9 向き合う覚悟

鴇田ときたさん、じんのおかげで大分落ち着いたようね」

「俺は大したことはしてないよ。咲苗さなえちゃんの真似をしただけ」


 時刻は午前二時を回ったところ。

 尋は咲苗の運転する車の助手席に乗っていた。

 病院は一段落着いたので、自宅マンションまで送ってもらっている最中だ。


 尋に思いの丈を吐き出したことで、かえでは精神的に大分落ち着いた様子だった。

 今夜は警察の用意してくれたホテルで過ごすそうだ。

 唯一の肉親である父親が海外出張中で直ぐには駈けつけられない。事件現場が楓の自宅に近い廃マンションであり、一人自宅に戻すのは酷だろうと、心情に配慮しての判断であった。

 楓は犯人と接触していることもあり、護衛も兼ねて彼女の側には引き続き、皆月みなづき刑事が付きそうとのことである。


 檜葉ひば契一郎けいいちろうの両親である伯母夫婦とまだ話しがあるとのことで、病院に残っている。病院が落ち着いたらその足で警察署へ戻り、現場を離れる件について上司と話し合ってくるとのことだ。


「尋、熱くなり過ぎないようにね?」

「そう見える?」

「目がギラギラしてる」

「……平静を装っているつもりだったんだけどな」

「目は口程に物を言うってね。こんな状況だし無理もないけど、ファントムが絡んでいる以上、冷静さを失っては駄目よ。怒りは攻撃の瞬間にだけ爆発させるようにしなさい」

「善処する」

「素直でよろしい」


 捜査官との注意事項はここまで。気持ちを落ち着かせるためにも、日常に絡んだ世間話へと内容はシフトする。


「自炊とかちゃんとやってる? 一人暮らしだからって、バランスの良い食事を疎かにしちゃ駄目だよ」

「今日、世里花せりかにも似たようなことを言われたよ。俺の栄養状態が心配だから、たまに料理を作りに来てくれるってさ。今は物騒な時期だから遠慮したけど、状況が落ち着いたらお願いしようと思ってる」

「あら、いいじゃない。押しかけ女房世里花ちゃんか。何か可愛い」

「押しかけ女房とか言うなよ……何か恥ずかしい」

「照れてるってことは、彼女、脈ありみたいね」


 意地悪な笑みを浮かべる咲苗の指摘に、尋は無言を返答とした。

 わざとらしく窓の外を見て視線を合わせない。何とも下手くそな照れ隠しだ。


「……今回の事件が片付いたら、世里花に真実を告げようと思ってる」

「向き合う覚悟が出来たんだね。もし良かったら、きっかけを教えてくれる?」

「世里花の方から切り出して来たんだよ。私から逃げないでって。確信には至らないまでも、世里花のやつ、俺らの活動に薄々感づいていたみたいだ。もう昔みたいな泣き虫世里花じゃない。尋の全てを受け止める覚悟は出来ているから、真実を話してほしいって、面と向かってそう言われた」

「女の子の方から言わせちゃうなんて、尋は悪い奴だね」

「自分でもそう思うよ。俺よりも、世里花の方がずっとずっと強かった。そんな俺だけど、せめて世里花の思いには応えてやりたい。情けないかもしれないけど、これが世里花に真実を打ち明ける気になった理由」

「情けなくなんてないよ。近くで見守って来た人間として、尋の苦悩は理解しているつもり。それを最も大切な人に打ち明ける覚悟を決めた。立派だよ」

「ありがとう、咲苗ちゃん」


 照れ臭そうに尋は頬をかいた。

 咲苗は何時だって味方になって、優しい笑顔で尋を肯定してくれる。

 捜査官としてのサポートはもちろんのこと、精神的な意味でも、咲苗の支えが無ければ今日までファントムと戦い続ける日々を送ることは難しかっただろう。

 時に友人のようで、時に包容力に溢れた姉のようで、それでいてやはり、とても頼りになる大人の女性で。恥ずかしくてなかなか口には出せないが、尋はそんな咲苗のことを心から尊敬していた。


「ちなみに、対策室的には世里花に事情を話しても大丈夫なのかな?」

「男の決断を挫くような野暮な真似はしないわよ。上には私が適当に誤魔化しておく。ただし、世里花ちゃんの性格上、問題はないと思うけど、他言無用であることだけは念押ししておいてね」

「了解。咲苗ちゃんに迷惑かけたくはないしね」

「尋にかけられる迷惑なら喜んで解決してあげるわよ。何時でも頼って」


 などと言っている内に車は、尋が一人暮らしをする自宅マンションの前まで到着した。


 深夜帯ということもあり、辺りは静寂に包まれている。


 尋の家族は父親の仕事の関係で昨年の春から海外へと移り住んでおり、今は尋一人だけが日本に残っている。高校進学と同時に一人暮らしを始めた形だ。

 尋だけが日本に残ることとなったのは、彼がファントムに対抗できる貴重な戦力であった点が大きい。

 対策室は尋の残留を強く望み、家族とも交渉の席を設けた。

 咲苗は家族と共に暮らす方が幸せではと考え、必ずしも対策室の意見に賛成ではなかったのだが、最終的には尋本人の意志で夜光市へと残ることが決まった。

 ファントムと戦う宿命はもちろんのこと、年頃の少年らしく純粋に、幼馴染の世里花や親友の契一郎と離れ離れになりたくないという思いも強かったのだろう。そういった尋の思いを知ったことで、咲苗も最終的には尋の決断を肯定した。


 尋はファントムと戦う活動に関して何の見返りも求めていないが、無償で危険な戦いに身を投じさせるというのはあまりにも無責任だ。

 せめてもの心遣いとして対策室は、尋に対して住居と報酬金を提供している。

 当初は困惑していた尋だったが、何時ファントムによる事件が発生するか分からない状況ではバイトに勤しむことも出来ない。学生にしては高額であるが、今では対策室からの報酬金はバイト代と割り切ることにしている。

 ちなみに、金のかかる趣味や使い道もないので、報酬金は口座に溜まり続ける一方であった。


「送ってくれてありがとう、咲苗ちゃん」

「近い内にファントムと戦闘になる可能性がある。今日はゆっくりとお休みなさい」

「そうだな。万全の態勢で臨めるようにしておくよ」


 助手席から降り、尋はマンションのエントランスへ向かって歩き出す。


「お休み、咲苗ちゃん」

「お休み、尋」

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