第12話 潮干狩り戦線

「キャッスル見てみろ、ハマグリだ! 大きいだろ?」

「ホントだ! さすがセイバーさんですね!」


 僕は今、日本の海浜公園へ潮干狩りにやって来ている。一緒にいるのはセイバー、そう僕らは今おっさん二人でモソモソとひたすら貝を掘っている。


 獲れた貝は全部でアサリ十二個プラスハマグリ一個、一時間掘って十三個とびっくりするほど少ない。見つける貝、見つける貝が全部スカなのだ。空の貝をわざわざ捨てるのはどこのどいつだろうと文句を垂れたくなる。これならスーパーでパックを買う方がはるかにいい。と思ったがまあセイバーが楽しそうにしているので良しとする。


 今朝、セイバーと会った時はあまりの覇気の無さに心配になったが聞けばこれが普通の状態なのだと彼は言う。アキバの街こそ異様であったのだと。禁句であろう琴絵ちゃんのことにも触れて、彼女には可哀想なことをしたと反省した後、彼女の卒業ライブはネットで見るつもりだと話した。後遺症はまだ残っているらしい。


「なあ、キャッスル。アキバが日本に戻ったら何がしたい?」


 掘る手を休めずセイバーがおもむろに問いかける。


「ビールが飲みたいです」


 僕も掘りながら答える。


「黒ビールか?」

「黒ビールです。皆で祝杯をあげたいです」

「オレも同感だ」


 そう言ってセイバーは額の汗を拭い、獲れた貝をバケツに放り込む。コトンと小さくて重たい音がする。


「なあ、キャッスル」

「はい?」

「いうべきか迷ったんだが、……アキバにはもう一人だけ仲間がいる」

「!」


 セイバーたちが皆、強制送還されたのですでにアキバ国内に仲間はいないと思っていた。小さな希望が湧いてくる。


「ホクト、という名前の自衛隊員だ。まあ、自衛隊員『だった』という方が正しい」

「除隊をしているのですか?」

「いや、除隊はしていない。正確なことを言えばまだ自衛隊ではある」


 要領を得ない物言いに首を傾げる。セイバーによるとホクトは僕たちと同じように任務でアキバに乗り込みしばらくは潜伏員として活動していた。だが、次第に自衛隊の生ぬるいやり方に疑問を抱き、一派を離脱。アキバ国内に密かに存在するアキバ解放戦線に身を置き、その構成員として解放運動を続けているとのことだった。


 セイバーが胸ポケットから写真を出す。映っていたのは少し内気そうな一人の自衛隊員だった。これがホクトか。


「ホクトは強い」


 セイバーが重厚な声で言う。


「連絡は取れるのですか?」

「いや、無理だ。ホクトは日本国との関係を断ち今は純粋なアキバ国民として運動に参加している。オレも何度か連絡を取ろうとしたが無理だった。今は正確な所在さえ分からん」

「……」

「しかし、手ならある」

「どんな手が」

「キャッスル、お前もアキバ解放戦線に合流して彼を説得しろ。あわよくばそこで仲間を募れ。組織は違えど元々の志は同じはず、上手くいけば協力してもらえるかもしれん」


 そして、日は暮れて僕らは浜辺を後にする。たくさんいた人々のほとんどは帰っていて時間も忘れ話し込んでいたのだと気付く。獲れた貝は全部で十五個と大した収穫ではなかったがセイバーから得た情報にはそれ以上の価値があった。



 当初の計画を早めに切り上げ僕は早急にアキバに戻ることにした。戻る時ありがたいことに仲間が一人増えた。名前はオコジョ。その名の通りの可愛らしいイタチのような見た目で、好きなジャンルはゆるキャラ、アキバに行ったら真っ先にケーブルテレビに加入してゆるキャラプロレスを見るのだと目を輝かせていた。


 生ぬるい奴だと思った。だが初めてアキバに行くときは僕もこうだったのだろうなと自嘲する。しかし、行く前からこれほどアキバに取り込まれていては今後の行く末が危ぶまれる。自衛隊のオタク養成訓練のやり方自体に少々問題があるのだなとふと思った。


