第22話 もやしまん
歩いているとぽつんと一人でブースを開いている青白い青年に目が留まった。彼は帽子を目深にかぶっておりうつむき加減で商売っ気がない。そのせいか彼の本は全く売れていない様子であった。
「こんにちは!」
アクセスポーズを決めてヒーローさながらに挨拶をした。が、彼は少し驚いている様子。引かれてしまったか? 居住まいを正して改めて「ども」と挨拶をする。
「…………こんにちは」
彼が消え入らんばかりの声で返してきた。
「何の本やってるんですか?」
「……もやしまん」
彼の本の表紙にはヒョロヒョロの顔をつけたもやしが書かれていた。見た事の無い絵面からオリジナル作品で有る事が推察された。見本を手に取る。厚さ二センチ程度、パラパラと捲ると中は四コマ漫画を主体とした本のようであった。オコジョが好き……かな? よし、買おう。
「一冊下さい」
「……七百秋葉円です」
彼に千秋葉円札を渡すと三百秋葉円のおつりがきた。
「あのー」
窺うように問いかける。
「はい」
「ここで読んでも良いですか?」
「……どうぞ」
彼のブースの後ろを借りて読むことにした。読んで感想を言って彼と仲良くなろうという魂胆だった。仲良くなりたい理由は一つ、情報収集だ。千里の道も一歩から。こうして着実に情報源を増やしていこうという計画だ。
本の方は任務を忘れて没頭するぐらい面白かった。内容は宇宙の果てからやって来たもやしまんが地球を悪の手から救うというヒーローもので味わい深いシュールな漫画だった。極めて良作の様に思えた。もっと売れてもいいのに、そう思った僕は販売を手伝うと申し出た。仲良くなりたいという下心も少しはあったが大半は本が売れて欲しいという気持ちだった。彼は戸惑っていたが手伝う事を了承してくれた。
「もやしまんです! 宇宙の果てから地球を救うためにやってきましたー!」
「も……もやしまんでーす」
僕はひっきりなしに声を出した。彼も照れながら小さくではあるが声を出していた。しかし、僕らの奮闘空しくもやしまんは三冊しか売れなかった。
「あまり売れなかったねー」
片付けながら残念そうに言うと彼は
「趣味だから良いんだ」と売れ残りの本を段ボールに詰め込んだ。
「いつも一人でやってるの?」
「うん。友達いないんだ」
「そっか。ねえ良かったら友達になってくれない?」
「え?」
「僕は島……戸村直。皆にはキャッスルって呼ばれてる」
「……僕はもやっしーって呼んで」
「もやしが好きなのかい?」
「もやしのフォルムが好きなんだ」
「……」
何を返そうか考えていると突然携帯電話が震えた。
「もしもし?」
『キャッスルさんどこに居るんですか?』
「ああ、もやしのブースに……」
『どこですかそれ?』
「ええっと、東の……」
電話を終えた僕はため息を吐く。折角仲良くなりかけたのに、水が入った。
「もやっしーは来月も来る?」
「……うん、多分」
「じゃあ、僕もまた来るよ」
「分かった、……じゃあ来月」
「じゃあ……」
「あっ、まってキャッスル」
「これ持っていって」
もやっしーの差し出したのは僕が購入したのと別のもやし本だった。
「え、悪いよ。受け取れない」
「良かったら読んで今度感想聞かせて」
「……分かった」
じゃあ、ありがとう、と挨拶してオコジョの元へと向かった。携帯番号は聞くに聞けずまあ、それも今度会った時だなと心で呟いた。
◇
「わあ、これすっごく面白いですね!」
オコジョは思った以上に喜んだ。
「もやしのゆるキャラなんてシュールですよ」
「そうかそうか」
僕は笑顔で頷く。思った以上の食いつきでこちらまで嬉しくなる。
「で、仲良くなったんですよね。どんな人だったんですか?」
「どんな人?」
さてどんな人だったか……顔が思い出せない。
「もやしみたいな人だった」
もやっしーは極めて大人しかった。一言で言えば雰囲気がもやしそのものだった。
「連絡先とか交換したんですか?」
「いや、特には」
「ええー」
「大丈夫だ。また来月行くと言ってある」
「そうですか」
オコジョの方はと言うと持ち前のふわふわした感じから何人かの作家と打ち解けてアドレス交換までしたという。
オコジョが「あっ」と声を上げた。
「本の最後にURLが載ってますよ。もやし普及委員会のホームページがあるそうです」
「もやし普及委員会?」
「見てみよっと」
オコジョが興味津々で携帯でアクセスする。僕もアクセスした。
結構明るく雰囲気のいいのホームページで、トップページにあった理念を読んでみる。
「私たちはもやしを愛しもやしに生きることを誓います」
もやしに生きるって何? もやししか食べないってこと?
管理人のプロフィールの欄があり真っ先にクリックする。もやしに目と鼻と口を書いた写真が載っていて『もやっしー』とある。今日あった本人かどうか不明だがたぶん彼だろう。趣味もやし主食もやしとある。
普及委員会とあるが個人のサイトのようで趣味全開のホームページだった。
もやしの名前の由来、歴史、種類、栽培方法、愛で方、もやしを使ったレシピ、兎に角もやしの情報が事細かに載っていた。
「今日のご飯もやしにしましょうかね」
オコジョが呟く。自由に使える金があるのに侘しくないか? と一瞬思ったがふと考えて、もやしの普及に協力するのも悪くないと思いなおす。載っていたレシピからコチュジャン炒めともやし春巻きをピックアップして作ることにした。
買い物にオコジョと行く。外で働いて忙しいホクトのために料理を作っておくのが僕たちなりの感謝の気持ちだ。アキバマートが近いのでコスプレ姿で行く。コスプレ姿の買い物客はそう珍しくもなく、こうしてアキバに潜伏している指名手配犯が何人いるのだろうと考える。
指名手配犯の街アキバ、そう考えるとゾッとする。もしかしたら知らないうちに危険人物に出会っているかもしれない。
要らぬ妄想を膨らませているとオコジョが「いくつ買います?」と問いかけてきた。気がつけばもやし売り場まで来ていた。特売の一本一本が太いもやしは一袋十九秋葉円。少しいいもので四十五秋葉円、大した値段の差じゃない。美味しいのでいつも特売のものを購入していたが他のもやしはどうなのだろうと気になる。特に気になるのは黒豆もやし、美味しそうなのでかごに放り込む。かごに入れながらハタと閃く。
――同人誌にもやしをつけて売ってはどうだろうか?
我ながらナイスアイデアだと思った。話すときっと、もやっしーは喜んでくれるだろう。
その晩、もやしまんの夢を見た。夢の中でもやしまんは「生で食べてくれよ~、生で食べてくれよ~」と泣いていた。
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