その6 続、俺がオタクだった理由
俺はセイバー、かつて秋葉原の地で処刑を受けた者。一度死んだ身の俺を救ってくれたのは聡子という菩薩の如き女性だった。その女性はやがて妻になり、現在俺の前で鬼の形相で不細工アイドル結城琴絵ちゃんのイメージビデオのディスクを握りしめている。ほんの少しの力を加えただけでそれは真っ二つに割れてしまうだろう。俺は細心の注意を払いながらそっと声を掛けた。
「見てない。見てないから」
「ぁあ?」
聡子の手に力が籠る。ディスクが悲鳴を上げている。うそ、うそ冗談だ! 落ち着け聡子。
「いや、見たには見たが……その、大したことはなかった」
「どういうふうに?」
声にドスが効いていて怖い。俺は感想を求められているのだろうか?
「大してエロくはなかった。というよりあれはただのブタだ。そう、ただのブタ。キミの方が何倍も綺麗だ」
おべっかはバレていて聡子は鼻でふっと笑うとすぐに笑みを消し「じゃあ、今から二人で見ようか」と真顔で言った。
視聴を始めてすぐ琴絵ちゃんの甘い声が聞こえてきた。
――いや、ちゃんとこっち見て
――そっちじゃなくてこっち
恐ろしくて聡子の顔は見れなかった。完全にエロ、これはエロだ。それは自分でもわかっている、しかし普段イメージビデオを見ない聡子はこれはエロではないと判断するかもしれない。俺は一縷の望みに賭けた。
「AVじゃねえかあああああ!!!!!!!」
聡子の投げたリモコンがスパーンと頭に当たる。いやいや、AVではないよ。しかし、そんな言い訳は今の聡子に通用しないだろう。
「私と琴絵ちゃんどっち取るの?」
仁王立ちで問いかけて来るのでソファの上で思わず正座する。
「これだけは見逃してください」
俺は家を追い出された。片手に琴絵ちゃんのイメージビデオを携えて。聡子は「さっさと処分してこい」と言ってそれを俺に突き付けた。向かうのは秋葉原、『買取ランド萌えオタショップタカキ』。イメージビデオを買った店だ。
「ああ、あんたか」
店主は恐らく商品であるエロ本を見ながらちらりと目を向けた。差し出したビデオを見てふっと笑う。
「奥さんにダメだって言われたのかい?」
「買い取ってもらえますか?」
「残念だね。琴絵ちゃんのファンがまた減ったか」
おじさんはビデオを受けとった。エロ本を置いて電卓を取り出した。叩きながら
「おじさんも最近ファンになったんだよ」と話し始めた。
「琴絵ちゃんがアイドルを辞めたのはあんたが原因だろ? そのあんたが琴絵ちゃんを捨てるのかい?」
俺はハッとした。琴絵ちゃんがアイドルを辞めたのは俺のせいだと言うのに今俺はそのファンであることすらやめようとしている。何という背徳行為。
……俺は間違っていた。
「やっぱりやめます!」
そう宣言すると店を飛び出してビデオ片手に走った。
「だから、琴絵ちゃんはブスだけどそこがいいんだ」
聡子相手に琴絵ちゃんの魅力を語る。そして納得するまでこれを見てくれとイメージビデオを渡す。
「夫婦でファンになろう!」
「処分してこいって言ったんだけど?」
声のトーンが二トーンぐらい低い。
「初めはブスだと思うと思うんだ。でも、慣れる、そのうち慣れるんだ」
怒りを鎮めるように手でドウドウとジェスチャーする。
「別にファンを辞めろとは言ってない。そのAVを処分しろつってんだよ」
背後に金棒が見えそうだ。あまりの怖さにああ、やっぱり売ってくればよかった、と後悔する。が、引けないのでもう一押し。
「これは琴絵ちゃんのルーツが分かる貴重な資料なんだ」
「資料?」
俺はうんと頷いて話を続ける。
「この世に結城琴絵というアイドルが誕生したきっかけのDVDでもあるんだ。琴絵ちゃんのルーツを知ることはファンにとって重要なことなんだ」
「……」
「俺はこのイメージビデオを持ってこれから武者修行へと旅立つ。それがアイドルを志し半ばで挫折した彼女へのせめてもの償い」
俺の武者修行という言葉に反応してか聡子の怒りが少し和らいだ気がした。
「何もそこまで……」
俺は背を向けイメージビデオを抱きしめる。
「許してくれ」
「で、いつ武者修行に行くんですか?」
スマホをいじりながら後輩のオコジョに問いかけられる。俺は泣いていた。
「助けてくれオコジョ」
一週間後俺はイメージビデオを割ることになる。
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