第24話 旧ではありません、本家です。

 僕らは今暗闇で鍋をつついている。窓に目張りをして暗室の保たれた部屋、足の踏みどころがないほど並べられたビン。ビンの中にあるのは栽培中のもやし……。

 そう、僕らはもやっしーの自宅へと招かれてもやし鍋をご馳走してもらっている。


 昼間だというのに部屋には明かりが指さず、こんな部屋で一日中過ごしていると神経を病みそうだ。もやっしーによるとここはもやしの栽培部屋で別に寝泊まりするための家があるという。もやしまんの執筆もそちらの方で行っており、この部屋はもやしの家、もやしのためだけに借りているという。

 じゃあ、そっちで鍋やろうよ。と思ったがもやっしーがどうしてもこの部屋を見せたがっている様子だったので何も言わない。


「もやしはね、半煮えくらいが美味しいんだ」


 闇の中でもやっしーが呟く。なるほどなるほど、しかしどれが半煮えか分からない。隣でオコジョが何かを食べてハフハフとしている。


 先日僕はもやっしーに正体をさらした。数日は警察が来ることに怯えて過ごしていたがやってくる気配はない。もやっしーはその誓い通り誰にも喋らなかったみたいだ。多分信頼に値する人物だと思う。だからこうして親しくしている。


「……これ食べたらどっか行く?」


 もやっしーがそっと問うてきた。


「どこか行きたいとこがあるのか?」

「紅葉とか見に行きたいなと思って……」

「悪くないな」

「紅葉ですかあ」


 オコジョが携帯で検索を始める。携帯の光でオコジョの顔が青白く照らされる。


「今、見頃はアキバ国定公園だそうですね。ここからだと近いですし腹ごなしに歩きますか?」


「いいな、そうしようか」


 結局もやししか入っていなかった鍋を食べ終えてもやし部屋を後にする。外に出ると外の光がかあっと差し込んでくる。あまりにまぶしくて思わず目を反らした。





 もやし部屋から国定公園までは歩いて二十分程だった。アクセスマン二人と普通の格好の青白い青年の三人組。ここが他所であれば目立つところだが、幸いにもここはアキバだ。絶対バレないとの自信を持って街を堂々と歩いてゆく。


 途中小さな子が「あっ、アクセスレッド!」と指すので「違うよ、お兄ちゃんはアクセスレッドじゃなくてアクセスマンだよ」とやんわり否定しておいた。後ろにいた母親は若干引いていたが、いくら子供とは言えこだわりのアクセスマンを間違われるのも僕としては気分のいいものではない。


 アクセスレッドとは新アクセスマンのキャラで本家アクセスマンとは雲泥の差がある。そう、僕は新アクセスマンの放送を呆然と見送った。新アクセスマンは小綺麗な世界観で、変身前のヒーローたちもあか抜けていて皆、虫も殺せないような軟弱な美男美女ばかりだった。

 子供向けではなくむしろ子供を持つお母さんをターゲットにした人選だなと思った。昭和のなつかしさを排除した作品作りを受け入れられず画面の前で「もみあげはどうしたアア!」とテレビを掴んで叫んだ。


 しかしまあ、このアクセススーツも大分着古した。逃亡生活を始めてずっとお世話になっているからだろう。ゴムが柔らかくなり肌になじむと同時に色あせて古ぼけた気もする。帰りにコスプレ店でも寄るか、とオコジョに持ち掛けるともやっしーが「僕も行きたいな」と言うので紅葉狩り帰りに三人で寄ることにした。



 国定公園は初めて行ったが広く綺麗なところで、アキバであることを疑いたくなるような名所だった。紅葉の絨毯と屋根、色とりどりの葉に囲まれて散歩道を歩く。歩くとくしゃくしゃと落ち葉が音を立て何だかくすぐったくなる。オコジョももやっしーも楽しんでいる様子で来て良かったと心底思う。

 そうだ、写真を撮ろう。僕は買ったばかりのミラーレスカメラで公園の風景や二人の横顔をそっと収めた。


 進んでいくと池があってボート乗り場があった。足漕ぎ式のスワンボートだ。ふと追想する。昔、自衛官の父と一度だけ一緒に乗ったことがある。すごく楽しくていい思い出だった。


