第11話 公開処刑

 参加できなかったことを恥じた。力になれなかったことを恥じた。僕は非力だ。臆病で、ズルくて、のろまで、どうしようもない愚か者だ。


 寝て起きてこの事実が消えていればいい。そう願ったが事態は変わらなかった。週末セイバーたちは公開処刑される。


 僕はすぐ日本国の鈴村一等陸尉に連絡を入れた。彼らをどうにかして助けて欲しいと。陸尉によるとどうやら水面下では交渉がすでに行われているらしい。しかし、色よい返事は返ってこないという。アキバ側は相当怒っているらしく、許すには日本の無条件降伏が条件だとまで言ってきたそうだ。


「許してくれ」


 陸尉は力なく言った。初めて見せる弱気だった。僕はそれ以上何も言えなくなりそっとネットカフェを後にした。



 アキバの街はすでに落ち着きを取り戻していた。政府の情報操作の賜物だろう。浮きだった様子はなく先日のパレードの騒ぎなどすでに影も形もない。全てを飲み込む巨大都市アキバ。これが日本の一都市の姿なのかと恐ろしささえ感じた。


 僕はいつもの生活を続けている。続けるより他になかった。バイトへ行き、飯を作り、風呂に入って寝る。気が抜けてそれ以上のアクションを起こす気にはなれなかった。一人じゃ何も出来ない、何も思いつかなかった。パレードの時の決意は既に冷め、このままアキバの街へ埋没してしまおうとさえ思った。


 そうして何も出来ることが無いままセイバーたちの処刑日を迎えた。



 処刑は中央広場で行われ、ネットでも中継されるが僕はどうしても行きたかった。行ってセイバー達の最後の雄姿だけでも見届けようと思った。それが仲間としての最後の務めだと思ったからだ。


 十四時ちょうど広間に特設された中央の台座に手錠を掛けられたセイバーたちがやって来た。多くの軍人に囲まれて、これではさすがのセイバーも身動きが取れないだろう。彼らの姿を目にした群衆は持っていたドリンクやわざわざ購入したであろう玉子を投げつけ罵声を浴びせる。


「日本人めー!!」

「死ね!」


 皆日本人なのにおかしなことを言う。彼らは日本人であることの誇りさえ忘れてしまったのだろうか。恥辱に耐えるセイバー達、怒りに震えて涙が出そうになる。僕は絶対に彼らを忘れないと誓う。


 とうとう執行の時がやって来た。息を飲んで見守る。見たくはなかったがせめてしっかりこの目に焼き付けようと思った。膝をつかされ後ろを向かされるセイバー達、やがて舞台袖から一帳のスクリーンが彼らの目の前に運び込まれた。スクリーンから少し離れた台座の一番前には照射するためのプロジェクター、これは一体?

 何が始まると言うんだ……。


「これより不穏分子の公開処刑を行う! 彼らはアキバの治安を脅かした大罪人だ! しっかり見届けよ!」

 執行人が手を振り下ろすとパッと映し出されたのは……



――『琴絵ちゃん オレ 相性』



のデカデカとした文字。


 ざわざわと周囲が騒めきだす。変わって次に映されたのは……



――『琴絵ちゃん パンチラ』



 クスクスと失笑が起きる。


「やめてくれーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


 叫ぶセイバー。映されていたのはそう、セイバーのインターネットの検索履歴だった。


「公開処刑……」


 そう言う事かと、目を瞑る。残酷のあまりとても見てなどいられなかった。マイクを持った執行人が嫌味たっぷりに映された文字を読み上げる。


「琴絵ちゃんおっぱい」


「琴絵ちゃん ブス説」


「琴絵ちゃん 整形」


「エロ」


「エロ 動画」


「琴絵ちゃん エロ動画」


「うわあああああああああああああああああああ」


 セイバーの断末魔が響く。いたたまれなくなった僕はそっと広場を後にした。

 


