第5話 カメラと僕

 セイバーたちに会う二日前のこと、僕はにんまりとして買い物をしていた。理由は一つ、お化けの明子さんのイベントに見事当選したからだ。整理番号九四二三番、何度も通知画面を見たのですっかり覚えてしまった。今年は前評判が高く、以前より明子さんの色気がパワーアップしていて入浴シーンや浴衣姿があり、とにかく萌ええ~なのだそうだ。お化け屋敷としてはどうかと思うが明子さんファンとしては非常に気になるところである。


 明子さんには細かな設定があって年齢は十七歳、高校に通いながら実家の経営するアキバマートで次期社長を目指して働いているそうだ。おすすめ野菜はパプリカ、トマト、キュウリ、キャベツ、ニンジン、カリフラワー、ズッキーニとにかく何でも好きだそうだ。週三でヒレステーキを二キロ食べる大食漢で「お肉はパワーの源!」が座右の銘らしい、この辺りにも消費者に出来るだけ買わせようという店側の意図が見え隠れするがまあ、それに乗ってやらんでもない。と、パプリカとステーキをかごに入れる。


 店には以前買ったビールコップの他にたくさんのPB商品というものが存在する。わかめスープ、ふりかけ、ヨーグルト、牛乳、その他たくさんある。僕は明子さんの印刷があるコーンフレークをかごに入れる。PB商品は安いうえに明子さんの顔がシールなり、パッケージなりに印刷されているので手に取るファンは少なくないそうだ。


 買い物をしていて一番うれしいのはポイントカードだ。エディ付きのカードで現金がチャージが出来ると「チャージ終わったよ!」と明子さんが声を掛けてくれる。いつまでも取らないで置くと「忘れてない? ちゃんと取ってよ!」とプンスカ怒り出す。それが聞きたくて人が後ろに並んでいない時はわざと取らずにいる。


 買い物が終わり、近くのジャズ喫茶に立ち寄る。流れているのは何とアニソンじゃない。アキバのくせ……にと思うかもしれないが、アキバではアキバらしくない物、例えば菊尾さんの所のような古風な店だったり小説だけの本屋だったりナチュラルな雑貨店だったりが僅かではあるが確かに存在していてアキバに疲れたアキバ国民を受け止める小さな受け皿となっている。


 気取り過ぎてない落ち着いた店内、柔らかなオレンジの光、古めかしいソファ、どれもがしっくりくる。ウェイターが来たのでいつものモカを注文する。ウェイターもただのおじさん、気合いが入ってなくて好きだ。モカが来ると甘党の僕は砂糖を三つ入れた。スルスルとかき混ぜる。飲む前に香りをふた吸い、いつもながらなんて芳醇な香りなんだろうとため息がこぼれる。


 半分ほど飲んで落ち着いた僕はやっぱりスマホを確認する。大丈夫ちゃんと当たってる。日付を確認する。ちょうど今日から二週間後、ああ、待ちきれない。それよりも前にセイバーたちと会う約束があるがそれはすでに忘却の彼方だった。写真も撮りたいな、とふと思う。スマホでもいいけど画質がな、と。おいおい、ここは秋葉原だぜ。カメラくらい買えよ、と誰かが囁く。僕はその足でドデカカメラへと直行した。



 アキバに住んでいるというのにカメラ屋に来たのは初めてだった。もしかしたら東京タワーに行ったことのない東京人や通天閣に行ったことのない大阪人、金閣寺に行ったことのない京都人、海で泳いだことのない沖縄人と一緒なのかもしれない。


 広くて高い二階建ての店内にはこれでもかとカメラがずらりと取り揃えられていた。予備知識のないまま来たので何が何だか分からない。コンデジ(コンパクトデジタルカメラ)があって、ミラーレスカメラがあって、一眼レフがあって……くらいは知っている。でもそれだけだ。とりあえず売り場を眺め歩く。すぐに値段に目が行ってしまう。五万秋葉円、四万秋葉円、五万秋葉円、結構高い。さすがな価格なので日本国持ちにするのは気が引ける。ちゃんと自費で購入するするつもりだ。それだけに選択が慎重になる。どの種類のカメラを買おう? 迷っていると男性店員がやって来た。


「お客様、どんなカメラをお探しでもす?」


 何だろう、語尾にちょっと癖がある。


「初心者でも使いやすいのがどれか分からなくて」

「それならこれがおすすめでもす。明子さんガイド付きミラーレスカメラでございもす」


 明子さんガイド付きだとおお! すぐそれを手に取り撮影を始める。天井をパシャリ、床をパシャリ、商品をパシャリ、取るたびに明子さんが「そうそう、いい感じ」「上手ねぇ」「もうちょっと寄って」と喋る。悪くない、中々悪くない。まあ、要検討だなと棚に戻す。


「コンデジだとどのタイプがおすすめですか?」

「あ~、それなら。これなんかおすすめでもす」


 渡されたのは何の変哲もない黒色のカメラだった。価格は三万九千秋葉円、コンデジの割には結構する。試しに撮って見る、当然明子さんはしゃべらない。扱いやすいのだが、何だか物足りないなぁと。もう一度明子さんカメラを手に取る。パシャリ、パシャリ、明子さんは撮るたびに褒めてくれる。やっぱりこっちがいいな、こっちにしようかなぁ。何事も即決出来ない僕は「検討してみます」と店員に告げその場を離れた。その後、ゲーム売り場やパソコン売り場を冷やかして電池だけ購入し店を出た。


