ガスマスクの怪人編

1 失踪事件

「……おはよう、じん


 夜光やこう中央高校へ通学中、背後からの聞きなれた声に、深海ふかみじんはゆっくりと振り返る。

 かっちりと制服を着こんだ生徒達が多い中、ブレザーではなく黒いパーカーを羽織っている尋の姿はよく目立つ。制服のスラックスがライトグレーなので、インの白シャツ込みでカラーリングは悪くない。


「おはよう、世里花せりか


 声をかけてきたのはクラスメイトであり、物心ついた頃からの幼馴染である志藤しどう世里花せりかだ。

 世里花は絹糸のように滑らかなセミロングの髪と、小動物を思わせる愛らしい瞳が印象的な少女だ。

 優等生タイプのため制服をかっちりと着こなし、紺色のブレザーと白いブラウスの間には学校指定の臙脂えんじ色のニットベストを噛ませている。


 二人の家の方角は真逆だが、今いる大通りは双方の通学路の合流地点で、ここから先は共通ルートになっている。この場所で顔を会わせること自体は珍しくはないが、この日はいつもとは少し様子が違っていた。

 普段なら元気に挨拶を飛ばしてくる世里花だが、今日はどうにも活気がない。顔も俯きがちで、チャームポイントともいえる可愛らしい笑顔が成りを潜めている。


 その様子から、何か良くないことがあったのだと直ぐに察しがついた。


「何かあったのか?」

「私の友達の真由まゆは知っているよね」

「西高の子だよな」


 瑞原みずはら真由まゆは、世里花が中学生の頃に習い事を通じて知り合った少女だ。

 通っている高校こそ違うが、休日に世里花と買い物に出かけるなど、二人は親しい友人といえる間柄。尋も世里花を通じて数回面識があり、礼儀正しく相手への配慮も忘れない姿勢に好印象を抱いたことをよく覚えている。


「昨日から家に帰ってないの。最近起こってる事件のこともあるから心配で」

「それは穏やかじゃないな」


 夜光市内で頻発する若い女性の失踪。この一カ月間で、すでに三件の事案が発生している。

 行方不明者の間には今のところ接点は見つかっていないが、全員に自発的に姿を眩ます理由が見当たらないことや、短期間に狭い範囲で失踪が起こっていること等から、警察は連続誘拐の可能性も視野に捜査を進めている。


「警察には届けたのか?」

「無断外泊なんてする子じゃないし、事件のこともあるから、真由の御両親がその日の内に届け出たよ。警察の見解だと、四件目の失踪事件の可能性は高いだろうって……」


 言いかけて世里花はふらつき、尋は咄嗟に世里花の体を支えた。


「お前、寝てないだろ」

「ありがとう」


 世里花の目元には薄く隈が出来ており、体も少し怠そうに見えた。心優しい世里花のことだ。友人の危機とあればその心労は相当なものだろう。


「尋、お願いがあるの」

「いいぜ、協力してやる」

「まだ何も言ってないよ」

「真由ちゃんを捜すのを手伝ってほしいって言うんだろ?」

「うん。出来ることは少ないかもしれないけど、ジッとはしていられないもの」

「ようやく、らしくなってきたな」


 前向きな姿勢が世里花の声に少しだけ活力を取り戻す。早く真由を見つけ出して、世里花本来の笑顔を取り戻してやりたいと尋は思う。


契一郎けいいちろうにも協力してもらわないか?」

「それは私も考えてた」

「決まりだな。学校に着いたら契一郎に相談だ」


 ※※※


「連続失踪事件には僕も注目していたけど、まさか世里花ちゃんの友達まで巻き込まれているとはね」


 登校した尋と世里花は早速、二年A組のクラスメイトであるのぼり契一郎けいいちろうに真由の件の概要を伝えていた。契一郎はその内容に真剣な表情で聞き入っている。


 契一郎は尋の親友で、最も信頼を寄せる相棒とでもいうべき存在だ。冷静な判断力と豊富な知識に加え、強い正義感を宿した少年で、高校生とは思えない落ち着いた雰囲気が印象的だ。一方でルックス面では甘いマスクとくせ毛気味の髪が柔らかい印象を与えており、密かに女子からの人気が高い。


「まずは状況を整理した方が良さそうだね。真由さんが行方不明になるまでの足取りは分かっているのかい?」

「実は、最後に真由の姿を見たのは私なの。昨日は日曜だったから二人で映画を観に行って、その後はモールで買い物をして、夕方の六時前に市民体育館の辺りで真由と別れたんだけど、それっきり真由は行方不明に」

「真由さんが誰かに狙われていた可能性は?」

「心当たりがあるよ。警察にも話したんだけど、一週間くらい前に真由が、誰かの視線を感じるような気がするって、私に相談してきたの。ここ数日はそれも無くなって本人も安心してたみたいだけど、まさかこんなことになるなんて。もっと気にかけてあげればよかった……」

「真由さんの周辺にも不審者が出没していたのなら、いよいよ同一犯の線が濃厚だね」

「その物言いだと、過去にも目撃例があったのか?」

「これまでの三件の失踪事件でも、失踪した女性達の周辺で不審者が目撃されていたという情報があってね」

「もしかして優典まさのりさんからの情報か?」

「まさか、流石の優典兄さんだって捜査情報は教えてくれないよ。これは僕が個人的にに調べ上げた情報」


 契一郎の従兄いとこにあたる檜葉ひば優典まさのりは、夜光やこう警察署に勤務する現職の刑事だ。実直で正義感に厚い優秀な刑事で、契一郎の尊敬の対象だ。


「契一郎君。私達はこれからどう動いたらいいと思う?」

「まずは、世里花ちゃんと真由さんが別れた体育館の周辺を調べてみるべきじゃないかな。何か新しい発見があるかもしれないし、事件現場付近を見ておくことは、それ自体に意味がある」


 契一郎の提案に尋と世里花は大きく頷いた。指針が決まれば、自然と行動の効率も上がってくる。


「そうと決まれば、放課後は市民体育館に直行だな」

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