「乗りましょう、キャッスルさん!」


 オコジョがはしゃいでいる。「仕方のない奴だな」と恰好をつけながら堂々とハンドルの前へと乗り込んだ。


 ぎゅこぎゅこぎゅこ、漕ぐとゆっくり前進する。アクセススーツを着て自転車に乗ったことが無かったので今更だが、アクセススーツでペダルを踏むと言うのは結構大変だった。ゴムが体にぴったりフィットして軽快な動きを妨げる。ゴムは熱を逃がさず内へととどめる。スーツの下は汗だくで漕ぐことに必死になった。


「キャッスル、ハンドル切って!」


 もやっしーの声でハッとする。目の前に別のスワンボートが迫っていた。ハンドルを右いっぱいに切って何とか直前で回避する。


 ほっとした時に「あっ、アクセスマンだ!」という声が聞こえた。声の主を探す。小さな子供が陸からこちらを見ていた。


「やあ、こんにちは」


 立ってアクセスガッツを披露して「ハハハハハ」と笑う。


「キャッスルさん、余所見しないで!」


 オコジョが叫ぶと同時に、僕らは勢いよくドゴーンという鈍い衝撃音とともに陸へと乗り上げた。



「あんたたち、いい大人でしょ? 何やってたの?」

「ちょっと余所見しまして」


 公園の管理事務所のスミで僕らは縮こまる。相変わらず警備員のおじさんの顔は渋い。


「自動車の免許とか持ってないの? 乗り物に乗る時は余所見しない。これ鉄則でしょ?」

「はい、すみません」

「この念書に二度と乗らないって書いて」

「ええ?」

「ええ、じゃないよ。当然でしょ? 一艇壊しちゃったんだから」

「はい、そうですね……」

「弁償してもらうからね」


 僕らは大人しく名前を書いて念書にサインした。その後散々嫌味を言われたあとそっと事務所を出た。


「すまんな、もやっしー。面倒なことに巻き込んでしまって……」


 申し訳なく思い、そう言葉をかける。ところが、萎えてるどころかもやっしーは楽しそうに笑っていた。


「面白かったよ。こんな経験あまりないから」

「そうか?」

「うん」

「それなら良かった」

「良くないですよ、キャッスルさん! 今後の行動には十分に注意してもらわないと!」

「ああ、そうか。そうだな」


 めずらしく素直に叱られた。今日は少し羽目を外し過ぎた。



       ◇



 帰り道、来る時見掛けたコスプレショップに立ち寄った。いつもの所よりは小さいがそれでも品ぞろえはそれなりによく、これならいいものが見繕えそうだなと思った。

 オコジョはアクセスマンに飽きたので別の物を探すと言って店の奥へと入っていった。僕は店員のおじさんに話しかける。


「すみませんアクセススーツはありますか?」

「ああ、それならこっちだよ」


 案内されたのは思っていたものではなく新アクセスマンの五色のゴムスーツだった。


「入荷したばっかりなんだ。結構クオリティが高くて評判だよ」

「あ、これじゃなくて前のやつが……」

「前のやつ? ああ、旧アクセスマンのね」


 僕はその言葉が引っ掛かった。


「旧? 本家のことですか?」

「本家?」

「新作ではなく八十年代に制作されたアクセスマンのことです」

「そのことを旧って言うんだよ」

「旧ではありません。本家です」


 おじさんはめんどくさい客だと思ったのか「ああ、そう」と適当に頷いて奥へと案内した。言い負かしたい気持ちもあったが僕はそれを冷静に抑えた。


 棚にはいつも買っているものと同じ、アクセススーツがあった。売り場の隅の方に追いやられてそれが何だか悲しい。一袋手に取り、オコジョともやっしーを探す。


 オコジョはアクセスマンに出て来る雑魚敵のワイルダーの真っ黒なスーツを購入した。一方もやっしーは大きなねぎの被り物を購入するという。それをどうするんだと聞くと改造してもやしにするんだと答えた。


「今度のコミケはこれで参加するよ」


 もやっしーは店を出るなり笑顔で言った。


「じゃあ、僕もそうします」


 オコジョが同調する。


「でも、キャッスルさんホント、旧アクセスマンが好きなんですね」

「旧ではないっ! 本家だ!」


 二人から笑みがこぼれる。


 背もまちまち、性格も全く違う。でこぼこの僕らは伸びる陰を追いながら夕暮れの街を歩く。長い長い一日が終えようとしていた。


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