2 再会
「今晩は何を作ろうかな」
「挽肉か、閃いた」
特売だった挽肉と家に残っているキャベツでロールキャベツを作ることに決める。その他には切らしていたみりんや、買い置きが出来そうな特売品を買い物カゴへ入れていく。
「もしかして、
買い物を終えてスーパーから出たところで、世里花は懐かしい顔に遭遇した。
「志藤さん」
俯きがちにスーパーの前を通り過ぎようとしていた
「やっぱり鰐渕くんだ。久しぶりだね」
「うん、久しぶり」
鰐渕とは同じ中学出身で学年も同じだった。クラスこそ違ったが、図書委員の仕事で一緒だったのでそれなりに交流があった。
進学した高校は別で、今日まで街中でバッタリ会うということも無かったので、卒業以来の再会となる。
「学校の帰り?」
「そうだよ。志藤さんは買い物?」
久々の世里花との再会に鰐渕の声は自然と弾む。
彼にとって今年一番の幸運といってもいいかもしれない。
「夕食の材料を買いにね」
右手に持った食品の入ったエコバックを、世里花がくいっと上げる。
「志藤さんは今、中央高校だっけ?」
「うん。中学のころから続いて、また尋や契一郎くんと同じクラスになっちゃったよ」
「尋? ああ、
「体育ばかり成績が良くて他が微妙だから、世話が焼けちゃうよ」
「仲が良いんだね」
「まあ、幼馴染だしね」
少しだけ頬を紅潮させ、世里花は嬉しそうにそう言った。
心中を悟られないよう、鰐渕は一度世里花から視線を外し、笑顔を作り直した。
「
契一郎は同じ中学、いや、近隣の学校出身者ならその名を知らぬ者はいない有名人だ。文武両道を地で行き、正義感に溢れ誰にでも優しい。女子からの人気も高く、それでいて男子からも疎まれることは少なく、むしろ慕われている。そんな完璧な人間。鰐渕の知る幟契一郎というのはそういう男だ。
「中間テストは危なげなく一位だったよ。今は部活に入ってないからスポーツとかで目立った活躍は無いけど、この間はひったくりを捕まえたとかで表彰されたりしてたよ」
「そっか、やっぱり幟は凄いな」
鰐渕の瞳が一瞬淀んだが、世里花はそのことには気づいていない。
「鰐渕くんは
有間の身に着けている
虹丘高校は進学率や偏差値こそ平均的だが部活動が充実しており、それ目当てで進学する生徒が多いことでも知られている。
「正直、大変かな。勉強はパッとしないし部活はしんどいし……でもね、僕には癒しがあるんだ」
「癒し?」
「うん。一か月前からペットを飼いだしたんだけど、こいつの成長を見守るのが楽しみでね。可愛がっていると一日の疲れも吹き飛んじゃうんだ」
鰐渕は満面の笑みで嬉々として語った。
控えめで自己主張が少なかった鰐渕がこんな風に笑うところを、世里花は初めて見た。
「何を飼ってるの? 犬とか猫?」
真っ先に浮かんだのはその二つだったが、鰐渕は苦笑して首を横に振る。
「珍しい生き物とだけ言っておくよ」
「もったいぶらずに教えてよ」
「機会があったらね」
満更でもなさそうに笑うと、鰐渕は腕時計を確認した。
「そろそろ行かなくちゃ。ペットの餌を補充しないと」
「そうなんだ。久しぶりだからもう少しお話ししたかったけど」
世里花の言葉は鰐渕の鼓動を速め、いつも以上に彼を行動的にさせた。
「し、志藤さん。連絡先って、中学の頃から変わってない?」
「うん、そのままだよ」
「今度連絡してもいいかな? 久しぶりに会えたんだし、これっきりっていうのも少し寂しいから」
「もちろんだよ」
その言葉を受けて鰐渕は心の中でガッツポーズを取る。
憧れの子に再会出来ただけではなく、連絡を取る口実まで取りつけた。
「せっかくだし今度、中学の頃の友達と集まったりしない? プチ同窓会みたいな感じで」
「そうだね、考えておくよ」
心証を悪くしないように、爽やかなスマイルで心にも無いことを鰐渕は言う。
彼が興味あるのは世里花と可愛いペットのことだけ。他の者のことなど心底どうでもよかった。
