3 鰐渕圭吾

 翌日の昼休み。


「そういえば昨日、鰐渕わにぶち君にあったよ」


 友人達と机を並べて昼食を摂りながら、世里花せりかがそんな話題を切り出した。

 現在食事をしているのは同じ中学出身者だけのため、話題としては申し分ない。


「鰐渕って、確か図書委員だったよな」


 隣の席の尋が、紙パックのお茶をすすりながら反応を示す。

 特別親しくしていたというわけではないが、中学時代には世里花の様子を見に、たまに図書室を訪れていたので、鰐渕のことはそれなりに覚えている。


「鰐渕か、虹丘にじおかに行ったんだよね」


 世里花と机を正面で合わせている女子生徒、鴇田ときたかえでが世里花の弁当箱の卵焼きへと箸を伸ばす。

 楓は黒髪のショートヘアーと銀色カチューシャが印象的な少女で、明るく活発なムードメーカー的存在だ。


「勉強と部活の両立が大変だって言ってたよ。あと楓、私、おかずをあげるなんて一言も言ってないんだけど?」


 と、言いながらも抵抗はせず、楓が取りやすいようにと世里花は弁当箱を楓の方へと向けた。


「代わりに、後で何かお菓子貰うからね」

「オーケー。ギブアンドテイク」


 了承を得たことで楓は遠慮なく卵焼きを口へと運び、頬張った瞬間、ほっぺたの落ちそうな至福の表情を浮かべた。


「うん、やっぱり世里花の卵焼きは最高」

「もう、楓ったら」


 自分の作ったおかずを美味しそうに食べてもらえたことは素直に嬉しく、世里花も朗らかな顔となる。さながら付き合いたてのカップルのようだ。


「微笑ましいね」

「びっくりした。唐突に登場するなよ」


 いつの間にか正面の席に座っていた契一郎けいいちろう一瞥いちべつし、尋は冷ややかに指摘する。購買に行ってくると数分前に出て行ったのだが、音も無く戻って来たので、声がするまでその存在にまったく気が付かなかった。


「そう言えば鰐渕君、契一郎君のことを気にしていたみたいよ。『のぼりの超人ぶりは相変わらずかい?』って」

「鰐渕って、鰐渕わにぶち圭吾けいごだよね。正直なところ彼とは、中学時代にそれ程かかわりは無かったと思うんだけど」

「それなら私に心当たりがあるよ」


 鰐渕と同じクラスだったことのある楓が名乗りを上げる。


「心当たりというと?」

「鰐渕って幟に一方的にコンプレックスを感じてたんだよね。鰐渕は小学生の頃は神童って言われてたらしいんだけど、中学からは成績とか伸び悩んじゃったみたいで。そのせいもあってか、文武両道の幟に嫉妬が向いちゃったようなの」

「そんなことがあったんだ」

「今は学校も別々なわけだし、未だに鰐渕が幟のことを気にしているのには驚いたけど、それだけ幟の印象が強かったってことなのかな」

「名前を憶えていてもらったことを喜ぶべきなのかどうか、悩むところだね」


 契一郎は肩をすくめて苦笑する。

 嫉妬という、どちらかというと負の感情で名前を憶えられているというのは、あまり気分の良いものではないだろう。


「だけど鰐渕君、最近は癒しを見つけたから毎日の疲れも感じないって笑ってた。あんな顔する鰐渕君見たこと無かったし、今は何だかんだで楽しくやってるとは思うよ」


 昨日の鰐渕の笑顔を世里花は思い出す。あれだけの笑顔を見せられるのは、毎日が充実している何よりの証拠だろう。


「癒しって?」


 何の気なしに尋が聞いた。


「ペットを飼い始めたって言ってたけど」

「ペットか」


 鰐渕の家がどの辺りかは知らないが、ファントムが絡んでいるペット消失事件に鰐渕のペットが巻き込まれなければいいなと、尋は純粋にそう思った。

 毎日が充実しているという鰐渕から、その癒しが無くなってしまってはかわいそうだ。

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