第7話 私はスーパーアイドル by 琴絵

 セイバーとの約束の日がやって来た。待ち合わせは『炉八』、日本国に本社を置く和風カラオケ店の前だ。着くと待ち合わせの十五分前だと言うのに僕以外の十四人はみんな揃っていた。全員極めて地味な風貌。真性オタクだろうか、フェイクオタクだろうか?


「すみません、遅れました」

「いや、遅れていない。まだ、十五分ある」

 

 セイバーが腕時計を確認する。勿論サバイバルウォッチだ。時間厳守は自衛隊の鉄則、こんなところに癖がにじみ出してしまうらしい。



 僕らは大部屋を取った。すごく広くてこれなら二十~三十人は入れると思う。それにしても初めて来たのだが和風カラオケ店と言うのはすごく良かった。何しろ落ち着く。従業員は男女皆、浴衣。部屋は畳ベンチ、お茶がサービスで出されてメニューを開くと載っているのは全て和食。僕らはおしること抹茶かき氷とみたらし団子を計十五個頼んだ。


 席に着いてすぐセイバーがリモコンにかじりついた。ボタンを連打して『私はスーパーアイドル』を六曲入れる。琴絵ちゃんのデビュー曲だ。


 セイバーのリサイタルが続く中、注文していたおしるこたちが到着したのでモソモソと食べる。ちらっと目が合った自衛隊と目くばせする。


「セイバーさんの十八番なんだ」と彼が言う。


 そうか、なら仕方がない。


 リサイタルが終わり耳が潰れたところでセイバーがマイクを手に話し始めた。


「あ~、これから第二十六回作戦会議を行いたいと思います。あ、その前におしるこ食べていいですか?」


 セイバーがおしるこに夢中なので皆口々に例の話を始める。


「この間アキバ軍でもパレードの警備の話がありました」


 教えてくれたのはジョンソン、由来はベン=ジョンソンらしい。とてつもなく足が速いことからこのあだ名がついたとのことだ。


「問題はどうやってパレードを阻止するか……」僕は呟く。

「コスプレイヤー募集のページを乗っ取りするというのはどうですか?」


 フォックスが提案する。実写映画「海賊フォックス」のファンであることからこのあだ名がついた。


「ネットのプロ集団アキバに真っ向から勝負を挑もうというのはいささかうかつ過ぎると思うが……」


 おしるこを食べる手を止めて、セイバーが顎に指を着けて呟いた。


「素性が割れるネットは不利です。乗っ取りは日本本国にお願いして我々は現場で何とか別の方法を試みましょう」


 木綿が言った。彼の主食は木綿豆腐とのこと。


「キャッスル、お前はどうする?」


 セイバーが問いかけた。


「僕は開催を阻止できなかった場合を鑑みて一般人としてコスプレーヤーに潜り込んでみます。もしかしたらそこで得られる情報もあるかもしれない」

「分かった、だが十分気を付けろ。もしかしたらアキバ軍の手練れも潜んでいるかもしれない」


 僕は深く頷くとリモコンでアクセスマンのオープニング『爆裂ヒーローアクセスマン』を入れた。その後三時間にわたって僕らはアニソンを歌い続けた。



 一般コスプレイヤー募集開始の日、募集のページに意気揚々とアクセスしたが回線はパンパンだった。一時間たっても繋がらず、もし参加できなかったら蚊帳の外ではないかと焦った。二時間たってようやく入れ、エントリーを始めた。名前、住所、電話番号、職歴などを書き、下にスクロールすると写真データ添付欄がある。コスプレ予定の恰好を送れとのことだ。困ったことに写真なんて用意していない。考えた僕は一度パソコンを切り、いそいそとコスプレショップへと向かった。



「だからぁ、僕は明子さんになりたいんですよ!」

「いやいや、お客さん無理でしょ?」

「無理じゃないです、なれますぅ!」

「明子さんにもイメージってものがあるからね」

「そんなのおじさんが決めることじゃないでしょ!」


 さっきから店員のおじさんと押し問答だ。明子さんになりたいと言っているのだが全く聞き入れてもらえない。そのおじさんはコスプレ歴三十年の強者らしい、宇宙提督シャバーニのコスプレは悔しいがよく似合っている。


「お客さんさあ、その人にはその人にマッチするコスプレってものがあるんだよ。おじさんも明子さんは好きだよ? でもしない、するべきじゃないと思ってる。どうしてだか分かるかい?」

「さぁ」

「自分のコスプレを見る相手に対する思いやりってのが必要だからさ」

「思いやり?」

「キミがそういう恰好するのは自由だよ? でも見た人はどうだい? 必ずしも心地いいものではないでしょ?」


 僕ははっとする。男の僕が明子さんのコスプレをするのは要するに気持ち悪いという事だろうか?


「男女差別する気ですか!」

「いやいや、男でも似合ってれば言わないよ。でも、キミはねぇ」


 そう言ってぷぷっと笑う。オレは絶望感に苛まれた。


「でも、パレードに参加が……」

「あー、何かほかに好きなの無いの?」

「アクセスマンが……アクセスマンが好きです」

「ホラッ、いいのあるじゃないの。あるよ、アクセススーツ。それなら売ってあげる」


 客に売るものを選ぶ店。他の店に行けば明子さんグッズは売ってもらえるかもしれない、でも多分似合わない。そうなるともしかしたら書類選考で落とされるかもしれない。結局、不貞腐れながらおじさんの出してきたアクセススーツを試着することにした。


 ピッタリしていて中々着にくかった。厚いゴム製、おじさんが「それは純正品だからね、クオリティも高いよ」と更衣室の外から声を掛けてくる。苦労して頭まですっぽりスーツを被り僕は鏡を見る。見惚れた、カッコイイではないか!


 結局僕はそれを購入した。二万円と高かったが必要経費なので仕方がない。また着るのが面倒なので、持ってきていたカメラで提出用の写真を一枚そのままの恰好でおじさんに撮影してもらった。


 帰って再びサイトにアクセスする、今度はすんなり繋がった。添付ファイルを付けてしっかり確認する。うん、大丈夫。エンターを押すと受付完了しましたとの文字。発表は今月末。僕は背伸びするように倒れた。部屋には西日が差し込んでいた。

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