「そ、それじゃあ僕はこれで」
これ以上話をしていると、素の自分が出てしまいそうだ。
そう危惧した鰐渕は早口で別れを告げ、足早にその場を立ち去っていった。
「鰐渕くん、どうしたんだろ?」
流石の世里花も去り際の鰐渕の様子には違和感を覚え、キョトンとした様子でその背中を見送った。
※※※
「何とかまいたな」
「流石に冷や汗をかいたよ」
尋と契一郎は無事に鰐の猛追を逃れ、最初に入ったのと同じ出入口から外界へと飛び出した。生きていることを実感し、肺いっぱいに新鮮な空気を取り込む。
一時はいつ噛みつかれてもおかしくはないような距離まで接近されたのだが、鰐は急な方向転換が出来ないという契一郎の豆知識を頼りに咄嗟に脇道に入り、遠回りをしながらようやく入り口まで戻って来ることが出来た。
地下水道では一時間近く命懸けの鬼ごっこをしていたらしく、潜入時には傾きかけていた夕日が完全に沈み、外灯のない河川敷沿いは暗くなっている。
「散乱していた血痕と獣毛。その先にはさっきの大きな鰐。ペット達の成れの果ては、だいたい想像がつくね」
「みんなあいつの腹の中か」
疲労によりすぐには動き出す気になれず、二人は河川敷に寝そべりながら会話を続ける。
「地下水道に鰐とは、まさしく都市伝説通りだね」
「正確には、鰐の姿をしたファントムだな」
「それは確定かい?」
「逃げるのに夢中であまり意識はしていなかったけど、冷静になった今なら分かる。逃げながら頭の中に過っていた不快感は、間違いなくファントムの存在を感じた時のものだ。走りながら妙に体が軽い感じもしてたし、ファントムを前にして無意識の内に戦闘態勢に入っていたんだろう」
「尋が言うなら間違いないね。ということは、あの鰐を生み出す宿主となった人間がどこかにいることになる」
ファントムは決して単一では存在し得ない。
イメージ元となった都市伝説と、心の闇を持つ宿主の存在が不可欠だ。
「宿主となった人間が、今回のペット消失事件の犯人ってことになるんだろうな」
「そう考えるのが自然だね。つまり今回のペット消失事件の真相は」
「あの鰐のファントムに対する餌やりってことだな」
尋自身はペットを飼った経験は無いが、それでも、いなくなったペットが無事に戻ってきてくれると信じて待つ飼い主たちのことを思うと、犯人には強い憤りを感じずにはいられい。
自然界の中で鰐が小動物などを捕食するのなら、それは食物連鎖的に仕方のないことではあるが、鰐の正体がファントムであり、宿主が意図的にペットを誘拐しているなら話は別だ。意図的に人様のペットを食い殺させるなど、決して許されることではない。
「早く何とかしたいが、正直言って厄介だな。この間のガスマスクみたいな人型ならともかく、動物型は動きが読み難い」
人型のファントムは身体能力や耐久性こそ驚異的だが、体の可動域などは人間のそれと大差ないため、動きを読みやすく対処がしやすい。対して動物型のファントムは四足歩行や尾などの、人とは異なる特徴を持つために動きが読み難く戦いずらい。それに加え、今回は狭い地下水道フィールドというおまけつきだ。
「今回のファントムは鰐という既存の生物の姿をしている。鰐の生態を調べれば、何か有効な対処法があるかもしれないね」
そう言うと契一郎は上体を起こし、尋もそれに続いて大きく伸びをした。
「これからどうする?」
「僕は何とか
「なら俺は、とりあえず
流石に
「二週間前にガスマスクの怪人が出たと思ったら、今度は地下水道に鰐か。相変わらず話題には事欠かないな、この街は」
「しかもそれが、噂じゃなくて本物だから困ってしまうよね」
皮肉交じりに溜息をつき、二人は重い足取りで河川敷を後にした。
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