第17話 時は満ちて

 夜十時、僕らは約束の場所に集った。現場にはダンプカーがすでに到着していて積み荷が順に降ろされていた。全部で六つのアキバ饅頭の紙袋、それぞれに爆弾とカモフラージュの饅頭が入っていると説明を受けた。二人一組でその一つを受け取り、僕とオコジョは歩き出した。人通りの少ない壁沿いを静かに歩いていく。十分も歩くと予定地点に到着した。夜十時の国境付近、人の姿はまばらで見えるところに小さな居酒屋が一軒あるのみ。バクさんの見立ては悪くない、事を起こすには好都合だ。暗がりの中、そっと紙袋を壁に引っ付けて置く。僕は壁をそっと見上げた。忌まわしき壁、日本との境界、こんなものが無ければここは今でも日本だった。


 情けない話をすると壁の建設にかかわったのは日本の大手ゼネコンだった。五千億円を超える大事業。当時はまだアキバは秋葉原で、訳の分からない壁を作って面白いことをやっているくらいにしか日本国民も思わなかっただろう。それが建国二年でこの有様。この壁が無くなれば牙城はきっと崩れる。アキバを狙うテロリストの存在を知ればアキバ国民も国を捨てて日本に変えるだろう。


「寒いですね」


 オコジョが手を擦り合わせる。顔は少し緊張している。緊張しているのは僕も同じだ。そっとアキバ饅頭の紙袋の中身を確認した。饅頭を除けると紙袋の底に先日見た模型と違わぬ時限爆弾があった。起爆時間は十時二十三分。中央から一分おきに爆発させていくので十時二十分には三分のタイマーを起動させる。それまでは世間話だ。


「アクセスマンの応募、上手くいくといいな」


 寒空の下で交わす緊張感のない会話にオコジョが一瞬げんなりとした顔をしたが親切にも応じてくれる。


「なるんなら何色がいいですか?」


 オコジョが問いかける。


「レッド、と言いたいところだがあえてのブルーで行こう」

「ブルーですか」

「普通の戦隊もののブルーは極めてイケメンでクールキャラが多い。二番手に甘んじているという見方もあるがレッドから熱血要素を抜き、戦隊ものであるにも関わらず抜きんでた孤高の魅力が漂う下手すればレッドより人気があるキャラだ」


 オコジョが「お前がイケメンキャラをやるのか?」という視線を向けて来る。


「僕がなるなら何がいいでしょうね?」

「お前はグリーン向きだな」

「グリーン、ですか?」

「イエロー程おちゃらけキャラでもないし、レッドと言う割には圧の強さが足りない。ブルーは僕なのでお前は余った男キャラのグリーンだ」


 余ったグリーンという言葉にオコジョが「ええー」とブー垂れる。


「しかし、グリーンは悪くない。新緑を思わせる外見から自然を愛する優しいキャラが多くむしろお前向きだ」

「ボクはレッドがいいですぅ」

「色白のレッドは前代未聞だな」

「好きで色白じゃないんですよ~」

「はははは」


 その後、好きな戦隊ものはどれだとか、可愛いピンクはどのシリーズの誰だったとかの話になり一頻り話し終えた後オコジョが真剣な顔で話を始めた。


「キャッスルさん、僕この仕事が終わったら除隊するつもりです」


 僕は目を見開く。まさかの告白であった。自衛隊が嫌になったのか?


「田舎の母が具合悪くって。看病しながら実家の家業継いで農家になろうと思ってます」

「故郷はどこだ?」

「青森です」

「そうか。リンゴの街だな」

「リンゴ以外もあるんですよ、ごぼうとかニンニクとか大根とか洋梨とか」

「洋梨か、それは知らなかったな」

「いつか育てた洋梨送りますね」


 そう言って笑った。涼やかな笑顔。僕は嫌な感じがした。これでもしかしたらオコジョとはさよならではないかと……。


「時間になりましたね」


 オコジョが腕時計を見る。十時二十分丁度。屈んで紙袋の中に手を差し入れる。タイマーをいじって三分後にセット。ボタンを押すと起爆までのカウントダウンが始まる。


「離れましょう」


 その場から速やかに立ち去り、現場が見える居酒屋の前で酔いを覚ましている酔っ払いの体を装う。視線は片時も紙袋から外さなかった。


 一分してここから離れた一発目の中央の爆弾が起爆した。僕らの位置からは少し離れているがそれでも夜空に噴煙が確認できた。


「なんだ、なんだ?」


 振動に驚いた居酒屋の客が出て来て僕とオコジョは紛れる。本当にテロを起こしているという状況に震えた。僕らの所まであと二分。もう一分してさっきの爆弾の両隣の二地点の爆弾が爆発した。一つは僕らの隣。間をおいて爆発音が二つ。そしていよいよ、次は僕らの番、捕まるらぬようここで爆発を見届けたら速やかにその場を離れる。その手はずだった。心の中でゆっくり六十秒をカウントする。そして、爆発まであと三十秒。という時、旋律が走った。居酒屋から出てきた一人のおじいさんがゆらゆらと千鳥足で爆弾まで向かっていく。


「誰だあ、こんなところに紙袋忘れてるやつはあ!」


 くだを巻いて随分と酔っている。僕は慌てておじいさんを止めに走った。


「キャッスルさん!」


 慌ててオコジョが止める声が聞こえたが立ち止まることは出来なかった。本作戦で死者を出してはならない、その一心だった。彼も日本国民。自衛隊は日本国民を守るべき存在。すぐに追いついておじいさんを抱きとめる。


「おじいさん離れましょう!」

「何だあ、あんた?」

「いいから離れましょう」


 焦る胸の鼓動が段々早くなる。手が震え緊張で思ったように抑えられない。


「忘れもんがあるんだあ、届けないとお……」

「あとで僕が届けますから!」

「そうかあ、それなら……ひっく……オレは電車で帰りまあす……」


 説得できたとホッとした時、激しい爆音が耳をつんざいた。爆風に煽られ吹き飛ばされる。飛ばされる最中、無意識ながらにおじいさんを庇った。二人で派手に飛ばされた後、どこかの固いものに頭を打ち付け視界が揺れる。ぐしゃりと崩れ落ちてそのままうずくまった。ゴロゴロと壁が崩れる大きな地響きを頭で感じた。


 誰かが腕を揺すっている。声がする。誰の声? ああ、オコジョか、そうかオコジョだったな。オコジョは洋梨農家になるんだったな、そんな何でもないことを思った。


「……ッスルさん、キャッスルさん! 起きてください、しっかり……」


 オコジョの声が救急車のサイレンのように近くなりやがて遠くなる。視界の明かりが消えてだんだんと闇に落ちていく。


 僕の予感は当たっていた。オコジョとはこれで会えなくなる。さよならするのは僕の方だった。


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