 こうしてセイバーは死んだ。社会的に死んだ。命はあれど廃人も同然だった。処刑後、彼らは日本に強制送還され、のちに再び自衛隊へと復隊した。



       ◇



 会えたのは一週間後、ネットカフェのパソコンの向こう側だった。日本国に戻った彼は少しやつれてはいたが元気そうだった。


「セイバーさん」

「元気か? キャッスル」

「……」


 正直何を話していいか分からなかった。かけるべき言葉が見つからなかった。


「……あれだな、日本はいいな」


 セイバーがしみじみとした様子で言う。日本に戻ってアキバの毒気が抜けたのだろう。すっきりとした表情をしていた。


「あんなに大事だった琴絵ちゃんのことを今は微塵も思い出さない。認めよう。今思うと彼女はブスだった」

「……」

「バイトには行っているか? 楽しいんだろう?」

「……」


 僕の目には段々涙がにじんできた。


「一人で戦えるか?」


 ぐっと胸にセイバーの言葉が突き刺さる。


「無理ですよ!!」


 堪えきれず声を張り上げる。僕はすでに一人では戦えないほどの心的ダメージを受けていた。大事な仲間の送還、それは思った以上に僕の心を揺さぶっていた。


「もう一度戻ってきて下さい! 変装でもなんでもすればいいじゃないですか! もう一度入ることぐらい訳ないですよ!」

「キャッスル、よしてくれ。オレは一度死んだ身だ」


 そう言って微かに笑った。


「オレは以後お前の活動をこちらから全力でサポートする。離れていても心は一つだ」

「セイバーさん……」

「一人が嫌なら好機を待つのもいい。今後、潜伏員を増員する計画がある。アキバ国内に再び役者が揃うまで日本に一度戻ってくるのはどうだ?」



 そうして僕は一度日本へ戻ることにした。バイト先の菊尾さんにはしばらく日本の実家に戻るから休みたいとだけ告げて。菊尾さんは僕が近頃元気が無いのが気がかりだったらしく、快く了承してくれた。


 小さな旅行カバンには財布と少しの着替えだけ詰め込んだ。もともと、独身寮に荷物を残して来ているから持って帰らなければならない物は少ない。大事な明子さんグッズは置いていく。日本国民としてのささやかな抵抗の意思だ。財布の中から明子さんが描かれたアキバマートのエディ付きポイントカードをスッと抜きとり座卓に置いて部屋を後にした。



       ◇



「すいません、もうちょっと右」

「ああ、今度は左を」


 ただいま僕は美容院に来ている。アキバじゃない、勿論日本だ。これから僕は坊主にする。床屋じゃないのか? と思っただろう。実は僕は兼ねてからの美容室派だ。美容室で坊主にするという奇矯なことを長年にわたりやってきた。


 何しろ母が美容室にマメに通う人で、小さいころからくっついて来て僕もしょっちゅう切ってもらっていた。始めはそれこそおしゃれな髪型もしていたと思うが(今となっては思い出せない)、中学から陸上部に入ったこともありその頃からアキバに潜入するまでずっと坊主だった。

 美容室はみなおしゃれだし、優しいし、香りがいいし、シャンプーするときの指の圧まで違う。一度知ったら美容室通いは止められない。


 シャンプーが終わった。洗ってくれた人が「お疲れさまでした」というのでぺこりとお辞儀する。カット椅子に座り自分の顔を見る。テクノカットは汚く伸びてキノコヘア、前髪だけ自分で切り、後ろは括っていたのでそれなりの清潔感は保たれていたが、このくらいがもう限界だろう。


「幸助くん、今日はどうする?」


 美容師の牧村さん(たぶん30代)が尋ねるので「坊主に」と伝える。


「はい、了解」


 いつも切ってもらってる人なので理解があり、美容室であろうと快く坊主にしてくれる。


 僕は鏡の前に並んだ女性週刊誌を手に取る。これも小さい時からの癖だ。漫画などもあるが僕は小さなころからちょっと大人向けのきわどい話題に目を引かれる子供だった。今通っているここでも、女性週刊誌が好きなのを知っている牧村さんは必ず数冊並べてくれる。僕は目に付いた一冊を手に取りパラパラと眺めた。発行元はアキバ書房、取り扱ってるのはアキバの時事ネタばかり。そう、アキバの出版物や市販品はわずかだが日本でも手に入る。日本に戻ってもアキバのことが気になるのかと我ながらミイラ取りもいいとこだと思った。僕は魅かれた紙面に目を落とした。



『結城琴絵ちゃんアイドル卒業! 公開処刑されたおむつ男の黒い検索履歴によるイメージダウン!』、……これはセイバーに見せられないなと思った。まあ、本人もすでに知っているだろうとは思うが到底触れていいものではないと思った。


 さらに捲るとゆるキャラプロレスの八百長問題の記事、もっと捲ると『突撃公邸の庭』という記事があった。カラー写真で紹介され、庭を流れるジュースの川、樹になるお菓子、あちこちに放置されたパンダの乗り物、たくさんの子供の夢をそのまま実現したような贅の限りを尽くした庭の光景が掲載されていた。

 下の方に庭師のインタビューがちょこっと載っていて、庭師によると庭の維持費だけで年間一千万、ただそれを入場料でまかなうほどの観光客が毎年来ているとのことだった。


「終わりましたよ」


 牧村さんがそう言うので視線を上げる。見事な坊主頭だった。生まれ変わった気分だった。これでまた戦える。決意を胸に僕はある場所へと向かった。



 向かったのはじいちゃんの墓。そう、じいちゃんは僕が大学生の時肺がんで亡くなった。酒とたばこが好きで意志が固いからどちらも止めないのだと豪語していた。防衛大に合格した時一番喜んでくれたのはじいちゃんだった。


「国のために働け」


 そう言って優しく頭を撫でてくれた。


 墓にお菓子を祀り、線香をたいて拝む。僕は頑張っていますという報告とアキバを日本に取り戻すという決意。


 そして、墓参りを終えた僕は潮干狩りへと出かけた。

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