 オコジョは僕の隣の隣の部屋を借りた。小動物のようなやつで「キャッスルさんの近くがいいです、晩ご飯とか一緒に食べられますし」と笑顔で言った。何と可愛いのだろう! 胸を鷲掴みにされた僕は気が付けば「今日は祝いで晩飯一緒に食べるか?」と誘っていた。オコジョをとって食うつもりはない。鍋がいいと言うので僕らは材料を買いにアキバマートへと出かけた。



 可愛い後輩の出来た僕は「生活は色々と物入りだろう」とまず食器コーナーへと案内する。紹介するのは明子さんのビールコップ、「冷たい水を入れると浮かび上がるんだぞ」と嬉しそうに説明したがオコジョは全く興味を示さず、「あっ、僕こっちのマグカップの方が良いです」とゆるキャラが印刷された白いマグカップを手にした。持っていた自分のかごに一つ入れる。


 こういう場合先輩の顔立てるもんだろうがああああ! と思ったがまあ彼は何しろ若い。僕より十歳は年下だろう。ジェネレーションギャップもあるし仕方がない、とビールコップを棚に戻す。


 持っていなかったので卓上のIHコンロと鍋をショッピングカートの下に積む。じっくり店内を見ながら材料を買い集め、いよいよレジ。待ってました。明子さんが喋んるんだぜ! と心で呟きながらエディにチャージに行こうとするとオコジョが「あっ、僕お財布携帯なんで」と冷たく言い放つ。仕方なく一人で自分の分の買い物分だけチャージに行く。そうか、これがジェネレーションギャップか……。 


 アキバに来てこうして誰かと鍋を囲むのは初めてだった。ぐつぐつと煮え立つ鍋、レモン鍋。肉が煮えた頃合いでいただきますをする。オコジョはビールを飲まないと言うので明子さんのビールコップにオレンジジュースを注いでやる。お客さん用がやっと役に立った。


 鍋をつつきながらオコジョの身の上話を聞いた。潜伏員は厳しい訓練を受けてオタクとなる者も少なくないがオコジョは違った。兼ねてからのゆるキャラオタクで、三人姉弟の一番下の端で、姉二人の影響を受けゆるキャラにハマったのだそうだ。好きなキャラはたくさんいるが一番好きなのはパンタロウさんというカビの生えた食パンのキャラクターとのことだった。


 スマホで見せてくれたのだが「ふーん」という感想しか出てこなかった。パンタロウさんはゆるキャラプロレスには出ておらず一度、出ないのか? との問い合わせをしたことがあるそうだがパンタロウはパンなので戦えませんというのが製作者側の回答だったらしい。


 気の抜けた話ばかりしていても仕方がないので鍋をつつき終えた僕たちは『ホクト』なる人物についても話す。セイバーから得た情報ではアキバ解放戦線というゲリラ組織に加入していること、ただ普段はどこで活動しているかも不明でその構成員がどのくらいいるかもはっきりしないとのことだった。


「ネットで調べてみましょうか?」


 オコジョが提案する。そんな簡単に情報が見つかるものか、と思ったが他に術もないので各々スマホをいじり始める。一時間ネットサーフィンをしてしらみつぶしに調べたが、どうやら情報統制が敷かれているらしくその組織の名前すら出てこなかった。


「そんな組織ほんとにあるんでしょうかね?」


 床に寝そべったオコジョが画面から目を離さず言う。先輩の家なのに随分リラックスし過ぎじゃないか?


「あっ!」 


オコジョが 声を上げた。


「どうした?」

「ゆるキャラプロレスが明後日アキバホールであるらしいです!」

「……」

「キャッスルさん、見に行きましょう!」

「オコジョよ、おれ達には使命があるんだ。それを忘れていやしないか?」

「情報収集ですよ、行けば何かヒントがあるかもしれません」

「しかし……」

「どうせじっとしていても情報は入ってきませんよ」

「……そうか、それもそうだな!」


 こうして僕たちはホクトのことはさておいて、ゆるキャラプロレスを見にアキバホールへと出かけた。


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