第15話 アクセスマンが、アクセスマンが……

 報告からわずか三日後、本部の決定でアキバ解放戦線と共闘することが決まった。開かれる作戦会議に参加するため僕とオコジョはヨコタ電子株式会社へと向かう。着こんでいるのはスーツ、サラリーマンを装うためだ。

 坊主にスーツは似合わない、でも仕方がない。一方オコジョの方も似合うというには無理があり、まるで社会人一年目の新入社員の様だった。


 借り受けたカードキーで扉を開くと目に飛び込んだのはこの前以上の人の集まりだった。全社員が揃っているのだろうか。僕とオコジョはそっと隠れるように壁際に立った。


「すごいですねぇ」


 オコジョが人ごとのように感心している。しかし、頭脳派集団。見たところ現場で戦える人員は極めて少ないように感じた。


 少し待っているとヨコタさんが出て来て朝礼を始めた。社訓を読んでそれを従業員が復唱する。普通の会社だ。普通の朝礼。彼は我々の存在を忘れていやしないだろうか?


 ひとしきり話し終えた後、「今日もよろしくお願いします」と述べた。社員にお願いしますと頭を下げる社長がこの世界にどのくらいいるだろう。極めていい会社だ。万が一、自衛隊をクビになったらこういうところで働きたいなと思った。


 朝礼を終え、ヨコタさんが僕らの方に目をやる。ちゃんと気にかけてくれていた。


「解放戦線の会合を行いますので実動部隊は社長室に集まって下さい」


 パソコン席に戻る人の波から何人かが外れて社長室へと向かっていく。僕とオコジョは遅れぬよう小走りで彼らを追いかけた。


 社長室に集まったのは僕らを入れてわずか十二人だった。しかし、皆スーツの上からでもわかるほどの屈強な肉体。どこかの傭兵でもやってたのだろうかと問いただしたくなる立ち姿。その中にはホクトもいて、アイコンタクトを送っていたのだが無視されてしまった。この野郎!


 席が無いのでヨコタさんは社長席に座り、皆ソファーに着いて座り切れなかったものは腕を組んで窓際に立っている。


「爆破には時限爆弾を使用する」


 実動部隊のリーダー、バクさんが言った。


 まず夜十時、爆弾を積んだダンプカーが入国する。五分後合流した僕らは荷台から積み荷を受け取り、国境の壁中に離散する。設置後、現場より退却。その後、中央部から左右に向かって一分置きに爆破していく。というものだった。極めて分かりやすい作戦のように思える。


 しかし、僕はある一つの疑問が浮かんだ。現場作業員に怪しまれやしないだろうか? この疑問にバクさんは笑って答えてくれた。


「キャッスル、心配しなくても現場の作業員も皆我々の仲間だ」


 手回しの良さに頼もしさを感じる反面彼らのことを恐ろしくも感じた。心底敵でなくて良かったとホッとする。まあ、アキバの街も一枚岩ではないという事だろう。


「問題はココだ」


 バクさんはそう言ってテーブルに広げた地図の中央から外れた位置を指す。


「ココは大使館前だ。警備が他の所より数倍厳しいと言っても過言ではない」


 オコジョがあのーと手を挙げてすぐに喋り出す。


「でもアキバ軍ってほぼオタクなんですよね?」

「オコジョよ、ミリオタを舐めては足元をすくわれるぞ」


 オコジョがハッとした顔をする。バクさんは笑った。


「ココを避けるという手もあるが……、あえて攻撃を仕掛ければアキバ政府に大ダメージを与えられるだろう」


 僕は生唾を飲み込んだ。緊張感が漂う。作戦が現実味を帯びてくる。


「ここへはオレが向かう。皆は確実に爆弾を設置することだけを考えてくれ」


 その後、爆弾の模型を使って設置の仕方、取扱いをみっちりと学んだ。

会合を終えて社員でない僕らとホクトは社を後にする。外は雨だった。ポツリ、ポツリと降り注ぐ中オコジョが「傘持ってきてないのに……」と呟く。あがるまで少し雨宿りだ。


「……ヨコタさんとは雨の日に知り合ったんだ」 


 不意にホクトが喋り出す。雨を見るホクトの顔はなつかしさに満ち溢れていた。僕は頷きもせず静かに聞いた。


「仲間とケンカして、自衛隊員とはつるむのをやめて、一人で情報収集に明け暮れて」

「……」

「ある日、ヨコタ電子がアキバ解放戦線とのかかわりがあるかもしれないっていう情報を手に入れてね。何とか接触しようと試みたんだ。ゆるキャラプロレスに入ったのはヨコタ電子とのつながりがあったからなんだけど、結構厳しい世界でね」


 言ってホクトは顔の絆創膏を剥がす。先日の試合でのケガだ。現れたのは傷一つ残っていない綺麗な横顔だった。


「初めての試合でボロボロになってしょげて帰ってたら、雨なのに裏でヨコタさんが出待ちしててくれてね。こう言ってくれたんだ。『よく来てくれました』って。抱きしめてくれた」


 ホクトはそっと笑っていた。初めて会った時の皮肉たっぷりの笑顔はもうない。


「オレはあの人の為なら何だって出来る。あの人たちとならアキバを取り戻せると信じてる」


 それは僕たちがまるで自衛隊に立てたような誓い。そうか、彼は、彼を突き動かすものは……。胸が熱くなる。作戦が成功してもきっと彼が日本に戻ることはないだろう。


「作戦上手くいくといいな」


 そっと笑い返すと同時にオコジョが喋り出す。


「雨が上がりますよ。あっ!」


 通り雨の降った空には虹が輝いていた。雲間からは後光が差し、それは作戦の成功を予感させるかの如きまばゆい光の筋だった。



       ◇



 自宅に戻りスーツを脱ぎ捨てる。

 さて、作戦も決まったことだし後はバイトに行って、アキバマートに明子さん(レシート)に会いに行って、と思いながら何気なくテレビをつけた僕は愕然とした。


 勢いよくオコジョの部屋をノックする。ダンダンダン! ダンダンダン! 出てこないのでインターホンを連打する。ピポ、ピポ、ピポ、ピンポーン。押し過ぎて音が重なる。仕方ないので大声で呼ぶ。


「オコジョ、僕だ! 開けてくれ!」


 するとスーツの上着だけ抜いたシャツ姿のオコジョが出てきた。


「どうしたんです、キャッスルさん?」

「あ、あ、アクセスマンが……」

「アクセスマンが?」

「…………リメイクされる」


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