第13話 ゆるキャラプロレス
会場に充満する熱気、白熱する応援。僕はオコジョとゆるキャラプロレスを見にやってきた。座っているのは中ほどの席、最前列が良かったのだが当日券では到底空いているわけもなく少し離れた位置で観戦する。
今やっているのは前座で、岩手県のゆるキャラ『冷麺マン』と沖縄のゆるキャラ『アグーさん』の試合だった。形勢は……よく分らない。テレビで見るときは解説が入るのでなるほどなるほど~と楽しく見れたのだが、実際のゆるキャラプロレスは動きがゆるっとして可愛いのだが如何せんその行方が非常に分かりづらい。
そして、結構派手なアクションもしていて中の人は大変なのだろうと思うが見た目からして思わず和んでしまう。ただ、隣のオコジョには形成は読めているらしく「冷麺マンいい動きしてますね」と言ってきた。
オコジョの読み通りアグーさんがテンカウント負けして冷麺マンが勝利を収めた。マイクパフォーマンスをしているのだが当然のことながら声は出ない。代わりに隣のセクシーお姉さんが「今日の試合は楽しかったよー、と言っております」と通訳した。
次はいよいよ本日のメインイベント、『ジャスティスおじさん』と『コメ人間』の試合だ。テレビで見た限りの情報だとジャスティスおじさんは巷に蔓延る悪質マナー違反を説教するという正義キャラで、対するコメ人間はコメの消費拡大に向けてこっそり活動中というキャラだ。どちらもシュール路線を行くキャラクターでアキバ国内ですごく人気があることは僕も知っている。
ジャスティスおじさんの、ハリセンを振りあげて「なんでやねん!」との吹き替え音とともにくり出す攻撃、コメ人間の米蒸気なる炊飯器の炊き立ての蒸気に見せたたぶん消火器からの噴射攻撃。中の人はどちらも痛くもかゆくないだろう光景に観衆は沸く。
――茶番だ。
そう思った時、周囲が騒然となる。ゆるキャラたちが頭部の引っ張り合いを始めた。テレビでみた例のアレだ。僕は胸アツで思わす興奮して立ちあがる。頭部は頑丈にはめられているらしくなかなか取れない。というよりもゆるキャラの丸い手では到底つかむことは出来ないだろう。
無理やり剥がそうとコメ人間がジャスティスおじさんの頭部にラリアット、思わず顔が取れそうになる。というか、中の人の頭部まで取れてしまわないだろうか? そして、コメ人間がジャスティスおじさんに馬乗りになり頭をむしり取る勢いで殴り続ける。……何だか普通のプロレスより激しい。
完全に一方的な展開に思えたが、不意にコメ人間がジャスティスおじさんから離れて背中の炊飯器を降ろす。開けて米を茶碗によそい食べ始めた。さすがは米の妖精、どんな時でも焚き立ちの米のPRは欠かさないらしい。しかし、一杯食べて二杯目をよそおうとした時、事件は起きた。
怒り狂ったジャスティスおじさんのファン数名がリングにあがり、コメ人間をリングサイドへと連れていく。零れ落ちる茶碗の米、転がる箸。コメ人間を磔にして「立ち上がれジャスティース!」と一人が叫ぶ。次第にジャスティスコールが空間を支配する。
「ジャースティス、ジャースティス」
「ジャースティス、ジャースティス」
膝をついてよろめきながら立ちあがるジャスティスおじさんは渾身の力を込めてドラゴン・スクリューを繰り出した。派手に倒れたコメ人間は頭を押さえてうごめいている。すかさずジャスティスおじさんは足を持ちジャイアントスイングを開始する。ぶんぶん振り回されついにコメ人間の頭部が取れる。頭部は豪快に観客席へと飛んでいく。派手に放り投げられて失神するコメ人間。試合はジャスティスおじさんの勝利だった。
「またか~」
隣の席のおじさんが座りながら残念そうに呟く。僕も仕方ないので着席する。不意にオコジョが腕を叩く。
「見てください、あれ、アレ!」
倒れて救護されるコメ人間を見てハッとする。気を失って目を瞑っていたが、顔骨格からするに彼は間違いなく、……間違いなくホクトだった。
さっそく会いに行こうとオコジョと相談して控室に突撃しようとしたが当然のことながらスタッフに断られた。仕方ないので二人で出待ちする。
「寒いですね」
オコジョが震えている。僕も寒くてつい身震いしてしまう。さて、小一時間ほど待っただろうか。頬に大きな絆創膏を貼った青年がやってきた。
「お疲れっす!」
