7 冷笑
「流石にくたばっただろう」
地下水道の入り口の前で、
流石の幟でも、あの巨大な鰐の前では無力な小動物のようなもの。今頃は無残な肉片となって、地下水道に散らばっていることだろう。
その死を自らの目で確認すべく、鰐渕は固定していた入口を開け、地下水道の中へと再度立ち入る。
餌やりのために何度も来ている地下水道だ。内部構造は熟知している。
地下水道の中は静かなものだった。裏を返せば、幟はもう悲鳴すら上げることの出来ない状態になっているということ。
全てはもう終わったのだと、鰐渕は確信していた。
幟の死体を確認したら、今度は
適当な口実をつけて呼び出し、深海も鰐に食わせる。そうすれば、
自分にとってのバラ色の未来を、鰐渕は想像していた。
「ここにはいないのか?」
天井の低い道を進んで行き、普段は鰐を放し飼いにしている、開けた空間へとやってきた。しかし、鰐の姿も幟の死体も、死体の一部さえも確認出来ない。
余裕は見せていた以上、逃走するくらいの足掻きは幟もしたはず。入口は鰐渕自身が塞いでたので、逃げるとすればこの空間のさらに先、
だが、この暗がりの中で俊敏な鰐から、いったいどれだけ逃げられるというのだろうか? どうせなら幟が無残に食い殺される様をこの目で見たかった。
もったいないことをしたと後悔しながらも、鰐渕は地下水道をさらに進んでいく。
二分歩いたところで血生臭さが鼻をつき、目線の先には血溜まりも確認できた。いよいよ幟の死体と遭遇かと期待したが、この場所は昨晩、鰐への餌やりをやった場所だったことを思い出す。そもそも、人一人が死んだにしては出血量が少なすぎる。
「いったいどこに行った?」
ここにもいないとなると、幟はかなりしぶとく逃げた続けたということになる。
こんな暗がりの地下水道で大きな鰐に襲われ、まさかまだ生きているということはないだろうが、心から安心することは出来ない。
幟ならあるいは? 鰐渕の中のコンプレックスがそう囁く。
「僕をお捜しかい?」
契一郎の生死に対する鰐渕の疑念は、本人の口から回答を得ることとなった。
「幟の声? そんな、本当にまだ生きて」
「怪我一つ無いよ」
鰐渕の反対方向から人影が近づいてきた。鰐渕が手にした懐中電灯で人影を照らすと、氷のような冷笑を浮かべた契一郎がそこにはいた。
その表情と、鰐から無傷で逃げ延びた契一郎の生存能力に、鰐渕はみるみる表情を強張らせていく。
「何故生きてる? お前は本物の化け物か」
「人を猛獣の檻に放り込んでくれた奴にだけは言われたくないかな」
契一郎の睨みに鰐渕は怯んだ。
鰐渕のやろうとしたことは立派な殺人未遂だ。それも特別に残忍な方法の。
「幟、お前はいったい何なんだよ! 何であんな状況に陥っても冷静さを崩さない」
地下水道で鰐に襲われ、命の危機にあったというのに、平然と自分の前で減らず口を叩く契一郎の存在は、鰐渕にとっては恐怖そのものだった。
「君には疑念を抱いていたからね。今日だって、ペットがいなくなって傷心中だというのに、美味しそうにハンバーガーを食べてるし、必死なふりしてペットを捜しているくせに、一度もその名前を呼んだりしない。些細なことかもしれないけど、あまり演技は得意じゃなさそうだね」
「疑いを持っていた? 一体何の話だ?」
「君が、ペット誘拐の犯人だってことさ」
「何故お前がそのことを調べていた?」
「そこまで教える義理は無いよ」
ファントムという存在について鰐渕がどこまで理解しているのか分からないが、自分達がそれと戦っているということまで、わざわざ説明する必要は無いだろう。
「くそっ! 鰐はどうした。まさかお前が倒したのか?」
「出来ればそうしたいところだけど、それだけは僕には無理でね。そっちはこの先で、僕の相棒が頑張ってくれているよ」
契一郎の後方から、動物が水場を駈ける音と、人のものと思われる足音が微かに聞こえた。この先で、何者かが戦闘を行っている証だ。
「相棒だと?」
「レイブンだよ」
都市伝説の怪物ファントムを狩る者。親友である
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