第8話 お化けの明子さん
とうとう待ちに待った日がやって来た。パレードじゃないよ? 今日はお化けの明子さんを見に行く日だ。化粧をして、髪を梳かして……うん? と思った人もいるだろう。そう、僕は明子さんのイベントに明子さんのコスプレで行く。
先日、コスプレ店のおじさんに断られて一度断念した僕はどうしても諦めきれず、どうしてそんなに明子さんのことが好きなのかとか、明子さんになることで何を叶えたいのかとか、それを売ればおじさんにどんなメリットがあるのかとかを延々三時間話した。
根負けしたおじさんは「おじさんの負けだよ」と言って明子さんグッズを売ってくれた。別の店に行けばすんなり買えたかもしれないがそれは僕のプライドが許さなかった。
しかし、まあ。うん。似合うではないか! ……と自分では思う。
明子さんはハッピ姿のため腕毛は左程気にならないがすね毛はどうしても出てしまう。僕は生まれて初めてすね毛をそり落とした。何だかつるりとしてスースーする。
会場に着くと菊尾さんがすでに着ていた。作務衣姿だ、こういう大人はカッコイイと思う。え、なんで、菊尾さんか、って? 一人じゃ怖いからだ。イベントは一つの抽選番号につき三名まで入れることになっている。そのため俺は菊尾さんとセイバーを誘った。
「すまない、遅れた」
野太い声がして振り向くとそこには明子さん姿のセイバーが立っていた。
――自分のコスプレを見る相手に対する思いやりってのが必要だからさ
コスプレ店のおじさんの声が頭の中で響く。そうか、こういう事か。
「初めて明子さんの恰好をしたんだが、どうかな? 似合ってるかな?」
「……はい」仕方なしに頷く。
「二人とも明子さんならオレも明子さんで来ればよかったなあ」
菊尾さんがはははっと笑った。
「まだ、少し時間があるので一緒に買いに行きますか?」
セイバーが言う。セイバーは全くもって社交辞令というものを分かっていない。もしくはそれも冗談のつもりか? こんな無粋な人間がよく世の中を渡れたものだと呆れたくなる。
二時間ほど並んだだろうか、前にはあと二組。でこぼこの明子さん(何しろセイバーは背が高い)二人と作務衣姿の老人は怪しすぎる。周りの視線がとにかく痛かった。
いよいよ入場となり、僕らは中へと入った。わくわくし過ぎて変な興奮が抑えられない。
「わあ、テーマパークみたいい!」
裏声でセイバーが言う。明子さんのまねのつもりだろうか? 即刻止めてほしい。
天井のスピーカーから明子さんと思わしき声がする。
『私、明子十七歳。夏休みに友達と温泉旅館に泊まりに来たの。お風呂に入って美味しいもの食べてのんびり過ごして翌朝、目覚めるととなりに寝ていた友達の姿が無いの。お風呂にでも行ったのかなと思って探しに行こうと部屋を出てびっくり。温泉旅館が廃墟に変わってしまっていたの。早く、友達を探さなくちゃ。一人じゃさみしいから皆一緒について来て。まずはフロント、従業員の人を探さなくちゃ。ちなみにね、一緒に来てるのは、か……』
「きゃあああああ」
セイバーが裏声で悲鳴を上げる。
『……とっても仲良しなの、大丈夫か心配だな。無事だといいけど』
……ナレーションが終わってしまった。肝心のところが聞けなかった。「か?」彼氏と言ったのだろうか? やめてくれよ明子さんに限って。
「意味ないところで悲鳴とかやめてくださいよ。聞こえなったじゃないですか」
不機嫌に言うとセイバーが「すまんすまん、つい。雰囲気を出したくて」と謝る。まあ、お楽しみはこれからなので機嫌を取り戻そう。でも、彼氏だとどうしよう。やっぱり気になる。
セットは中々よく出来ていた。廃旅館の怪しげな雰囲気が出ておりすごくお金がかかっているのだなと感じた。入場料は一人千秋葉円とお高めなのでまあこれくらいはやってくれないと困ると言えば困る。
進むにつれてだんだん暗くなってきた。破れた障子、飾られた日本人形、おどろおどろしい灯篭。その時、
――ぎぃぃ
「うわああああああ」
菊尾さんが悲鳴を上げた。床を踏むと軋む仕組みになっていたらしい。
「大丈夫ですよ、菊尾さんホラ」と言って僕はその場所を踏む。ぎぃ、ぎぃぎぃと音を立ててしなる。
「おおそうか、すまないすまない」
怖いから菊尾さんに来てもらったのだが、これではあまり意味がないなと思う。さらに進む。触ると電流がピリッと流れるふすまがあったり、行き止まりと思っていた塗り壁を突き破ってお化けが突進してきたり、爆竹の音がしたり。その都度三人で驚いて仕掛けから逃げるように進んだ。
結構進んだ辺りで再びナレーションが流れだす。ポチャン、お湯の音。待ってましたとばかりに耳を象の耳にする。
『怖くて変な汗かいちゃった。温泉にでも浸かっていこうかな』
前方に風呂場の暖簾が掛かっている。男湯と女湯。道が二手に分かれている。
「女湯に行こう」
セイバーが言った。彼が言うと完全にセクハラに聞こえる。まあ、同意して女湯へと進む。脱衣所を抜け、いよいよ浴室へ、と思った時きゃああああと悲鳴が響いた。湯煙の向こうに人の姿が……。いたのは顔を赤らめた明子さんの姿だった。
「どうしてどうして男の人が女湯に……ってあんた」
目が合い驚く。彼女はアキバマートを辞めたキャバクラ明子さんだった。
「何その恰好? 気持ち悪っ」
バスタオル姿でにべにもないことを言う。
「ここでバイトしてるんですか?」
「そうよ、悪い? はい、驚いたらさっさと出ていく。男湯行って男湯!」
半ば押し返されるように罵られながら男湯へと向かった。僕は急につまらない現実に引き戻されて何となく白けてしまった。一方菊尾さんとセイバーは相変わらず楽しんでいる様子でぎゃあぎゃあ言っていた。
最後、墓場で菊をお供えして旅館に掛かった封印を解くというイベントがあった。僕がそっと菊を置こうとすると足元から、がばっと手が出て僕の腕をつかんだ。
「ぎぃやああああああああ」
叫ぶ僕を見てセイバーが声を上げる。
「キャッスル! 今助けてやるっ!」
セイバーは土に埋まったお化けの手を僕の腕から引き放すと、そのまま腕を持ち土中から強力で引き揚げた。セットの墓が倒れお化けをごぼう抜きする。手にだけ特殊メイクを施したTシャツのバイト姿の青年が露わになる、多分表に出てきてはいけない人だ。
「でやあああああ」
セイバーは青年の腕を引き、彼の腹に足を当てて蹴り上げ巴投げをする。ドゴオオオンと音を立てて青年は地面に叩きつけられお墓のセットは滅茶苦茶。セイバーは立ちあがり真剣な目で問うて来た。
「無事か? キャッスル!」
無事じゃない、精神的に。何かもう倒れそうだ。
結局僕らはお叱りを受けた。金を払って叱られに来ただけという何ともやり切れない結果だった。
蹴り出されるように外に追い出され、お化け屋敷の前で立ち尽くしていると、出てきた子供が母に「最後の明子さん可愛かったねー」と言った。見たかった、ああ見たかった。それよりも明子さんが一緒に来てた『か』は彼氏なのかカレンちゃんなのか。その謎は分からない。
まあ、今度来るときは一人で来よう、その時固く誓った。
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