第19話 宇宙病院Ⅱ

「ワレワレハウチューウジンダ!」

『ワレワレハウチューウジンダ』

「ワレワレハウチューウジンダ!」

『ワレワレハウチューウジンダ』


 宇宙人(看護師)の講師が前で喉を連続チョップしながら詠唱するのを真似て我々患者も詠唱を繰り返す。気合いが足りないと、おばさんの宇宙人に背をトントンと叩かれて「島崎サン声が小さい!」と喝を入れられる。仕方ないので全力で「ワレワレハウチューウジンダ!」と叫ぶとおばさん宇宙人は満足そうにして離れていく。


 発声が終わると男の宇宙人がラジカセを持ってやってきてラジオ体操なるものの音楽を流す。『あなたもわたしもインベイダ~、あなたもわたしもインベイダ~』


 聞いているだけで頭がおかしくなってくる。健康にいいんだか悪いんだか分からないラジオ体操を終え、ぐったりとして部屋に戻る。これが宇宙病院の朝の光景だ。


 入院してから三日が経った。あれ以降警察は来ない。オコジョは毎日見舞いに来てくれるし不便は感じていない。困ると言えば……


「島崎サ~ン、入りマスヨ~」


 毎朝来ては繰り返すこの無意味な作業。そう、彼女の手には青いペンキの入ったバケツがある。ペタペタ、ペタペタ。彼女は満足そうに塗っていく。


「塗り足りないとこはないデスカ~?」


 いやいや、美容院じゃないからね。始めは抵抗もしたけれど何しろ塗るまで出て行かない。仕方がないので好きに塗らせてやる。塗り終えると病院から貰った団扇で仰いで顔のペンキを乾かす。この作業を怠ると寝返りを打った時にマクラが大変なことになる。しかし、寒い。不意に枕もとの携帯が振動した。


「はい、もしもし……?」




『やっぱり見えませんでした』


 電話の向こうで同僚の捜査員がはっきりそう言った。それをタムラはしっかり聞き取る。


「分かった。今日病院に行って引っ張る」


 そう言ってタムラは電話を切った。


「あんの野郎、嘘ばっか並べやがって。何が紙袋が見えた、だ」

「やっぱり嘘だったんですかね」


 車の助手席のソガベが問う。


 アイツは暗がりで紙袋が見えて不審だと思ったと言った。しかし、実際に現場に行きその言葉に違和感を覚えた。人さえ見えない暗がりのあれほど離れた位置の紙袋が本当に見えたのか? 


 否、実験してみると、同時刻の同じ場所で居酒屋の前から紙袋はこれっぽっちも見えなかった。少し歩いて老人のいた位置であればそれも見えたが、離れた居酒屋の島崎の位置からは確実に見えなかった。老人を助けられた理由は一つ、島崎があの場所に爆弾があることを知っていたからだ。どうして知っていたか? 

 それは置いたのが島崎本人だからだ。


 車を急がせ宇宙病院へと向かう。逃げるんじゃねぞ! 絶対逮捕してやると心で誓う。





 覆面パトカーを乱暴に止め病院の中へと向かっていく。急ぐタムラをソガベが追う。エレベーターの前で上ボタンを押す。しかし、エレベーターは中々降りてこない。これだから大病院のエレベーターは嫌なんだ、と苛立ちを募らせながら待つ。


 やっと到着したらエレベーターの中いっぱいにゴミを抱えた清掃員の青塗りのおばさんが乗っていたので先に降りさせてやった。乗り込むと先日島崎がいた七階のボタンを押す。エレベーターの数字が二階、三階と上昇していくのを見ながら記憶をたどる。確か島崎の部屋は七階の突き当り。エレベータを降りて右に向かって突き当り。到着すると急いて走り出す。


 すれ違う患者に島崎の姿はない。多分いない。というか全員顔が青くてどれが誰だか分からない。ややこしい病院だ! まあ、坊主がいないから島崎ではないだろう。

 たどり着き息を整えながら、部屋をノックしようとすると追いついたソガベが「タムラさん!」と呼び止めた。部屋のネームプレートには『横山大志』とある。別人だ。部屋が変わっていた。タムラは慌ててナースステーションに走る。