 後日、僕は後に見た方の黒色のコンデジを購入した。え、明子さんカメラ? 実は帰宅してすぐ明子さんカメラの口コミをネットで調べたのだがその評判は散々なものだった。いいのは明子さんの声が聞けることだけで、実際はすごく使いにくいだの、充電があまり持たないだの、画質が大したこと無いだの悪評が多かった。それにミラーレスカメラは技術が卓越していないとあまりいい写真は撮れない、との書き込みを見つけた。そんなわけで結局手元には地味な黒色のコンデジがある。しゃべらないけどね、明子さんしゃべらないけどね、まあいいやと思う。


 せっかくなのでカメラを持って外に出ることにした。基本的な使い方くらいはマスターしておかなくては当日いい写真が撮れない。幸いアキバには被写体がたくさんいる。練習にはもってこいだ。


 まずは近所の公園に向かった。子供がたくさんいて結構賑やかだった。意外にも遊具は普通の物、キャラクターものは一つもない。子供を毒さず育てようという願いが垣間見える。それほど悪い国でもないのかもしれない。僕は遊具や隅に生えた草花を撮った。撮っていると小さな女の子がやって来て、


「おじちゃんなにしてるの~?」とカメラを覗き込んだ。


 おじさんではないっ! と思ったがそれは言わず、


「おじちゃんはね、今お仕事中なんだ。邪魔しないでね~」と。

「それカメラぁ? みせて~」


 買ったばかりのカメラを壊されては堪らない。仕方なく「そうだ、おじちゃんが写真撮ってあげよう」と申し出る。女の子はまんざらでもない様子でポーズを取り始める。その子を撮っていると友達らしき子がやって来た。


「えまちゃんなにしてるの~?」

「しゃしんとってもらってるの」

「みゆもとって~」とねだる。めんどくさいことになった。2人を適当に何ショットか撮り終えると


「はーい、終わり。おじちゃんもう疲れたからね」と告げ無理やり終わらせる。2人はありがとうも言わずに、遊んでいる子たちの輪の中へと戻っていた。


 僕はベンチにもたれて空を見上げる。アキバの空は狭い。高層ビル街が立ち並び狭い国土の中はすし詰め状態。こういう公園だけが何もない空を教えてくれる。僕はカメラを構えスッとシャッターを切った。パシャパシャ、壊れたように空ばかり撮り続けているとまた子供がやって来た。


「かめらやのおじちゃん、しゃしんとってください」


 男の子がこちらを上目遣いで見ている。訂正しておこう、僕はカメラ屋でもなければおじちゃんでもない。


「おじちゃん疲れたからね、またあとでね~」

「とってよ、とって、とって、とって~」


 男の子が僕の腕をゆさゆさと揺らす。親は一体どんな教育をしているんだと半ば呆れながら「じゃあ、一枚だけだよ」とファインダーを覗く。するとファインダー越しに砂場から駆けてくる子供たちの姿が見えた。やっぱりめんどくさいことになった。子供はわらわらと集まり気が付けば僕の座っているベンチの前に行列が出来ていた。仕方なくベンチを明け渡し被写体を座らせる。「一人一枚だからね~」と告げて。


「あーあ、いいねいいね! スカートのすそ持ってみて。はい、それ広げて」

「うん、可愛い可愛い」

「帽子ちょっと右にずらして。はい、そこでオッケー、撮るよー」


 夢中で指示を出していると後ろからポンと肩を叩かれた。振り返ると警察官がいた。


「子供ばかり撮影してる怪しい男ってのはあんただな?」


 僕は職務質問を受けた。人生で初めてだった。記念すべき不名誉とでも言っておこう。


「違うんです、子供たちに撮ってほしいって頼まれて」


 僕のするたどたどしい言い訳を警察官の後ろで母親たちが懐疑的な目で見ている。通報したのは彼女たちだろう。


「ちょっと、カメラ見せてみなさい」


 警察官がそう言うので仕方なく渡した。警察官は指で画像を繰りながら確認している。


「ったく子供の写真ばかり撮って。あんた変質者かい?」

「違います」

「近頃は小児性愛者何て人間もいるだろう? 親御さんも気が気じゃないんだよ」

「子供たちに撮ってって言われたから撮ってただけです」

「そうかそうか、うーん……おやっ? よく見ると中々よく撮れてるなぁ。これ何? パワーシャッター?」

「はい、そうです。買ったばかりで……」


 だから、壊さないでほしいと仄めかして。


「これ、私も欲しかったんだよ。いくらだったの? 5万? 4万?」

「ほぼ4万です」

「あー、やっぱするねぇ。使い心地はどう?」

「いいですよ、すごく」

「へええ、私も今度ボーナス出たら買おうかな」


 職質はどうなったんだろう、とは聞かない。警察官は一頻り画像を確認すると「僕にも撮らせてよ」と言い出す始末。まあ、叱られるよりいいかと簡単な操作方法を教えて自ら被写体になる。


「はーい、撮りますよー、はいチーズ!」


 パシャ。


 その後僕は何の注意も受けることが無いまま解放された。無性に疲れていた。カメラの中は使えもしない画像でいっぱい。もはや街でコスプレイヤーを撮る気力はなかった。


 疲れた僕は癒しを求めて菊尾さんの店へと向かった。

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