ホクトだ。ホクトは一緒に出てきたスタッフに手を挙げて笑って挨拶をし別れる。派手な金髪、少しやせたというより引き締まった顔。セイバーから貰った写真とは風貌がまるで違うが面影はある。
「さ、サインください!」
オコジョが色紙を出す。
「おいっ、違うだろ」
思わずツッコミを入れる。
「だってファンだったんですもん。ちょっとくらいいいでしょ?」
オコジョは少し不満げだ。ホクトは少し困った顔で色紙を受け取るとサラサラとサインをした。慣れたサインの横には下手なコメ人間の似顔絵付きだ。
「あの……」
僕が言葉を継ごうとするとホクトが少しめんどくさそうな顔をする。
「何? オレ試合で疲れてんだけど?」
「ホクトさんですよね?」
「!」
「お願いがあって来ました」
コードネームは白石北斗、あだ名はそのままホクト。僕らは食事をおごるから、と言って彼を焼肉へと誘った。ホクトが払おうと僕らが払おうと日本国持ち。従って彼が僕らにおごられること自体にあまり意味はない。
彼も正直迷惑そうな様子であったが、ナイスにもオコジョが食い下がったのでホクトは半ば無理やりではあるが一緒に来てくれた。
店員に個室を頼み、僕とオコジョは並んで、ホクトの向かいに座る。
「ひどかったね、この前の」
焼けた肉をトングで皿に運びながらホクトが暴言を吐く。恐らくセイバーたちのことだろう。それが癇に障った僕は思わず言い返す。
「それが国のために戦った者への言葉か」
「結城琴絵ちゃんだっけ。よくまあ、あんなものへハマったよね」
笑いながら肉を口に運ぶ。僕はダンッと机を叩いて立ち上がる。
「セイバーの悪口は許さん! 今すぐ取り下げろ!」
「落ち着いてよ。ケンカするつもり何てないんだから」
肉を咀嚼しながら何事もなかったように振る舞う彼の姿はひどく落ち着いていて、気がそがれた僕はそっと席に座る。
「で、どこまで知ってるの?」
「アキバ解放戦線に参加してると聞きました」
オコジョが答える。
「で?」
「それだけです」
ハハハッとホクトが笑う。何がおかしい! 何を笑っている! と怒鳴りたくなるのを堪える。
「だって、ネットには情報載ってないし他に調べようとしても方法が無かったんですもん」
プーッと膨れるオコジョは可愛い。こいつ本当に自衛隊員か?
「情報ってのはね歩いて探すもんなの。ネットばかりに頼ってても本当のことは見つからない。これがオレがアキバで得た一番の知識」
ホクトが肉をオコジョの皿に載せる。オコジョはサンチュで丁寧に肉を巻いている。エンジョイし過ぎではないか?
「で、何の用なの?」
「僕たちと一緒に戦ってくれ!」
「お・こ・と・わ・り、します」
肉を裏返しながら目も見ずに、あっさりと跳ねのけられてしまった。
「オレがアキバ解放戦線に身を置いたのはあくまでアキバを日本に取り戻すため。お遊び気分の人たちとは戦えないな」
「アキバ解放戦線と自衛隊が手を組めば勝機はある。情報が手に入るし、そちらとしては万々歳ではないのか?」
「あんた達と組めば士気が下がる」
この野郎おおおおお! 怒りを露わに僕は再び立ち上がる。
「好き勝手言いたい放題並べやがって! 我々は真剣なんだ! なら、聞くがお前の組織にいったいどんな戦果があると言うのだ!」
身振り手振りをしながら声を荒げる。
「落ち着いてよ、外に聞こえる」
僕はハッとして外に目を向ける。個室ではあるが薄い障子で隔てられた向こう側には大勢のアキバ国民がいる。もしかしたら軍関係者や政府関係者だっているかもしれない。
「これまでの体たらくは謝る。我々の愚かさも認めよう。我々は仲間が少ない。頼む、協力してくれ!」
小さな声で懇願するとホクトは困ったようにトングを顔の横でパチパチと鳴らした。
「そこまで言うのなら代表に紹介する。でも、あんたたちと手を組むかどうかは知らないよ」
僕は目を見開く。これはうまくいったという事か?
ホクトは電話を始めた。しゃべり方からするに相手は少し目上でどうやら僕たちの事を直接紹介してくれるらしい。ぼーっとしてると煙が立ちのぼった。
「あっ、お肉焦げてますよ」
オコジョが肉を取る。こうしてオコジョと僕はアキバ解放戦線とコンタクトを取ることとなった。
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