「突き当りの七一一号室にいた島崎城が今どこにいるか分かりますか?」


 息を切らしながら問いかけると年配の看護師が「あまり病院で走らないでくだサーイ」と注意しながらパソコンの操作を始める。


 早くしてくれ早く! こうしてのんびりしている間に逃げられてしまうかもしれない。いや、すでに逃げられているのかも……


「あっ、分かりまシタ。島崎さんは三階の三一三号室にイマース」

「三一三号室ですね。ありがとうございます!」


 そう言って再び走る。「走らないでくだサーイ!」と注意する声が背後で聞こえた。


 到着した三一三号室は四人部屋だった。昼間ということもありドアは開いていたがカーテンで間仕切りされていて「失礼します!」と言いながらカーテンを剥いでいく。どいつもこいつも青塗り宇宙人、手元の写真と見比べながら「こいつは島崎じゃない」「こいつも島崎じゃない」と寄り分けていく。四人を調べ終えたが全員島崎ではなかった。


「どういうことだこれは!」


 ワナワナと震えていると偶然部屋に看護師がやってきたので捕まえて問い詰める。


「島崎城はどいつですか!」

「この人デース」


 指したのはベッドに座っていた全く違う顔の別人だった。


「違うだろ!」


 写真を見せて同意を求めるが看護師は真顔だ。 


「違いまセーン、一緒デース」


 話が通じないようなのでタムラはすぐに電話を取り出した。


「緊急手配だ。島崎が逃げやがった。検問を頼む」


 タムラは電話で指示を終えると足早に出て行ってしまった。





「ホクト、行ったか?」

「行った」


 僕はベッドの下から這い出る。それを見た看護師さんがニコリと笑う。


「皆さんご協力ありがとうございました!」


 僕はまっすぐ頭を下げた。


 今朝、ホクトからの電話で警察が僕の逮捕に動いていることを知った。助けに来ると言うので素直に受け入れて彼の指示に従った。看護師からペンキを借りてホクトが青塗りになり僕の代わりにベッドに横になった。そう、看護師が指したのは僕ではなく青塗りのホクトだった。


「で、どうする。これからどうやって逃げるんだ?」


 僕は隅の方に隠してあったホクトの持ってきた大きな色付きのビニール袋に入った大荷物を見る。開けてみろ、と言うので開封する。


「これは……」



『お米の国からや~ってきた~』

『ワン、ツー、スリー、フォー、コメ人間~』

『コメ、コメ、コメ、コメ、コメ人間~』

「何です? アレ」


 ソガベが顔をしかめた。病院を出ようとした玄関ホールで入院患者が集い、その中心でどこかでみたキャラクターが踊っている。タムラは警察手帳を見せて、すぐ近くにいた看護師に問う。


「コメ人間デース。サプライズで慰問に来てくれマーシタ」

「サプライズで?」


 このタイミングに怪しすぎる。タムラの刑事としての感が告げた。こいつはクロだと。すぐに問いただしたいところであったが患者たちをガッカリさせるような無粋なことはしたくない。イベントが終わるのを待つことにした。


 十五分程、患者たちとの握手やら記念撮影に応じ、コメ人間はさよならをして病院の玄関を通り抜け帰っていく。出てホールが見えなくなったところでコメ人間を捕まえた。


「警察です。頭取ってもらえますか?」


 コメ人間は素直に応じて一所懸命グイグイと顔を下から押して頭部を取る。


「ぷはぁ」


 顔を取ると地味な青年が出てきた。


「あなたは?」

「コメ人間ですよ」

「お名前は?」

「加納康道」

「ここで何してるんです?」

「慰問ですよ、もういいです? これからまだ行くとこあるんで」


 その後、加納に無理やり質問をいくつかして解放した。


「どこに行ったんでしょうかね?」


 ソガベが腑に落ちない様子で呟く。その時、一台のトラックが背後を通った。慌ててタムラが手帳で止める。


「何を積んでるんです?」

「ペンキですよ、青いペンキ」

「ちょっと見せて貰っても良いですか?」

「ちょっ、困りますよ!」


 運転手が止めるのも聞かず荷台を開ける。中は一斗缶がいっぱい。奥に回収した空の一斗缶と手前の方にはこれから配送する予定の一斗缶、シンナーの臭いが不快でクラクラする。とてもじゃないが人はいられない。そっと扉を閉じると「行っていいぞ」と運転手に声を掛けた。



「ごほっ、ごほ」


 臭いがあまりに凄くてむせ返る。加納のことが心配だ。加納はゆるキャラプロレスのホクトの同僚、万が一のことを考えてホクトが連れてきた。彼が慰問で時間稼ぎをしている間に病院裏でこっそりトラックに乗り込んだ。トラックの運転手には上手く出られれば金を渡すと伝えてある。


 頭がグルグルして倒れそうだ。ホクトが青い顔で「もう少しの辛抱だ」と言って笑った。


 僕は病院から抜け出した。

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