第20話 脳内結婚式

「キャッスル、オコジョ。週刊誌とアイス買って来たぞ」

「ありがとうございます!」

「すまない」


 僕とオコジョは帰ってきたばかりのホクトからそれぞれ所望していたものを受け取る。僕はさっそく週刊誌をパラパラとめくった。議員の汚職だとかタレントの不倫の話題を押しのけるようにして『日本国の反目』という大々的な特集を組んだ記事があった。


 この手の話題は随分少なくなった。テロ直後はどの週刊誌も新聞もこの話題で持ちきりだったが月日が流れるにつれ人の関心は去り、一カ月もすると世間は再びいつもの日常へと戻っていった。

 

――そう。テロから二カ月が過ぎた。


 僕とオコジョは現在ホクトのアパートに匿われている。万が一の時ホクトに迷惑がかかるのでは、とも思ったがホクトは「一蓮托生だ」と言って笑った。


「ほら、それと大事なこれ」


 そう言ってホクトは僕とオコジョに通帳を渡した。表には『戸村なお』とある。


「それがあんたらの新しい偽名だ」


 ほとぼりが冷めたのを見計らい、唯一自由に動けるホクトが二日をかけて日本へ戻り、新しく僕らの身元を作って預貯金口座を開設しに行ってくれていた。また、自衛隊へテロの一連の流れと僕らの状況を報告し今後の計画の伺いを立ててきてくれた。


「まだ、オタク養成には時間が掛かるからもう少し待ってくれとのことだ」

「そうか」

「オレは今まで通りゆるキャラプロレスを続けるが、あんたらはどうする?」

「何か情報はないのか?」

「あまり目ぼしい情報はなかったような気がするが……」

「そうか……」

「あっ、そうだ。セイバーからこれを預かってきた」


 そう言ってホクトが差し出したのはUSBメモリーだった。


「よく分らないがもしかしたら重要情報が入ってるかもしれない。パソコン使っていいから時間つぶしにでも見ておくといい」


 そう言ってホクトは数日間のゆるキャラプロレスの合宿へと出かけた。


 残された僕たちは仕方がないのでパソコンを立ち上げる。


 USBの中に入っていたのは大量の琴絵ちゃんの画像……ではなく割と美人な人とのツーショット写真ばかりだった。旅行へ行った時の写真だろうか? 水着写真やら浴衣写真、おまけにウエディングの準備写真などがある。思わずため息を吐いてしまう。幸せなのだな、と。


 オコジョが「のろけですね」と呟く。あまり重要な情報が入っているようには思えなかったがふと一つのワードファイルを見つけた。


「何だろう?」


 呟いてクリックする。開くとそれは……セイバーのラブレターだった。


――聡子へ


 君と出会って幾月が経っただろう。初め出会った時僕たちはケンカした。覚えているかい? キミはうどん屋の店員で僕は客。タヌキ蕎麦の天かすが少ないと文句をつける僕にキミは平手打ちを食らわせた。「文句があるなら来るな!」と。なんて凛々しい女性だと思った。

 程なくして僕らは打ち解け合うことになる。仕事の悩みだったり、友人関係のことを相談するようになり、その後僕の方から告白して交際がスタートした。初めてのデートは動物園だったな。トラに尿を掛けられて凹む僕の肩にそっと触れて、顔をハンカチで拭いながら笑いかけてくれた。「これも思い出よ」と。

 キミの言葉通りその後、たくさん思い出が出来た。花火大会、岩の湯温泉、紅葉を見にドライブ、どれも素晴らしい思い出の一ページだ。先日、試着したウエディングドレスとても似合っていたよ。僕にはもったいないくらいの綺麗な奥さんだ。最後に一つ言わせてくれ。僕はこの先もキミと歩いていきたい。心からそう思う。



 何の話? 僕とオコジョは首を傾げる。ただのラブレターのような気もするが何か暗号が隠されているのだろうか? 穴があくほどじっーと見つめてオコジョが手を叩いて「分かりました!」と叫んだ。


