それから……

その1 俺がオタクだった理由

 俺は今、引っ越したばかりの新居で一人、クリスマスツリーの飾りつけをしている。トップに星を飾り、一生懸命集めたアキバの地下アイドル琴絵ちゃんのフィギュアをあちこちにつるす。新妻? 新妻の聡子は出て行った。聡子が悪いのだ、俺の荷物を勝手に開けるから。


 きっかけは俺がオークションで競り落とした琴絵ちゃん抱き枕が届いたことだった。妻にバレぬよう開封してカバーをかけ、それと分からぬようにしてこっそり使用するつもりだった。荷物を開け抱き枕を目にした聡子は奇声を上げてヒステリックに叫んだ。


「どういう事よ、オタクは辞めるって言ったじゃない!」

「落ち着け聡子」

「落ち着いていられる? 約束だったでしょ!」


 そう俺はオタクを辞めるとの条件付きで聡子と結婚した。しかし、俺は結婚してもオタクを辞めることは出来なかった。言い訳かもしれないが何度も辞めようとした。でもその度に琴絵ちゃんがチラついてオタクに逆戻り、オタクを辞めることは叶わなかった。


「私と琴絵ちゃんどっちが大事なの?」


 神妙に問うてくるのでこちらの態度も殊勝になる。じっくりと考えて思いを伝える。


「……どっちも大事だよ」

「出てく!」

「待ってくれ、聡子!」


 そうして俺は一人虚しくツリーの飾りつけをしている。飾り付ける物がないので仕方なく琴絵ちゃんフィギュアを飾る。聡子には言っていないがすでに相当な数の琴絵ちゃんグッズを新居に運び込んだ。追いかけることはしなかった。俺にも矜持というものがある。それに何度か電話をしたが繋がらなかった。無視するなら好きなだけ無視しろ。勝手に怒っているがいい。半ばやけくそでクリスマスの準備をする。ツリーを買ってきたのは聡子だった。仕事から帰宅すると部屋にあってホームセンターで買ってきたのだという。二人で飾りつけするのを楽しみにしていたな。虚しい、ああ虚しい。


「それはセイバーさんが悪いですよ」


 一回りは年が違う同僚のオコジョに断言されるが納得がいかない。


「俺がオタクになったのは任務のせいだぞ。少しは理解があっても良いとは思わんか?」

「恥に耐えて結婚してくれたんですよ? それはないですよ」

「そうか?」 


 全うな意見に思わずシュンとする。そう、俺は半年前公開処刑された。アキバ国民の前でインターネットの検索履歴をさらされるという辱めを受けた。そんな俺と結婚してくれた聡子は菩薩のような心の持ち主と言っても過言ではない。


「セイバーさん、今度グッズ売りに行きましょうよ。僕付き合います」

「いやいや、俺はオタクを辞める気はないんだぞ?」

「辞めないと奥さんは戻って来ませんよ」

「そんなことは……」

「グッズを売ったお金でクリスマスプレゼント買いましょうよ」


 絶妙なアイデアにハッとする。こいつはモテるに違いないと思った。名案ではある。が、琴絵ちゃんグッズを手放すのか、そうか……。

 結局、オコジョに付き合ってもらい土曜日にグッズを売却しに行くことにした。


「百十九点で千百九十円です」

「一点十円だと!」


 野太い声に女性店員が怯えている。が怒りは収まらない。あれだけ苦労して集めたグッズがタダ同然だというのには納得がいかない。オコジョはため息を吐く。


「やはり秋葉原じゃないと値が付きませんね」


 千百九十円ではプレゼント代にもならない。オコジョも是としなかったので俺は売るのを止めてグッズの詰まった段ボールを車へと再び積み込んだ。


「やっぱりアキバかな~」


 車の助手席でオコジョが歌うように呟く。秋葉に行くのは抵抗がある。「インターネットオークションにしては?」と問うたがクリスマスは目前だ。時間がない。車をそのまま走らせる。俺はグッズを売るため再び秋葉原の地を踏む決意をした。





 周囲の視線が痛かった。「あの人じゃない?」とひそめき合う声。何でもない雑談の声さえ中傷に聞こえる。公開処刑から半年以上経過したが俺の醜態は未だに人々の脳裏に焼き付いているらしい。俯いて歩いているとオコジョが「あっ、ココです」と声を上げた。着いたのは『買取ランド萌えオタショップタカキ』という店だった。名前からしてアレだし、全面ピンクの店構え、まるでこれは……、いかがわしいビデオ店を思わせる外装に躊躇しているとオコジョが迷うことなく入っていった。


