第30話 アキバ解体
日本国民同士で争うことがこれほどに悲しいとは。戦場は乾いて土煙が頬を撫でる。こぼれる涙は止められず、頬の上で筋となる。俯き、土を握りしめていると声がした。
「キャッスルーーーー」
驚いて振り向くと遠くからたくさんのアクセスマンが駆けてきた。
「みんな……みんな……みんな」
二、三十人はいるだろうか。みんな本家アクセススーツを着てこちらを覗き込んでいる。
「大丈夫か! キャッスル!」
この声は菊男さんだ。
「泣いてる場合じゃないぞ、戦いを止めなくては」
これはホクトの声。傍にいる小さいのはオコジョか。
「さあ、立ち上がって。みんなで歌うんです。アクッセス!」
「アクッセス!」
「アクッセス!」
「我らがヒーロー、アクセスヒーロー、アクセスマンー!!」
心の中に満ちる勇気。仲間がいることがこうも心強いとは。段々と力が湧いてきて背筋が伸びていく。立ちあがり腕を振りながら全員で大合唱、半ば叫ぶような形で力の限り歌いあげる。
僕には歌うことしか、正義を叫ぶことしか出来ないのだから。無我夢中で腕を振っていると不意にポケットの中のスマホが震えてドキリとした。もやっしーからだった。
『死にたいのか、キャッスル! 今すぐそこをどけ!』
「いいや、引くわけにはいかない! アクセスマンは正義のヒーローなのだから」
『正義のヒーローだと!』
「今すぐ戦いを止めさせるんだ! 止められるのはもやっしー、キミだけだ!」
『そんなこと……』
「もやしまんは平和を愛する平和の使徒ではなかったのか!」
『……』
「今戦えば多くのアキバ国民が犠牲になる、多くのオタクが犠牲になるんだ!」
『キャッスル……』
「アクセスヒーローはたとえこの身が果てようとも屈しない!」
これはアクセスマン第三十七話『正義のための戦い』でピンチに陥ったアクセスマンがアクセスガッツとともに決めた名台詞だ。僕は続ける。
「人生はいつでも切り開くことが出来る、キミに覚悟さえあれば」
これはアクセスマン第四十五話『アクセス散る』で学校に行けない子供に対してアクセスマンがアクセスガッツととも送った名台詞だ。
「人生とは常に戦いであり……
「もういい」
次なる名台詞を述べようとした時、それをもやっしーが遮った。
「……もういいんだ」
「……」
「……キャッスル、僕は……」
「もやっしーよ。友として願う。オタクのために、この国のために最良と思える決断をしてほしい」
「……」
最後のは本当の友としての忠告。少しの沈黙の後電話は切れた。その後静かな戦場で三十分両軍がにらみ合った。僕らは戦場のど真ん中で耳を研ぎ澄まし戦場の声に耳を傾けた。舞う土埃とはためく両国の国旗。変化の無いまま過ぎ去る時間は永遠にも感じられた。
ダメか、と諦めかけた時、アキバ軍の先頭の戦車から人が出てきてついに白旗を振った。降伏。それがもやっしーからの勅令であったことを僕はあとから知った。
その晩、アキバは日本国政府からの要請を受け入れ、後日、日本で首脳会談を開くことが決定した。そして僕はもやっしーの配下としてそれに同席することとなった。
◇
首脳会談に向かうもやっしーの背中は小さく見えた。この青年が一国を牛耳っていたのかと思うと何だか情けなくなる。
「そんなに落ち込むな。一国の国家元首がそんなことでどうする?」
彼を励ましリムジンへと乗り込む。僕らは向かい合って座り、会話もないまま窓の外を眺める。色めいたアキバの街をすぐに抜け日本へと入る。日本に入るとリムジンは白バイと護衛車両に囲まれて会談場所へと向かう。
僕は持ってきていた仮面をそっともやっしーに付けようとした。するともやっしーは落ち込んだ声で「処刑されるかな?」とぼそっと呟いた。「大丈夫だ、心配するな」とだけ伝え仮面をつけてやった。
彼の処遇がどうなるかは分からなかったが素顔をマスコミにさらさせたくはなかった。もやっしーは小さく「ありがとう」と言った。
