形に戻り、ローブのポケットから抜いたナイフを尋目掛けて投擲した。不意打ちを完全には回避しきれず、左肩を微かに掠める。
「幟くんは勇敢ですし、とても優れた身体能力を持っていましたが、あくまでも人の域を出なかった。だとすれば私の中で残す候補は一人だけです。君の過去を調べてみたら、四年前の神隠し事件のことを知った。確信はより強まりましたよ」
「だから、世里花を
「だいたいそんなところです。志藤さんに関しては、何時かは標的にしようと以前から目はつけていましたがね」
「ふざけるな!」
――今剣。
激情の込められた尋の一太刀は、これまでで最大の切れ味を発揮した。
刹那の剣速に東端も驚異的な反射神経で反応し、右手の肉切り包丁で刃を受け止めたが、接触の瞬間、硬質であろう肉切り包丁をも尋の刃は両断した。
刃物の形をしていても、それはあくまで肉体の一部なのだろう。折れた肉切包丁の断面から血液と肉片が零れ落ちている。血液はファントム特有の青色ではなく、赤みも混じり紫色をしていた。人でもあり、ファントムでもある存在故の光景だ。
異形を保てなくなった右腕は元の人間としての形態へと戻る。両断に合わせて、親指以外の四指の、第二関節から先が無くなっていた。
「いいですよ! 凄くいい! こういう痛みを伴った殺し合いが望みだった! 君なら私を殺せる! 最高です! 最高ですよ!」
東端の中では痛みさえも快楽へと切り替わっていた。
しかし、当人の受け止め方はどうであれ、片手を失うことは大きな痛手のはず。
今こそが勝機だ。
左腕のハンマーで反撃される前に一気に間合いを詰め、首を狙える位置を取る。
薄緑を振る瞬間を狙って打撃が飛んでくる可能性もあるが、攻撃が届く前に止めを刺してしまえばいい。
首を
その一撃を持って連続殺人に終止符を打つ。
東端の首を、首を、首を……首を?
――俺は人間の首を刎ねることが出来るのか?
一瞬、尋の思考が東端を人間だと認識してしまった。
例え元は人間であろうとも、相手は心身共に怪物と化したファントム。
ファントムを狩る者として、それを倒すことに躊躇などない……はずだったのに。
『尋、覚悟は出来ているの?』
移動中の咲苗とのやり取りが過る。
覚悟は決めたはずだったのに、いざその瞬間に躊躇してしまった。
咲苗の不安視していた通りだ。
咲苗に返答したあの瞬間、世里花を思うあまり尋は冷静な判断を欠いていた。
怒りと殺意の混同。
激しい怒りが、必ずしも刃に殺意を乗せてくれるとは限らない。
殺せると、己惚れていた。
どんなに自分が優しく、そして甘いか。
尋は己を見誤っていた。
己にとっての隙は、相手にとっての好機。
迷いが生じ尋の動きが鈍った瞬間を、殺人鬼は決して見逃さない。
――しまった……。
尋の瞳に、凶器の放つ金属光沢が映った。
片手を失ったことは些末な問題に過ぎない。
何故なら、今の東端はもう普通の人間ではないから。
「とんだ甘ちゃんだ」
筋肉組織が盛り上がり、東端の右手が一瞬で再生。
再生した右手は即座に巨大なアイスピックのような形状へと変化し、尋の腹部の右側に深々と突き刺さった。
「痛いな……畜生」
東端は尋の胸部を足裏で蹴り飛ばすと同時に、巨大なアイスピックを強引に引き抜いた。腹部に風穴が空き、血肉の赤が孔から滴り落ちる。
「レイブンとはいえ、所詮は少年か」
良心などとうに捨て去った殺人鬼は容赦なく追撃を加える。
尋に膝をつく権利さえも与えぬまま東端は豪快に左腕のハンマーを振るい、尋の右側頭部を一撃した。
衝撃でペストマスクの右側頭部は粉砕、マスクの黒い欠片と共に、打撃箇所から血飛沫が飛んだ。
――世里花……。
尋の視界が霞み、力なく前のめりに倒れ込んだ。
体を打ち付けた衝撃で頭部と腹部からさらに出血。
屋上の床面に血だまりが広がっていく。
意識が朦朧とする。
血液と共に意識も体外へと流れだしていく。
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