 予想通りの品ぞろえにげんなりする。店内をうろついていることに罪悪感を覚える。オコジョは普段こんなところに出入りしていたのか、人間とは分からないものだと心で呟く。


 カウンターに段ボールを置いて待つと店員がやってくる。50代前後のおじさん店員だった。


「ああ、キミか。久しぶりだね」

「僕日本に戻ったんですよ」

「ここも、日本だよ」

「そっか、確かにそれもそうですね」


 笑い合う様子からして二人は気心知れた間柄らしい。もしかしたら少しサービスして高値で買い取ってくれるかもしれないと淡い期待を抱く。


 買い取り査定を待つ間、手持無沙汰なので店内をめぐる。結構きわどいグッズもあってそれに食いついているところを誰かに気取られぬよう平静を装う。


 ふと目が留まる。琴絵ちゃんの等身大パネルがあった。確実に修正してあるなと分かるほどスリムだがこれは紛うこと無き琴絵ちゃんだ。欲しくなったが思いとどまる。俺は琴絵ちゃんを卒業するのだと。


 査定が終わり、金額を聞いて仰天する。五万八千円だと告げられた。千百九十円が五万八千円になった。おじさんによると琴絵ちゃんはその手の人たちに人気があり引退した今でも彼女のグッズは売れ筋商品だという。

 全て買い取ってもらい代金を受け取ろうとした時におじさんが徐に話し始めた。


「お兄ちゃん、あんた相当の琴絵ちゃんファンなんだってな」


 オコジョが話したらしい。否定は出来なかった。


「それならいいものがあるんだけど買っていかないか?」


 おじさんがレジカウンターの下から出したのは一本のDVD。思わず二度見する。それは琴絵ちゃんのイメージビデオだった。琴絵ちゃんはアイドルとしてデビューする前そっち方面で活動していたことは知っていた。しかし、ここに幻の逸品があろうとは……。手が伸びて掴もうとする手をオコジョが止める。


「セイバーさん! ファンを止めるんじゃなかったんですか?」

「ぐぬぬぬぬ」


 心で琴絵ちゃんを好きな俺と妻を愛する俺がせめぎ合う。震える手を伸ばし言葉を絞り出す。


「い、……いくらですか?」


 結局俺は大量のグッズを全て手放し、イメージビデオを手に入れて店を出た。帰りの車の中でオコジョが半ば呆れている。


「奥さんに見つかっても知りませんよ」


 買った自分を嫌悪するがすでに遅い。もう手に入れてしまったのだ。割ろう、家に帰ったら割ろう。


 オコジョがついでに付き合ってくれると言うので宝石店に寄った。店は違うが妻と婚約指輪を選びに来たことを思い出す。あの時は楽しかったなあ、と。店員に相談しながらシンプルなネックレスを見繕った。派手顔の聡子によく似合うだろう。

 プレゼント用に包装してもらい店を出る。たわいもない話をしながらオコジョを送り届け、家路につく。運転の間中ずっとどうやって謝ろうと考えていた。誠意を見せるのが大事だとか、下手にでろとかオコジョの言葉を反芻する。


 帰宅して驚く。部屋の明かりがついていた。聡子だ。


「ただいまー」


 何気ない風を装う。リビングに入ると聡子がツリーに向き合っていた。


「おかえり」


 振り返り華のある笑顔を見せる。やっぱり美人だな、と見惚れる。


「何よ、このツリー。お客さん来ても見せられないじゃない」 


 琴絵ちゃんフィギュアを飾ったのを忘れていた。


「すまん、直ぐに片付ける」


 そう言ってフィギュアをむしり取ろうとするのを聡子が止める。


「いいのよ」


 そう言ってオレに寄り添う。恥ずかしくなり、そっと離れて声をあげる。


「プ、プレゼントを買って来たんだ。少し早いがクリスマスプレゼントだ、受け取ってくれ」


 そう言ってネックレスの入った紙袋を渡す。聡子は少し驚いた様子だが微かに微笑むと「じゃあ、私も」と言って大きな袋を渡してくれた。開けてみて、というのでリボンを解く。入っていたのは琴絵ちゃん人形だった。目を見開いて唖然とする。


「あなたの気持ちも考えずにごめんなさい。私、自分の価値観ばかり押し付けてた」

「いや、俺の方こそ……」

「オタクな部分も含めてあなたなのよ。私分かってなかった」

「……」


 俺はこうして聡子と打ち解けた。


 聡子がイメージビデオを発見する話はまた後日……。

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