第21話 コミケ

 テロから三カ月が過ぎた。僕は今アキバの街を歩いている。どうして堂々としていられるかって? 僕は今アクセスマンのコスプレ姿だから。アキバの街は身を隠すには丁度いい。木を隠すなら森。ホクトが新たに調達してくれたゴムスーツに身を隠し、とあるところを目指している。


 電車を降りてしばらく歩き路地に入る。目的の店に着いた。表には準備中とあるがそれに構わず引き戸を開けて暖簾をくぐる。


「すみません、まだ準備中なんですよ」

 

 カウンターの奥から声がする。その人物がこちらを見て息を止めた。


「お前……」

「すみません、菊尾さん。僕……」


 言ってマスクを取ろうとしたのを菊尾さんが制する。


「マスク取るんじゃねえよ。取ったらお前が来てたって警察に通報しなくちゃならなくなる」

「菊尾さん……」

「あんたが誰だか知んねえけど帰りな。出す料理なんてこれっぽっちもねえんだよ」

「……」

「さあ、帰った帰った」

「ご迷惑をおかけして、……申し訳ありませんでした」


 垂直にお辞儀する。頭を上げて顔を見ると菊尾さんの表情が少しゆがんでいた気がした。たくさん話したい気持ちをぐっと押さえて店を出た。


 テロの件では菊尾さんや店には随分と迷惑が掛かっただろう。テロリストの働いていた店なんて聞いたら客足も遠のきかねない。もう一度菊尾さんの料理が食べたかった。けれどもそれは出来ない。アキバが日本に戻ったらその暁には……

 いや、今は気軽な展望はよそう。取り敢えずの謝罪が出来ただけで十分だ。



「ただいま~」


 帰るとオコジョが首を長くして待っていた。


「また、キャッスルさん外に出てたんですか!」

「ワン!」

「逮捕されても知りませんよ」

「ワン!」


 オコジョの隣で鳴いているのは犬だが犬ではない。犬型ロボットの『ボッチ』、一人暮らしの老人向けのメンタルケアロボット。暇を持て余している僕らを気遣いホクトが電気街で購入してきた。「本物の犬がいい!」と言ってみたが「アパートで犬が飼えるか!」と怒らせてしまった。オコジョにボッチ、うるさい犬が2匹に増えた。


 僕はパソコンを立ち上げ、USBを差し込む。このUSBはセイバーから結婚式のUSBの代わりに送られてきた本命のUSBだ。ここ一カ月、暇なときはこれを眺めてきた。

 入っているのは琴絵ちゃんの画像とかアイドルのライブスケジュールだとかセイバーの趣味色の強いものばかりだったが、中にはセイバーが独自で研究したアニメの情報も入っていて彼の努力の成果が窺えた。


 とはいえメジャーなアニメの情報ばかり、セイバーがコアなアイドルオタクであるように僕もまたコアなアニメオタクだった。あれもこれも知ってるよ、と心で呟く。

 退屈な情報を流し込んでいると『コミケ』と書かれたフォルダの中にたくさんのコスプレイヤーの写真に紛れて『コミケスケジュール』と書かれたワードファイルを見つけた。中身はアキバホールで開かれるコミケの年間スケジュールだった。

 セイバーが潜伏を始めてから過去二年分揃っている。


「コミケ……」


 僕はすぐに電話する。相手はセイバーだ。セイバーは二コールで電話に出た。


『どうしたキャッスル?』

「いただいたUSBの情報を見てたんですけど……」

「ああ、役に立ってるか?」

「いえ、特には」

「……」

「コミケの年間スケジュールが入ってましたよね? 何か意味があるんですか?」

「いや、特には」

「……」

「コミケで重要な情報が得られないかと画策してたんだ。人が集まる場所には情報も集積するだろうと思って毎月一回は必ず通っていた」

「そうですか」

「気が向いたら行ってみるといい。案外悪くない場所だと思うぞ」

「分かりました。行ってみます」


 翌週僕はオコジョを従えてコミケへと出かけた。



「うわぁ、ゆるキャラの同人誌がいっぱーい! あっ、パンタロウさん!」


 オコジョが目を輝かせている。と思うが、二人してアクセススーツのコスプレをしているのでよく分らない。でもまあ、喜んでいることは確実だ。会場のアキバホールは思いのほか広くて全部回るには半日はかかるだろう。


「オコジョよ、遊びにきたのではないぞ」


 苦言を呈して視線を移した先に映ったのはアクセススーツの集団。何とアクセスマンがたくさんいるではないか! 何かに魅かれるようにふらふらと歩いていく。気が付いたアクセスマンの一人が僕向いて、胸元で腕を決めるアクセスガッツを披露する。僕はすぐさまアクセスガッツを返す。それで通じ合えたのか一人のアクセスマンが手招きする。


「良かったら一緒に接客していきませんか?」


「えっ?」


 急な申し出に心が揺らぐ。趣味を同じくする同士との交流は望むところであった。


「お手伝いいただいたら打ちあげにご招待しますよ」


 残念ながらそれは出来ない。絶対にアクセススーツを脱ぐわけにはいかないからだ。すんでのところで立ち止まり、彼らの販売していた新アクセスマンの本を数冊購入しただけでブースを離れた。


 先だって新アクセスマンの選考に僕は漏れた。落選はホームページで知った。

「選考が次のフェーズに移行しました。ご連絡がなかった方は落選です」とあった。電話を変えていたため事務局から連絡が取れなかったのだ。

 電話を変えていなければあるいは……という気持ちはあるがまあその連絡を取ることが出来なかった時点で僕は落選だろう。


 休憩所で新アクセスマンの同人誌を手に取る。扉絵はカラフルな五色のアクセスマン。ぺらぺらとめくったが比較的面白そうだった。勘違いの無いために注釈しておくと新アクセスマンのシリーズはまだ始まっていない。

 では、なぜこの本が存在するのか? それは新シリーズの開始情報を知った旧アクセスマンファンが想像力を掻き立てられ、いても立ってもいられなくなり作品を書き上げてコミケに参加したのだ。いわばこれは先行品。興味深く頷きながら一枚一枚捲っていく。


「キャッスルさん、キャッスルさん」


 つまらなさそうにしていたオコジョが腕を揺する。


「どうした?」

「せっかく来たんだからお友達作りましょうよ」


 何を暢気な、と思ったがまあ情報収集するのは悪くない。しかし、それよりこの本が気になる。無視をするとオコジョが唇を尖らせる。


「じゃあ、僕行ってきますね」


 面白くなさそうにそう言って歩いていく。「マスクを取るのは無しだぞ」と背中に声を掛けると「ハーイ」と返事をして去っていった。


 それから1時間、時も忘れて読みふけっていたが僕は何をしているんだろうと我に返る。ここへは情報収集に来た。コミュニケーションを取らなくては始まらない。本をパタリと閉じるとふらりと歩きだした。


 アニメ、漫画、オリジナル。コスプレをしている人に流されながら波をさまよった。人気のブースへも行ったが大したコミュニケーションは取れず本を数冊購入しただけだった。収穫なしか、と思いかけたところでひっそり佇むように本を販売している青年に目が付いた。


 販売している本は『もやしまん』というオリジナル作品だった。

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