第18話 宇宙病院
「お前をこれから仮眠ライダーに改造する」
怪しげな白衣の研究員がこちらを見ている。僕はベッドに手足を縛りつけられ身動きできないでいる。
「か、仮眠ライダーだと! 何だ、それは!」
「一時間に一回仮眠を取らなくてはならない特異体質の改造人間だ」
手術器具がジジジジと音を立て近づいてくる。研究員が不気味に笑っている。
「やめろ!」
冷たい手術器具が腹部に触れる。
「やめろ! やめてくれ! やめてくれーーーーー!」
「……っつ」
全力で叫び目を覚ますとそこは病院のベッドだった。夢か。ホッと息を吐く。真っ白な天井、真っ白なカーテン、真っ青な看護師。青塗りの看護師、青塗りの……。思考が停止する。
「あっ、気が付かれましたカ~、島崎さ~ん。おはよ~ございマ~ス」
何故にカタコト? 看護師は黄色いぼんてんの触覚が2本付いたカチューシャをつけており動くたびにそれがゆらゆらと揺れる。
「この後、総回診で総帥が来ますカラ、このままお待ちくださいネ~」
「……」
看護師は点滴を調整し終えると部屋を出て行ってしまった。そもそもあれは看護師か? 総帥って誰? 疑問に思っていると彼女と入れ替わりにオコジョが入ってきた。
「良かった! キャッスルさん。気が付いたんですね! ピクリとも動かないからどうなることかと……」
「オコジョよ、オコジョ。ここは一体どこなんだ?」
「病院ですよ。病院」
「いや、しかし……」
「夕べ爆発に巻き込まれてケガしたでしょ? 覚えてません?」
オコジョがより一層声を潜めて話し出す。
「目が覚めたら警察が事情聴取したいって言ってきたんですけどどうします? 逃げます?」
「そうか、それはまずいな」
立ち上がろうとしたが頭痛が酷くてクラクラする。どうやら走れそうもない。
「アレは一体どうなったんだ?」
ベッドに身を凭せながら目を閉じ問いかける。アレとの問いかけに「ああ」とオコジョが頷く。
「大変なことになってますよ」
オコジョが枕もとのテレビをつけた。映っているのは噴煙の立ち込める国境付近の映像、繰り返し流れているのは誰かがスマホで撮影した爆発の瞬間の様子と慄いた人々のインタビューだった。大変な事をしたのだと今更ながらに思う。でも、後悔は微塵もなかった。
「爆発の規模にも関わらず死者はおろか、けが人もほとんど出ていません」
「そうか」
安堵する。被害者を出すのは本意ではなかった。
「その代わりヨコタ電子にはもうじき捜査のメスが入ります」
「!」
「でも安心して下さい。社長たちは今頃国境を越えて日本です」
「でもそれじゃあヨコタ電子は無くなってしまうな」
「ヒトさえいれば組織は建て直せます。理念まで消えて無くなったわけじゃありませんから」
「それもそうだな」
微かに微笑む。テレビを消して今後のことを考える。とりあえずは警察の事情聴取。今更逃げたいという気はなかったがそれでも日本の国のために掴まるわけにはいかなかった。
「どうしたものかな……」
オコジョによると幸い僕の助けたおじいさんは酔っていたため僕と交わしたやり取りの事を全く覚えていなかった。僕とオコジョはヨコタ電子の社員でないため、そもそも疑われず逮捕を逃れられたという。一つの懸念は僕らが紙袋を持って近くで談笑していたことが誰かに見られたのではということだけだ。声は落として喋っていたし、暗くてほとんど人なんて見えなかったがそれでも見られた可能性はゼロじゃない。
警察は来る。一刻も早く姿を消さなければ、しかし逃げれば余計疑われる。考え込んでいるとコンコンと誰かが扉をノックした。一瞬ひやりとする。
入ってきたのは青塗りの宇宙人だった。
宇宙人は何人かスタッフを従えてカルテを開いている。青塗りでよく分からないが年齢は六十前後だろうか? そうか、こいつが総帥か。
「島崎さ~ん、お加減はいかがデスカ~?」
棒読みなセリフで言っていることが全く入ってこない。
「島崎さんは脳挫傷をおこしてマ~ス。一カ月のニューインで~す」
「はっ? 一カ月?」
思わず声を上げてしまう。
「ナニカお用事でもあるデス~カ?」
「じ、実は……」
「ジツハ?」
「あ、アクセスマンのオーディションがありまシ~テ……」
苦しい言い訳だ。本当は雲隠れしたいなどとは言えない。
「アクセスマンは諦めるデ~ス」
「そうですか……」
けがの状況について詳しい説明をして、宇宙人は次の患者の元へと向かった。
「逃げます?」
静まり返った部屋でオコジョが呟く。
「いや、いい」
布団を掻き寄せ壁を向いて横になる。
「オコジョ、お前だけでも逃げろ」
「そんな、何言ってるんですかキャッスルさん!」
「日本に帰って洋梨農家になるんだろう。疑われないうちに姿を消せ」
「やですよ!」
オコジョの声に涙が混じる。その時、またコンコンと誰かがノックした。
入ってきたのはアキバ警察だった。
スーツ姿の二人組、極めて真面目な格好だ。病院で僕が目覚めるのを待っていたのだろうか?
