8 心の整理
「こんばんは、
「
付き添っていた夜光署刑事の
楓は家族が直ぐに駆けつけることも出来ず、心細い思いをしている。友人との時間を邪魔しないように配慮してくれたのだろう。
「
やつれた表情が痛々しいが、聞き及んでいた通り負傷はしていないようだ。
「……だけど、私のせいで
契一郎の手術が無事に成功したことはすでに皆月から聞かされている筈だが、命が助かったからそれで良しとは割り切れない。
自身を庇って契一郎が負傷したのが事実である以上、楓の自責の念は強い。
「それは、鴇田のせいじゃない」
悪いのは全て犯人だし、負傷に関しては契一郎の自己責任な部分もある。
楓に非はないというのが尋の認識だ。
楓を庇って契一郎が負傷したことは知っている。周りから君は悪くないと言われたところで、直ぐに割り切ることは難しいかもしれない。
だからこれ以上は、慰めの言葉をかけるつもりはない。
状況は違えど、尋も四年前の神隠し事件において、辛い心境に陥った経験がある。
自分を納得させられるのは自分だけ。そのためにはまず、感情を吐き出してしまうことが必要だ。
かつて咲苗がそうしてくれたように、今はただ楓の言葉に黙って耳を傾けようと、尋はそう決めていた。
「私のせいだよ! 私が不用意に現場に近づいたりしたから……幟の奴、私を庇って犯人に。幟一人だったら、もしかしたらあんな大怪我しなかったかもしれない……」
今は否定も肯定もしない。思いの丈を言葉として吐き出せば、それがきっと心の整理になる。そうすればき、自分を許すという選択肢も見えてくる。
「……ごめん。深海にこんな、迷惑だよね」
「俺は迷惑になんて思ってないよ。言葉にすれば楽になれることもある。刑事さん達の前じゃ、なかなか感情的にはなれなかっただろう」
「……優しいね」
「俺も昔、大きなショックを受けて、自分を責めた時期があったから」
「それって、四年前の?」
クラスは違ったが、楓も同じ夜光第一中学校の生徒だった。
尋が四年前の神隠し事件で唯一発見された生徒であることは当然知っている。
「ああ。あの時、何も言わずに俺の言葉に耳を傾けてくれた人がいて、その人のおかげで俺は立ち直れた。だから俺も今の鴇田に対して、同じことをしてあげられたらなって」
「私、たぶんやかましいよ。途中で泣いちゃうかも。それでも、最後まで聞いてくれる」
「ああ、黙って聞いててやるから、好きなだけ泣け」
ドンと胸を張る尋の姿を見て、楓の口元が微かに綻ぶ。
同時に、友人の優しさに触れたことで、自然と頬を涙が伝っていた。
気丈に振る舞うあまり、病院に到着してから一滴も涙を流せていなかった。無理をしていたんだなと、今改めて自覚した。
「……幟も幟だよ。危ないからって私が必死に止めたのに、結局一人で突っ走って……それで人一人の命が救われたんだから……責められないけどさ……だけど、私、幟のことが心配で……いてもたってもいられなくて……だから様子を見に行って……場も静まってたから……もう、大丈夫だろうって……」
そこまで言って楓が嗚咽を漏らす。
怖かった。
自身の命が危険に晒されたこともそうだが、斬られた契一郎がこのまま死んでしまうのではと、そう感じた瞬間が一番の恐怖だった。
感情的に声を震わせ、涙腺は完全に崩壊する。
尋から差し出されたハンカチ(気を効かせた咲苗が持たせてくれたもの)で顔を拭いながら、感情を流し出していく。
「幟が無事で良かった、良かったよ。幟が本当に死んじゃったらと思ったら、私……私」
「そうだな。契一郎が無事で、本当に良かった」
尋は楓を慰めるように優しく背中を擦ってあげた。
この後も、楓の気持ちが落ち着くまで、幾らでも話を聞いてあげよう。
不器用だと自覚している尋が傷心の友人にしてあげられることは、今はそれぐらいしかないから。
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