第14話 アキバ解放戦線
焼肉を堪能した僕らはホクトに連れられて超高層ビルの最上階へとやってきた。秘密組織なのでてっきり雑居ビルの地下にあると思っていたのだが予想に反してこんなところにあった。
まあ、見るからにセキュリティは万全だし意表を突いていて、返ってこっちの方が良いのかもしれない。固く閉じられた金属製の扉の横には『ヨコタ電子株式会社』のネームプレート、おそらくこれはフェイクだろう。ホクトが胸元からカードを取り出してスキャナーに通した。スウッと扉が左右に開く。中を見た僕たちは思わず息を飲んだ。
所狭しと並んだ優に百台はあるだろうパソコン、もう夜の九時だというのにその前で黙々と作業する大勢の人々。アキバ解放戦線という名前からてっきり武闘派集団と思っていたが、その実は超サイバー部隊だった。
ホクトが「ついて来て」と言うのでそっと後を追う。カタカタ、カタカタと静かに聞こえるタイピング音。声を出してはいけない雰囲気があり、目が合った人には小さな声で「どうもー」と頭をさげる。
まっすぐ突き当りにさらに重厚な扉があってホクトがドアの横のインターホンをビーッと押した。どうやらこちらの扉のキーは持っていないらしい。
『はい』
インターホン越しに穏やかな声がする。声の持ち主はどうやら温厚な人柄であることが推測される。
「ホクトです。お客様をお連れしました」
『入ってください』
扉が開いて目に飛び込んできたのは穏やかな普通の社長室? のような光景だった。
「ようこそいらっしゃいました。代表のヨコタです」
社長イスに座っていたのはベージュのスーツを着た恰幅のいい普通の白髪交じりのおじいさんだった。これが代表? 思わずまじまじと見てしまう。どうしても秘密組織の創始者の様には見えない。
「どうぞお座り下さい」
部屋の真ん中のソファを勧められたので席を選んで僕はヨコタさんのすぐ左隣にオコジョは僕の隣にホクトはヨコタさんの真向いに座る。
「お二人は自衛隊の方だそうですね」
「……はい」
返事をしようか少し迷ったがこの場において自分を偽る必要性はないと判断した。アキバ国内で関係者以外に自衛隊と名乗るのは初めてだった。ずっと張り詰めていた緊張の糸のようなものが切れるのを感じた。気負った僕は逆に質問をする。
「ホクトが自衛隊と言うのはご存じなのですか?」
「ええ、知っていますよ。だからスカウトしたんです」
相変わらずの穏やかな声。昂る気持ちが抑えられなくなる。
「単刀直入に言います。我々と協力してください!」
気負った申し出にヨコタさんは少し驚いた様子を見せた。
「まあ、まあ落ち着いて……」
ヨコタさんがなだめようと喋り出した時、不意に背後で「イラッシャイマセ! ヨウコソオコシクダサイマシタ」と割って入る音声が聞こえた。振り向くと一台のロボットが立っていた。
ロボットと言ってもそれほどハイテクな二足歩行とかの歩く奴じゃない。キャタピラー式の白い体に丸い頭の旧式ロボット、手にお盆を持ち彼女が運んできたのは人数分の湯飲みだった。
「ああ、ありがとう。茶子ちゃん」
ヨコタさんはそう言って湯のみを受け取り僕たちに配る。
「ご存知ですか? お茶汲みロボット茶子ちゃん。わが社の主力商品です」
ヨコタさんによるとアキバ解放戦線には仮の姿があり、普段は皆、電子機器の製作会社の社員として働いているサラリーマンとのことだった。元々は普通企業だったが、社長の意思と数名の社員の結託により裏ではアキバ政府に立てつく反政府組織としてひそかに活動を始めたという。
そして手前の部屋にいたのは皆ヨコタ電子株式会社の社員たちで、仕事が終わったあと日替わり時間交代制で途切れることなく反政府活動を続けていることも話してくれた。
「私共の企業はしがない町工場から始まりました。今でこそこんな豪華な場所に本社を設けていますが昔はホントの田舎企業でした」
そう言って笑う。僕も真剣に目をそらさず聞く。
「秋葉原の街は変わってしまいました。外人を集め、若者を集め、起業家を募り、ネットで人を統制して売れる物なら何でも受け入れる。日本であった頃の秋葉原が懐かしい、今はそう思います」
ヨコタさんは憂いを帯びた表情で茶子ちゃんを撫でた。
「普段はどのような反政府活動をしておいでですか?」
僕は尋ねる。
「アキバ政府の動向を監視しています」
