第16話 エントリーします。
オコジョは着替えた後、すぐ僕の部屋へと来てくれた。
「うーん、そうですね。ホントっぽいですねぇ」
オコジョがパソコンで覗いているはアクセスマンのホームページ、流れているのはさっき僕がテレビで目にしたのと同じ、
『スーパーアクセス戦隊アクセスマン! 現在一緒に戦ってくれる仲間を募集中だ! みんなの応募、待ってるぜ!』というCM……。
トップ画面にはでかでかと『正義の仲間募集中!』との文字。募集しているのはアクセスレッド、ブルー、イエロー、グリーン、ピンク。どうやらアクセスマンはテコ入れで生まれ変わるらしい。
「良かったじゃないですか?」
「よくなーーっい!」
携帯を握りしめる手がワナワナと震える。
「電話、そうだ。電話を掛けよう……」
震える手で携帯の画面を押すが上手く押すことが出来ない。
「どこへ電話するんです?」
オコジョが不思議そうにしている。
「事務局だ」
「へっ?」
ホームページの下の方に載っている問い合わせ先の番号を確認しながらゆっくり押していく。プルルルル、プルルルル、先方は中々出てくれない。脈が速くなり、血圧が上がっているのか手がふわふわして頭がガンガンとする。
「ダメだ、出ない」
事務局には大量の電話が押し寄せているのかずっと話中だった。
「落ち着いてくださいキャッスルさん」
オコジョが微かに笑っている。
「落ち着けるかー!」
隣の部屋からドンッと壁を叩く音がする。静かにしろとのことらしい。
涙がボロボロこぼれてくる。うつむき涙を垂れ流す。
「アクセスマンが……アクセスマンが…………」
それ以上は何も言えなくなった。
僕は初代アクセスマンが好きだった。彼はたった一人で戦う孤高のヒーローだった。それがまさかの五人のヒーロー戦隊物に生まれ変わるという何と残酷な事実。極めて由々しき事態だ。この手のリメイクはたいていの場合、その昔のノスタルジックな独特の雰囲気が上手く表現しきれずファンが離れる傾向にあるというのが僕の見解だった。
電話は一時間待っても繋がらず、諦めてメールで抗議することにした。『放送を自粛しなければ秋葉市役所前で割腹自殺をする』と書いたがオコジョに宥められ、仕方なく穏やかな文章に書き換える。
アクセスマンがヒーローたるゆえん、なぜ今まで一人だったのか、戦隊ものになると一人当たりの魅せ場が減るという危険性、他のキャラに合わせて必殺技を派手に改良しなくては個性が保てないということとそれによる旧作ファンの離脱。以上の危険性を列挙したうえで、旧アクセスマンは十分魅力的でテコ入れの必要性は無く再放送にとどめるべきだ、との結論を叩きつけた。
メールの作成を協力してくれたオコジョは「僕ちょっと買い物あったんで出かけてきますね」と言って部屋を出ていった。体よく逃げたのだろう。
メールは送ったが僕の気は収まらなかった。ムシャクシャして怒りのあまりアクセススーツを着込むと一心不乱でアクセスマンの全話視聴を開始した。
見ているとやっぱり思いが湧いてくる。アクセスマンはいいよなあ、いいよなあ。夜になり部屋は暗くなったがそれでも電気すらつけず視聴を続ける。不眠不休で画面にかじりつく。際限なく繰り返されるオープニングとエンディング。そして最後のエンディングが終わり、全五十二話を見終えてふっと冷静になる。
続きが見たいな、と思った。そうか、だから新作を作るのか。制作者側の意図が少し理解出来た気がした。大好きだった番組が終了してしまった時の消失感、なぜ続きを作らないのだというやるせない思い、自分ならこうするのにと描く妄想。制作者はアクセスマンを心から愛している、それゆえの愚行だろう。
すぐに勢いに任せてメールを送ったことを恥じた。せめて謝罪と理解を示すメールだけでも送っておこう、とメールを開くとメールがいくつか届いていた。そして、ジャンクメールの中にアクセスマン制作委員会からの早々とした返信があった。
メールの内容を要約するとこうだ。今を生きるすべての子供にどきどきとわくわくを体感する権利があり、子供たちが望むのは我々の時代に使い古されたヒーローではなく、今の子供たちのためだけに作られた新しいヒーローの存在であり、我々大人は常に子供たちにそれを提供していく義務がある。というものだった。いわゆる大人が旧作をいいと思って子供たちに押し付けるのはエゴでしかなく時代には時代にマッチした作品が必要とも書かれていた。最後に締めくくるように、それだけのアクセス愛があるのならオーディションにぜひ参加して欲しいとも書かれていた。
何という懐の深さ。制作者は人格者らしい。圧倒された僕はすぐさまホームページへ飛んだ。募集要項を確認する。募集条件、成人男性、……大丈夫、日本語を話せる方、大丈夫、平和を愛する者であること、大丈夫、ある程度の運動が出来る方、大丈夫、アクセスマンを愛している、大丈夫!! 容姿端麗である、…………まあこれは仕方がない。
制作側が求めているのは僕だな、そう思った。ほくそ笑んだまま、エントリーする。今思うと全話視聴で並みの精神状態でなかったことは認めよう。写真の添付をしなければならなかったのでアクセススーツのまま再びオコジョを呼びに行く。オコジョは「キャッスルさん勘弁してくださいよ。今四時ですよ」と、眠そうな声で言った。
オコジョと相談の上、写真はパンツ一丁で撮ることにした。それなりにインパクトのある写真にしなければ、とフロントダブルバイセップスを決める。
「撮りますよー、はい。チーズ」
中々の肉体美に写った。うまく撮れたのを確認するとオコジョはふらふらと部屋に戻っていってしまった。早朝の五時にエントリー、こいつ頭大丈夫かとの笑い声が聞こえてきそうだった。
自分一人では落ちる危険性がある、と踏んだ僕はオコジョにもエントリーを勧めた。
「ええ、やですよー」
と渋っていたが先輩の権限で無理やりエントリーさせた。オコジョは黙ってればイケメンだし書類審査くらいは確実に通るだろう。
にへにへしながらも思い出し、ふと冷静になる。書類選考の結果が来る頃に自分はアキバにいるだろうか、と。僕は明日テロを起こす、正義のための戦いだろうとテロには違いない。決意は固い、誰が止めてもやるつもりだった。捕まれば行きつく先は檻の中、それとも強制送還されて日本か。
徹夜で疲れ切った僕はすべてを忘れるようにそっと目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます