秋葉原独立戦線~僕がオタクになった理由~
奥森 蛍
秋葉原独立戦線
第1話 ヒーローアクセスマン、再び!
『アクセス! アクセス! 平和のヒーローアクセッス!!』
「アクセスー、アクセスー」
小さな頃、僕はアクセスマンというヒーローがとても好きだった。夕方テレビを占領し、大音量でポーズを決めながら踊る。番組本編が始まると正座をしてヒーローの活躍を見守り、終わるとお辞儀をして「今日も日本の平和のためにありがとう」と述べるまでがデフォルトだった。
幼稚園では多くの子供がアクセスマンに憧れていた。放送の翌日には怪人役と何人ものアクセスマンに分かれて対決する。昨日の対決シーンを熱く、熱く、特に僕は誰よりも熱く! そうあの頃は誰もかれもがヒーローになれると信じていた。
大人になって思うのはこの世にはヒーローが少ないということだ。あれほど正義を振りかざして演じていた子供たちも大人になるとヒーローじゃなくなる。大人は普通の大人として生きる。社会の灰汁を背負い、家庭じゃ尻に敷かれてあの輝いた瞳はどこへと消えた。
オタクのなかのオタク、生粋のオタク、生まれてから死ぬまでボクは生粋のオタク。戦隊ヒーローアクセスマン。これは自衛隊員となった僕がオタクとして再生する魂の物語である。
* * *
さて、秋葉原が独立宣言したのは2015年の秋のことであった。アキバ帝国(通称:アキバ)は国境と称して簡易障壁を建設し(山手線は運休しました)、海外から移住者を募り、オタクの国としての旗印を上げた。一連の事件は『秋葉原独立戦線』と呼称されていて、僕の所属する自衛隊、市ヶ谷駐屯基地の指揮通信システム隊、いわゆるサイバー部隊の関わった大きな事案でもある。
事件当時のことは未だに語り草で「お前大分地下アイドルに入れこんでたでしょ」「お前こそ~」と笑い話になっているが。当時、モテたい盛りの男たちは密かに進められる潜入作戦に次はだれが送り込まれるかと戦々恐々としていた。生粋のオタクに変わりゆく同僚を見つめながら次は己かもしれない、その恐怖でいっぱいだった。
週末は合コン、勤務のあとはデート、女にモテたいために脱オタクを目指してきた俗物としてはゆゆしき事態である。
ある日のこと、僕は別室に呼ばれて上官にこう告げられた。
「北本、お前は国の為にプライドを捨てる覚悟はあるか」
「プライド…………ですか?」
「そう、プライドだ」
「無論であります!」
「良い答えだ」
そういって上官に丸ごと渡されたのはDVDボックスだった。僕は息をのんだ。
「魔法少女……LiLiCa《リリカ》……」
「全43話を収めたスペシャルDVDだ。時間の限り視聴しろ」
以降、半年間にわたるオタク養成訓練が始まる。
訓練は私生活にまで及び過酷を極めた。短髪を伸ばし髪を後ろでまとめ、コンタクトから銀縁メガネとチェンジ。平常時は洋服はネルシャツを買いそろえ、ギャルゲーの紙袋を収集し、体重を絞ってウエストポーチをつけた。
アニメの視聴は1日10時間に及び、精神を破壊されそうになりながらも耐えた。やつれて視聴覚室でアニメを見ていると隣の同僚が話しかけてきた。
「おい、北本……お前、何話だ」
「15話をリピートしているところだ」
「いいセリフがあったな……」
「なにかの時のために記憶している」
オレは名台詞をノートに書きつけると机に突っ伏した。頭のなかでリリカ~リリカ~と反響している。神経そのものがだんだん巷からかけ離れていき、心は荒んでいく一方だった。
ファーストシーズン、次はセカンドシーズン。見れば見るほどに沼っていく。気がつけば一緒にいたはずの同僚はアキバへとすでに送り込まれていた。
僕は一人孤独に作品を見続けた。しかし、リリカはもう飽きた。実写が見たい、実写が! 人間が!
やがてとち狂った僕は自費でアクセスマンの放送全集を購入する。懐かしい映像に心を躍らせ、徹夜で夢中になって腕を振りながらアクセスマンの全話を視聴した。
心が躍り、童心に返った気分だった。ミュージックプレイヤーの中はアニメソングが大半を占め、やがて半年かけてオタクの中のオタクが生まれた。
そして忘れもしないアキバ潜入作戦の前日のこと——
「これよりお前はただのオタクだ。己の出自、自衛隊員である事はすべて忘れろ」
「ハッ」
「連絡は定時に秘密回線で行う。追跡防止の処理を忘れるな」
「了解」
「コードネームはそうだな、島崎城とでも名乗れ」
「島崎城……でありますか?」
「私の尊敬する叔父の名だ。作戦が上手くいく事を祈っている」
鈴村一等陸尉はそういって敬礼をした。僕も敬礼を仕返した。これが最後の敬礼になるかもしれない、そう思うと心の中からスッと重たい何かが消えていく気がした。それは一番失ってはならない自衛隊員としての矜持だった……のかもしれない。
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