「聡子というのはキャッスルさんのことです」

「は?」

「うどん店とはライブ会場、タヌキ蕎麦は琴絵ちゃんを指しています。天かすとは可愛さ、平手打ちとは一種の興奮状態であることを意味しています。訳すとこうなります」


 オコジョがメモにペンを走らせた。


――キャッスルへ


 お前と会って幾月が経っただろう。初めて会った時、お互いに趣味のことでケンカした。覚えているか? お前はただのオタク、俺はアイドルオタだった。今日は琴絵ちゃんの顔のコンディションがいまいちだという俺にお前は強く言い放った。「文句があるならファンをやめろ」と。程なくして俺たちは打ち解け合うことになる。

 任務の悩みだったり、仲間の事を相談するうちに深い仲になった。その後、俺の方から詰め寄り交際がスタートした。初めて行ったメイド喫茶、店員にコーヒーをかけられて凹む俺の肩に触れ顔をハンカチで拭いながら「これも思い出です」と笑いかけてくれた。キミの言葉通りその後、たくさん思い出が出来た。〜中略~

 先日拝見したアクセスマンのコスプレ写真よく似合っていた。俺にはもったいないくらいの大事な仲間だ。最後に一つ言わせてくれ。離れていても俺たちは仲間だ。心からそう思う。



 いやいや、そんな怪しい仲じゃないからね、と手を振って否定する。


「絶対そうですよ~」


 オコジョは楽しそうに笑っているが、もし本当の気持ちなら迷惑なことこの上ない。


「大体、考えてみてくださいよ。セイバーさんに奥さんが出来るなんて何かの間違いですってば。いるのは架空の恋人で脳内結婚式挙げるんですよ」


 そうか、言われてみれば確かにそうだ。しかし、……


「キャッスルさんお返事しなくっちゃ!」

「はあ?」


 手紙書いて送りましょう、とオコジョがコピー用紙を持ってきた。ペンを握らされ、さあ書いて。と促される。どう返事を書けと言うのだ。


 仕方ないのでこう綴る。


――セイバー様


 お心のこもったメッセージありがとうございました。しかし、折角ですがあなたとお付き合いするつもりはありません。しかし、僕らは仲間です。離れていても心は一つです。遠く離れた日本で僕の無事を思っていてください。


――キャッスルより



「ちょっと短いですね」 


 オコジョが呟く。しかし、これ以上書く文才は僕に無い。メールでもいいのでは? と問いかけたがこういうのは手紙の方が心が籠ってていいんです、と説得される。封筒に入れて夜を待つ。通常ならホクトに持っていってもらうところだが彼は合宿で数日間留守だ。仕方なくオコジョと変装してポストまで出かける。

 ホクトの家は繁華街から離れた住宅地にあるので警察官と出会う心配は九十九%ない。


 久しぶりに外の空気を吸った。閉鎖的な生活ばかりしていると鬱屈した気持ちになる。これからは時々こうして夜出かけるのも良いなと思った。


 次の日早速セイバーから電話が掛かってきた。


『手紙貰ったぞ。しかし、何のことだ?』

「えっ、あのUSB、ラブレターが入ってて……」

『そうか! やっぱりそこにあったのか! いやー、探してたんだ。うっかり間違って渡してしまって……。でも恥ずかしい内容ばかりだから聞くに聞けなくてな』


 セイバーによると情報の入ったUSBと結婚式のUSBを間違えて渡した、とのことだった。入っていたのは結婚式の準備用の大事なデータで、早急に日本へ送り返して欲しいと言われた。セイバーのラブレターは僕へ向けてのものではなくちゃんと実在する奥さんに向けてのものだった。


「手紙大事にするからな」と言われたが「適当に捨ててください」と伝えた。



 後日、僕はスーツ姿でパソコンの前に立つ。何やってんだか、とホクトは笑っていたが僕は真剣だった。パソコンに映るのは綺麗な奥さんとそれを自慢げにするセイバーの笑顔。そう僕はネットウエディングに出席した。本当は行きたかったのだがアキバを出国できない僕にそれは無理な話だった。

 プロポーズは何と奥さんから。アキバ入国前から付き合っていた人で、琴絵ちゃんのことは忘れることとオタクからの脱却を条件に結婚するのだと言う。凛とした綺麗な人で彼女ならセイバーを支えていけると思った。

 セイバーも幸せの道を歩き始めているのだと嬉しくなった。




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