10 捜査会議
「皆さんに重大なお知らせがあります。昨晩、
翌朝のホームルームで東端から告げられた衝撃的な報告に、クラス内は騒然としていた。
表向き平静を保っていられたのは、昨晩の内に尋から二人が事件に巻き込まれたことを聞かされ、朝一で
「幟くんが負傷しましたが、幸い命に別状はないそうです。鴇田さんも精神的にショックを受けてはいますが、身体的には無傷とのこと。生徒達が事件に巻き込まれたことは非常にショッキングですが、命が助かったことは不幸中の幸いでした」
二人の安否を知り、ひとまず安堵の空気が流れた。
しかし、学友が事件に巻き込まれた衝撃はあまりに大きい。
俯いたり、落ち着かない様子で貧乏ゆすりをしたり。
目に見えて動揺している者も目立つ。
地元で発生している事件とはいえ、結局はどこか他人事だと捉えていた。
だがある日突然、見知った学友がそれに巻き込まれてしまった。
一瞬で現実に引き戻されたような心地だろう。
他人事だった恐怖は、あまりにも現実的な、身近な恐怖へと変化してしまった。
自分達だって、いつ事件に巻き込まれるか分からない。
「先生、
一人の男子生徒が空席を眺めながら挙手する。
今日欠席している生徒は四名。
昨晩の事件に巻き込まれた
たまたま風邪で欠席していた女子生徒が一名。
そして、
「体調不良で欠席するとの連絡を受けています。ご親戚の方が看病してくださるそうなので問題ありません」
――尋。何か危ないことしようとしているわけじゃないよね?
昨晩、連絡を受けた際に尋の声は聞いている。
言葉の節々に契一郎が負傷したことに対する憤りと後悔が滲んでいたが、少なくとも自身に不調を感じている様子ではなかった。
元々健康優良児タイプだし、体調不良による欠席とは思えない。直ぐに駆けつけてくれるような親戚にも心当たりはないし、体調不良は間違いなく嘘だ。
尋の性格を考えれば、契一郎や楓を酷い目に遭わせた犯人を許しておけないはず。早まった行動を取ってしまうのではと、世里花の中に不安は募る。
「放課後は教室を代表して私が幟くんのお見舞いに伺います、それと――」
尋のことを考えるあまり、世里花は後半の話をまるで聞いていなかった。
※※※
「
「被害者の特徴や殺害方法が、切り裂きジャック事件に酷似していたからな。5件で犯行が止まったことも含めて、切り裂きジャック事件を再現しようとした異常者の犯行というのが当時の捜査本部の見解だ」
「警察の見立て通りだとしたら、犯人はさぞ喜んだことでしょうね。世間では現代の切り裂きジャック事件なんて騒がれて」
時刻は正午過ぎ。
学校を欠席した尋は、
場所はファントム関係の事件が解決した際に、尋と咲苗がよく顔合わせをしている馴染みの喫茶店だ。
テーブル席を囲み、尋の隣に咲苗、向いには檜葉という配置で座っている。
会議の参考にすべく檜葉は捜査手帳を、咲苗は捜査官権限で本部のデータベースにアクセスすべく、タブレット端末をそれぞれお供にしている。
議題はファントムを生み出す宿主となったであろう、連続殺人鬼についてだ。
午前中、檜葉は捜査の引継ぎのために一度警察署に、咲苗は滞在先のホテルで別件の報告書をまとめる作業をしており、午後一での集合となっていた。
その間、尋は独自にこれまでの事件現場を回っていた。
ファントムが出現した可能性のある場所を巡ることで、暗躍しているファントムの気配を覚えれないかと期待したのだが、そう都合よくはいかなかった。
事件からの時間経過を考慮しても、今回のファントムはこれまでに比べて一際気配が薄い印象だ。
「夜光市で発生している連続殺人との関連性が疑われたのは、殺害の手口が理由だと聞きましたが?」
「先月発生した事件では腹部に杭を打ち込まれ、一昨日の事件では下半身を中心に滅多刺しにされるという特徴があった。滅多刺しはまだしも、杭の方は単独では骨が折れる。ファントムの力を借りたということなのかもしれないな。
俺も本家の切り裂きジャック事件に詳しいわけではないが、これらの手口は切り裂きジャックの関与が疑われる、仮にジャックの犯行とするならば6件目と7件目にあたる事件の手口を模倣したものだそうだ」
「補足すると、昨晩発生した八件目も模倣の可能性が高いわ。本家の方でも八件目は首を狙われているから。そこまで模倣したのか定かではないけど、被害者が奇跡的に生還したことも一致しているわ。ファントムの存在や契一郎くんの介入も込みで、昨晩の事件はこれまでとは毛色が異なる印象ね」
「確かにそうですね。例えば犯行時間、これまでは人気のない深夜帯だったが、昨晩の事件は二十一時台。犯行場所も退去済みのマンションとはいえ、周辺にはファミリー向けマンションが立ち並んでいて犯行発覚のリスクは高い。事実、女性の悲鳴を聞きつけたことで契一郎が現場に駆けつけている」
「猟奇殺人を犯しながらも、決して尻尾を掴ませぬ慎重さを持つ犯人。だからこそ警察も手を焼いていたわけだけど、これまでと比べて昨晩の犯行はあまりにも大胆だったと思わない?」
「同一犯であることはまず間違いない。だとすれば、犯人自身の思考に何らかの変化が生じた?」
「私はそう考えているわ。そもそも、これだけ手練れている犯人が今更被害者に悲鳴を上げさせるようなヘマをする? それに、女性が悲鳴を上げてから契一郎君が駆けつけるまでにも、多少の時間はかかっているはず。こんなことを言ったら不謹慎だけど、手練れかつファントムをも使役する犯人ならば、被害者を殺害する時間は十分にあったはずよ。だけど犯人はそれをしなかった」
「あえて悲鳴を上げさせたうえで生かしておく。まるで囮だが、どうして犯人はそんな真似を?」
「推測も多分に含まれるけど、そこにはファントムを生み出す宿主ならではの傾向が関係していると思う」
そう言うと咲苗は、二人のやり取りを静観していた尋の方へと視線を向けた。
この推論の帰結は、恐らく尋の方へと向かっていくはずだ。
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