「あー、お疲れのところ申し訳ありません。アキバ署のタムラと言います。こっちはソガベです」
「島崎さんとお連れさんにいくつかお聞きしたいことがあってきました」
「はい」
「まずお二人はどういうご関係ですか?」
「恋人です」
オコジョが答える。いやいや、違うから。
「ほう、恋人。ということはお二人はデート中だったという事ですか」
「居酒屋に入ろうとしてました」
絶妙な受け答えだと思った。入ってはいないのだから入ろうとしていたと言えば疑われないだろう。
「結構、
「いえ、初めてです。ネットの口コミを見て行こうとしていました」
「口コミ?」
刑事たちがスマホを取り出し検索をした。開いたページの口コミによると星は二点、刑事が眉根を潜める。
「この評価をあてにして行くというには疑問があると思いますが?」
終わったな、と思った。オコジョよ嘘はバレる、と心で呟く。
「僕、まずい店探すの好きなんですよ」
「ほう、それは変わった趣味をお持ちで」
「頑張ってるけどまずい店探すのが趣味なんです」
「なるほどなるほど」
刑事たちは手帳に書き込んでいる。
「爆発の瞬間、島崎さんがおじいさんを止めに走った、との目撃情報もありますがそれは一体どういう事でしょう?」
「近くで爆発音がありましたので。置き方が不自然だったし、もしやあれもそうではないかと勘が働きまして」
「で、実際、爆発物だったと」
「はい」
「事前にあれが爆発物だと知っていた、という事ではないですか?」
「そんなまさか……」
すらすらと受け答えしているが心の中は冷や冷やだった。
「ちなみにお二人はアクセスマンのオーディションに参加されているようですがそれはどういった経緯で?」
「テレビCMを見て知りました」
「瀬田さんはともかく、貴方くらいの年の方がオーディションに参加するのは些か無鉄砲も過ぎると言いますか……」
「タムラさん!」
ソガベが止めに入る。瀬田とはオコジョのことだ。
「おっと失礼。私もアクセスマンが好きなもので」
「……」
「瀬田さんは無職とのことですが生活費はどうされてますか?」
「親に仕送りしてもらってます」
「大体いくら位?」
「十万ほどです」
「ご実家は随分裕福なのですね」
それもメモする。
「お住まいはお互いに隣の隣だそうですが普段はどういった交流を」
「時々晩御飯を一緒に食べてます」
「ほう、それは良いですね」
「ちょっとタムラさん!」
その後、いろんな脱線を挟みつつ最後は好きなアクセスマンの必殺技について語り、
「では、お二人はともに俳優を目指す将来を誓った恋人同士で週に五日はデート、家デートがほとんどだが時々まずい店にも食べに行く。ゆるキャラとアクセスマンが好きだが新しいアクセスマンについてはむしろ否定的。最近ではアキバの明子さんにも興味があるが、三次元ではなくあくまで二次元の明子さんが好き。趣味はアキバマートのレシート集め」
何だこりゃ、分からんなと言い残して二人は笑いながら出ていった。幸いにも僕らが現場付近で紙袋を持っていたことを見た目撃者はいなかった。
「去ったな」
呟くと気が抜けてトイレに行きたくなってきた。ふらつくので立つのをオコジョが補助してくれた。点滴を従えながら小さな足取りで一歩一歩進み、部屋付きのトイレに入る。そして用を足し、手洗いの鏡を見て……
「ふぉーーーーーー!」
「どうしたんですか! キャッスルさん!」
驚いたオコジョがドアを叩く。ドアをダンと開くとそれがオコジョの頭にぶつかった。
「あ、あ、あああ青塗りではないかーーーー!」
オコジョが今頃気付いたかという顔をする。
「ここは一体どこなんだ!」
「宇宙病院ですよ」
「宇宙……病院?」
嫌な予感がする。まさか、あの夢が現実に……。
「僕はならん! 仮眠ライダーなんかにはならんぞ!」
「落ち着いて下さい。普通の病院ですってば」
「どこが普通だー!」
廊下に飛び出すと行きかうスタッフ、患者皆青い。
「やばい、ここはやばい」
ふらふらと出て行こうとすると看護師がやってきた。
「島崎サ~ン、お昼デ~ス」
彼女が持ってきたのはトレーに載せられたエイリアンの体の一部……ではなくただの宇宙食だった。
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