「!」
「アキバ政府は現在国境の壁の増築工事に着手してまして、日本国から資材を輸入してその増築計画を実行しようとしています」
「日本からの資材? 日本がアキバに資材を送っているのですか? 政府は知らないのでは……」
「私には日本国政府との太いパイプがあります。」
「!」
初めて知る事実に衝撃を受ける。
「資材を送っているのは日本国内にいる我々の仲間です。政府はそのことを承知で見逃しています。作業員に紛れ込ませて仲間の戦闘員を日本国からアキバ国境付近へと送りある物資を調達する予定なのです」
「物資?」
「爆薬です」
「……爆薬!」
穏やかでない言葉に、湯飲みに伸ばしかた手が止まる。
ホクトは特にたじろぎもせず、どうやらその事実を知っていたらしい。
「爆薬で壁を破壊しアキバ国民の不安感を煽る。政府の権威は失墜し、怖気づいた国民は日本へと逃げ出すでしょう」
茶に口をつけて続きを聞く。
「そこであなた方にお願いがあります」
「?」
「国境の壁、破壊作戦に加わって欲しい」
「!」
「優秀な自衛隊員の方々ならきっと我々の大きな力になる。そう信じています」
ホクトは目を瞑っている。僕は組んだ手を解くことが出来なかった。じっくり考えるが……、ことが性急すぎやしないか?
「少し時間をください」
ぬるくなった茶を飲み干すと僕とオコジョはその場を後にした。
「どうします、キャッスルさん?」
帰りに立ち寄ったゲームセンターでオコジョがクレーンゲームの景品のクマさん野郎のぬいぐるみを狙いながら呟く。視線はショーケースを向いていて僕の方なんてこれっぽっちも見ていない。
「うーむ」
「あっ」
ツメからクマさん野郎がこぼれ落ちオコジョが声をあげる。すぐに追加の小銭を投入する。
「お前はどうしたいんだ?」
「キャッスルさんにお任せします。ボクには難しい話は分かりませんので」
「……」
アキバ解放戦線と共闘する。そのことにリスクは無いのだろうか? と考える。僕らは行動を共にせず、あくまで彼らの動向を見守るというのも手だろう。しかし、アキバを取り戻したのが自衛隊員ではなく一般企業となるとそれこそ笑いものではないか? 自衛隊の権威が失墜する危険性さえある。
一人で考えていても堂々巡りで答えは出てこなかった。迷った僕はオコジョを従えてネットカフェへと向かった。
「へえ、初めてきましたこんなとこ」
オコジョが物珍しそうにしている。ネットカフェが初めてとはオタクの風上にも置けないやつだ。
「本国への報告は大体こういった施設を利用する。店は一定じゃない。同じ場所ばかりだとバレる危険性もあるからな」
「あ、マチ子さん」
上っていた階段の壁に待ち針のマチ子さんのシールが貼ってあった。ホントにゆるキャラには目の無いやつだ。こちらの話はほとんど聞いておらず、叱り飛ばしたくなるがその顔を見ていると怒る気にすらなれない。これは彼の人徳だろう。
個室に入りさっそく回線をつなげる。応じたのは鈴村一等陸尉。僕は彼にアキバ解放戦線側との今日のコンタクトのことを一部始終話した。
「そうか、お偉いさんとアキバ解放戦線は繋がっていたのだな」
陸尉は納得するような表情でしみじみと言った。
「一兵卒の我々には判断がつきません。上からの指示を待ちたいです」
「分かった、上へはオレが話をつけておこう」
「ありがとうございます」
「ああ、そうだ。望月から伝言がある」
望月、セイバーのことだ。
「今度結婚するから式に出て欲しいそうだ」
「けっ、……!」
思わず耳を疑いたくなるような伝言だった。あのセイバーに、あのセイバーに妻が! なんとまあ奇特な人がいたのだろうと青ざめる。先を越された、完全に越された。
じゃあな、と陸尉が別れを告げて回線は切れる。トップ画面の向こうに心のよりどころを探すがそれは皆無だった。やり切れない事実、そうか、結婚かあ。
「セイバーさんってあの公開処刑された人ですよね?」
オコジョが首を傾げて言う。
「奥さん偉いですね~、すごいなぁ」
すごいな、そうすごい。そんな月並みな感想しか出てこなかった。その後、僕らはネットカフェを立ち去り、アキバマートで夕飯の材料を買って帰宅した。
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