その2 洋梨農家として
僕はただいま新幹線で故郷の青森へと帰省中。土日の休みを利用して病気がちな母を見舞うため。秋葉原に潜入していたため正月に帰ることが出来なくてこの時期の帰郷となった。
実家は洋梨農家、洋梨はこの時期スーパーに並んでいるのを見かけることも多いだろう。収穫はとっくに終わって今は畑を休ませている。えっ、僕? 僕はオコジョ。これでも市ヶ谷駐屯基地のサイバー部隊に所属する自衛隊員だ。
大好きな鯵の押し寿司を頬張る。酢が効いていて絶品だ。窓の外に目を向けると景色が都会から田舎のものへと変わる。徐々に景色に混ざり始める雪を見つめながらああ帰ってきたのだなとしみじみと思う。
本当ならとっくに自衛隊を除隊して農家を継いでいるはず、秋葉原への潜入作戦が終わり次第実家へと帰る予定だった。しかし、懸念だった母の具合が良くなったためその必要性がなくなった。結果、自衛隊員を続けている。自衛隊の仕事は好きだ。自分の性分に合っていると思う。
「ただいまー!」
たくさんのお土産と一緒に実家に帰ると小さな子たちが駆けよってくる。
「おかえり和俊」
やせ細った母が笑顔で出迎えてくれた。
「みんな大きくなったね!」
寄ってきたのはいとこの息子や娘たち、しばらく見ない間に大きくなったのだな、と感慨深く思う。母によると僕が帰ると言うのでわざわざみんな集まってくれているのだという。
「和俊兄ちゃんおかえりー」
「ねえ、これお土産?」
子たちは僕の手からお土産をむしり取っていく。家の中に運び込んで開けるつもりだろう。
「母さん、具合は?」
「だいぶいいし、ありがとう」
やつれた笑顔だが頬に色が差しており具合が良いと言うのはうそでもないのだろう。2年ぶりの帰郷に心躍らせ、自宅へと入った。
◇
「えっ、よっちゃん離婚したの?」
遅い正月だが、母がわざわざ僕を思い作ってくれた雑煮をみんなで頬張る。気遣いに心まで温まる。具沢山の故郷の味は懐かしく何だか泣けてくる。
「そうなの。和俊、誰か自衛隊に良い人居ない?」
よっちゃんは離婚のことが吹っ切れているのか砕けた笑顔を咲かせる。よっちゃんは二つ上のいとこのお姉さん。子供が三人もいて離婚だなんてきっと大変なのだろう。誰かいないかという問いに真っ先にある顔が浮かぶが頭をぶんぶん振る。
「ダメダメ、オタクはダメ」
「?」
「それより和俊、なはいい人居ねのか?」
父が急に口を挟む。それに少しムッとする。
「秋葉の潜入作戦でそれどころじゃなかったんだってば」
小さく呟くと父が声を大きくする。
「ぼそぼそ言っても聞こえね」
「まあまあ、お父さん和俊も疲れてらんだから」
父は少し不満そうにしている。でも不満なのはこっちのほうだ。折角母を心配して間を縫って帰ってきたのになんだよと心で呟く。
親戚一同で大宴会をした後最後にみんなで写真を撮る。子供を抱えたいとこたちは早めの夜九時ごろ帰っていった。
人のいなくなった部屋でごろんとコタツに入り横になる。懐かしい天井のシミを見つけ、この家も古くなったよなあ、としみじみと思う。ひいじいちゃんの代からの家、建て替えが必要だなと思う。建て替えるのは父の代かそれとも自分の代か。考えているうちに酒が回りうつらうつらと眠りに落ちた。
『オコジョ!』
けたたましい電話の音に揺り起こされ眠りから覚める。出るとキャッスルさんが叫ぶように自分を呼んだ。
「キャッスルさんどうしたんですか?」
何事かと目を丸くする。
『明子さんが……明子さんがアニメになる』
はあ、とため息を吐く。
「そうですか、よかったですね」
そう言って電話を切る、がすぐにまた掛かってきた。
『ただのアニメじゃないんだ。聞いて驚け、映画化だぞ! どうだすごいだろ?』
「すごいですね」
そう言って電話を切るとまたまた掛かってきた。
『声優は売り出し中のアイドル声優松井野乃花ちゃんだ』
「へええ」
切っても切っても電話が掛かってくるので諦めて話を聞くことにする。
『で、そこでお願いがあるんだが……』
「いっしょに行きませんよ」
『なっ、……どうしてだ?』
「明子さんに興味ないですから」
『そう言わずにさあ』
「僕今里帰りしてるんで。じゃあ切ります」
『あっ、待て待て! ホクトに貰ったゆるキャラプロレスのタイトルマッチのチケットがあるんだがそれと引き換えならどうだ?』
「タ、タイトルマッチ!」
息をのむ。人気キャラ同士の対決ですでにプレミアチケットになっているとのうわさ。欲しくてパソコンにかじりついていたが手に入れることが叶わなかった幻のチケットだ。
『はははっ、貴様はこれが喉から手が出るほど欲しいだろう?』
「卑怯な! 貴様それでも人間か!」
『我は今宵神となる。全ての者は私に従うのだ!』
「ふっ、はは。ああ~。もういいですよ……分かりました。交換条件ですね?」
やっていて思わず笑ってしまった、僕の根負けだ。さっきからキャッスルさんと再現していたのは本家アクセスマンの最終回のラスボスとのやり取り、どうやら僕にもアキバの街の空気がしっかりと肌身に焼き付いているらしい。
「行くな? ホントだな?」と念を押すキャッスルを笑いながら納得したように電話を切って口元に笑みを浮かべる。仕方のない人だ、と。
そんな僕の表情を見た母が嬉しそうにしている。
「仕事の人?」
「先輩」
「和俊は自衛隊に入ってからこっち楽しそうだね」
「そう?」
「和俊」
母が改まった表情で話しかけてきた。
「無理して帰ってこなくていいんだよ?」
「!」
「お前が自衛隊の仕事好きなのはよく分ってるんだ。母さんも大分回復したし心配には及ばない。それにね……」
「?」
「エミリが戻ってくるかもしれないって言ってるんだ」
「えっ、姉ちゃんも離婚するの?」
「違うよ、健太くんが仕事辞めて洋梨継いでくれるって言ってくれてるんだ」
「そう……なんだ」
七つ年上の姉エミリは二十五歳の時、商社マンの健太さんと結婚した。子供を二人もうけ海外生活が長い。健太さんは出世コースに乗りこれからという時だろうに。こんな田舎まで戻ってきて農家?
「好きな道を精一杯生きなさい、母さんは応援してるよ」
言葉を聞いて涙が出そうになるのを堪える。
「うん、ありがとう」
そう言って立ちあがる。隠れて泣こう。泣きそうなのは酒が効いてるせいかもしれない。
「どこ行くんだい?」
「配送伝票取ってくる。職場の人に洋梨送るから」
「それなら早く言ってくれればいい梨があったのに」
「残ってるのでもいいよ。美味しいから」
キャッスルさんにセイバーさん、もやっしーにホクトさん、あと上司に後輩に……。指折りながら作業場へと向かう。季節はもうすぐ二月、青森の冬はますます厳しくなる。そうだ、東京に帰ったらしゃぶしゃぶ肉でも送ろう。みんなでつついてくれるといいなと。そんなことを考えながら階段を下りた。
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