第27話 ともだち
皇帝の投げたもやし、壊れたスワンボート、もやし部屋……
僕の中でバラバラだったピースが一つに繋がった。
出たのはもやっしーが皇帝であるという結論。僕たちはこの真偽を確かめなくてはいけない。じっーとこたつの上のもやしを見つめ続けているとオコジョがおどける。
「食べちゃいます?」
「ダメだ!」
頑固おやじのように声を張り上げるとオコジョは面白くなさそうに「冗談ですよ」と呟いた。このもやしは証拠品、唯一もやっしーが皇帝であることを証明するもの。死んでも手放すわけにはいかない。パッケージに『皇帝が育てたもやし』との文字がある。あのもやし部屋で栽培したものだろう。
色々考えていてふと疑問に思う。以前パレードで僕は皇帝の素顔を拝んだことがある。しかし、それはもやっしーとは似ても似つかない別の人物だった。オコジョに話すと「たぶん影武者ですよ」と言った。
それほどに素顔を見せるのはまずいことなのだろう。
たぶん、もやっしーの正体に気づいているのは一般人では僕たちだけ。今ならもやっしーの正体をもみ消せる、友人として。しかし、僕は友人である前に自衛隊員。この事実だけは曲げられなかった。
上層部に全てを報告する前に僕たちは直接もやっしーに問う必要がある。本当に皇帝なのか、と。次に会うのは来週のコミケ。それまでにもやしは腐るだろう。
「腐るとだめなので冷凍庫入れときますね」
オコジョがもやしを持って行ってしまった。気をそがれた僕はコタツに足を突っ込んだまま横になる。天井を見つめていると様々なことが心配になってくる。
「自衛隊だってのは気付かれてるかな?」
「うーん、でもそうしたら仲良く何てしませんよ」
「ホクトには何て話そう」
ホクトは仕事で留守だった。でも夜には帰ってくる。
「とりあえず、確認が取れるまで僕たちの間で保留にしません? 上への報告も含めて」
「だよなあ」
あー眠いと言って目を覆う。でも本当は眠くなかったし心は懸念でいっぱいだった。
翌日の昼、ホクトが珍しく料理を作ってくれた。美味しいもやし入りの焼きそばだった。もやし入りの……、もやし入りの、
「ああーーーーーー!」
食べるなり僕は雄たけびをあげた。ホクトが何事だという顔をしている。
「冷凍庫のもやし使っちゃったんですか!」
オコジョが真っ青になる。
「ああ、あんまり入れるもんが無かったから……」
「勝手に使うなあ!」
「使ってまずいならそう書いとけ!」
ホクトの機嫌が悪くなる。構わず僕とオコジョは台所のゴミ箱へと駆けていく。
「ゴミ探せゴミ探せ!」
そしてごそごそゴミ箱をひっくり返してやっと見つけたよれよれのもやしの袋。
「まあ、中身が無くても袋があれば分かりますよ」
オコジョが宥める。まあ、確かにそうだ。
◇
「これ美味しかったよ」
何から話しかけていいか分からず袋を差し出して、そう切り出した。もやっしーは目を見開いていた。
「どうしたの?」
何気ない風を装うつもりだろうか?
「公邸見学に行ってもらったんだ」
「ああ、僕も1度貰ったことが……」
もやっしーは明らかに動揺していた。
「もやっしー!」
僕は語気を強くする。
「何?」
「本当の、本当のことが……知りたいんだ」
結局僕らは途中で販売を止めてコミケから撤収した。もやっしーが車を呼んで、ついて来いと言うので僕らは乗り込む。見たこともないくらい大きなリムジンだった。
「……」
「そんなに静まり返らないでよ。僕はアキバ皇帝なんかじゃないんだから」
「えっ? そうなのか」
「アキバ皇帝なのは双子の兄だよ。僕と一緒でもやし栽培が趣味なんだ。休日には毎日窓からもやし投げて……」
「本当なのか?」
「……ウソ。……だよ」
もやっしーは呟くと窓の外に目を向ける。外にはたくさんのたくさんのコスプレイヤー、彼がどんな思いで自らの国を眺めているのかは正直分からない。でも、一つだけ言えることがある。それは僕らはどんなことがあっても友達だということ。
公邸に着き、リムジンを降りた僕らを待っていたのは手厚い歓迎だった。外階段を数段登ると大きな玄関扉があって開いて主人の帰宅を待っていた。
「おかえりなさいご主人様!」
ずらりと並んだメイドや執事が声を揃えてもやっしーの帰宅を歓迎する。リアルにそんな家があるのかと思った。もやっしーは何事もなかったかのように声もかけず素通りして僕らに「ついて来て」と声を掛ける。僕らは頭を下げて恐縮しながらついて行った。
二階の左から二番目の部屋に通された。大きな邸宅には似つかわしくない小さな執務室だった。小さいと言ってもちゃんと客をもてなすソファとテーブルはあり窓際には机もある。
「普段はここでもやしまんを書いてるんだ」
机の前のイスに腰かけてこちらを見ながら「どうぞ」と手で座ることをうながす。僕とオコジョはそっとソファに座る。
「悪いけど二人のことは調べさせてもらった」
そう言って紙数枚の資料を机にパサリと置く。三部ある。僕とオコジョの分、それにホクトの分まであった。僕はそれを一つ手に取る。
「本名、島崎城。三十二歳。日本出身で二年程前にアキバに入国。ヨコタ電子とコンタクトをとりテロに参加。現在は仲間宅に潜伏」
どうやらもやっしーは報告書を暗記しているようだった。そして彼が諳んじたのは自衛隊が用意した島崎城としての偽のプロフィールだった。
内心安心しながら資料を捲る。
「ここまで調べておきながら、僕らと仲良くしていたというのはどういう心境だ?」
「キャッスル、オコジョ。僕の……」
「?」
「僕の部下にならないか?」
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