到着すると思っていたより陰鬱な空気はなく、皆が歓迎してくれているように感じた。たかれるフラッシュに臆せずもやっしーは出迎えた首相と握手を交わす。少しの言葉を交わしたあと、マスコミから逃げるように建物の中へと招かれた。
歓迎の態度とは一転、総理の態度は強硬なものだった。
「アキバは国家ではありません。日本の一都市です。お認めになりますね?」
直接会って感じた所見だが穏やかな笑みの向こうに鋭い眼光を秘めた極めて思慮深い人物のように思えた。
「馬鹿にしているのか!」
苛立つもやっしーをよそに総理は秘書に持たせていた一冊の本を受け取った。
「これはあなたの書かれた作品ですよね? 読ませていただきました」
「!」
もやっしーは目を見開く。それは僕が総理に送ったもやしまんの同人誌だった。
「宇宙の果てからやって来たもやしまんが奮闘しながら仲間達と地球を守る素敵な作品のようにお見受けしました」
「……」
「もやしさん、これまで日本を支えてきたのはオタクだという事を知っていますか?」
「?」
「コンピューター、自動車、映画に建築、テレビ、様々な分野でオタクが活躍してこの国を作ってきました。日本はオタクの国なんですよ。あなた方の国なんです」
もやっしーの目が見開かれる。
「今……何と……」
「日本はあなた方オタクの国だと申し上げました」
「……」
一瞬もやっしーの瞳が潤んだかに見えた。
「我々にはあなた方オタクが必要なんです」
「い、要らないと言っておきながらなんだ! 今度は必要だと、ふざけるな!」
もやっしーが立ち上がり涙声で叫ぶ。声は震えている、たぶん精一杯の強がりだろう。
「そんな詭弁に乗るものか! 僕は……」
総理は僕の願いを言ってくれた。オタクは日本に必要。もやっしーが心の底から望んでいた言葉。なのにこの期に及んで抗い、総理の言葉を無下にするつもりかと僕はだんだん腹が立ってきた。
「いい加減にしろ! もやっしー!」
たまらずそう叫ぶと僕は全力でスーツを脱ぎ始めた。その場にいた全員が「はい?」という顔をしていた。
「キャッスルお前……!」
脱いだ服の下からはアクセススーツが露わになる。颯爽とマスクを被りアクセスポーズを決めて声を張り上げる。
「貴様はアキバ国民である前に日本国民だ! 日本人たる誇りを取り戻せ!」
指をビシッと伸ばして決め台詞。
「ゆくぞ、アクセスキーーーック!」
助走をつけ華麗に宙を舞いアクセスキックを繰り出す。それをもやっしーは避けずに真っ向から受け止めてくれた。
「うわあ、うわあ、うわあ」
アクセスマンにやられる敵キャラのように声にエコーを掛けながらソファへと倒れ込むもやっしー。これは愛の鞭、僕らの友情の証。周りの人々は「どうした?」という顔をしていたがもやっしーにだけは僕の思いがちゃんと届いていた。その証拠に彼はむせび泣いていた。僕もマスクの下で泣いていた。
◇
会談の結果、もやっしーは国を解体することを受け入れ、こうして三年半にわたるアキバ帝国の栄華は崩れ去った。もやっしーを動かしたのは僕のキックであったか首相の言葉であったかは分からない。
ただ、言えるのはもやっしーが自分は日本人だと認めたということ。公式ホームページで国の解体を宣言し、「おまいらはみんな日本人だ」とのメッセージを発表した。
がっかりしたアキバ国民もいただろうし、中には喜んだアキバ国民もいたはずだ。アキバの国内外から皇帝をねぎらう大量のメッセージが書きこまれホームページの回線はすぐにパンクした。いかにもアキバらしい最後だなと思った。
やがてアキバはただの秋葉原に戻り、去った人々は緩やかに戻りはじめ、街も徐々に活気を取り戻した。何事もなかったかのように人々の間に平穏が訪れた。
もやっしーは罪に問われたのか? 通常なら彼は国家反逆罪で捕らえられるところだろう。しかし、総理は彼を裁くのであればアキバに傾倒していた全ての人々を裁かなければならないとし、これを拒否した。懐の広い寛大な処置だと思う。
無罪放免、その代わり交換条件として日本人としてしっかり働くことをすべての旧アキバ国民に突き付けた。
そして、当の僕は自衛隊に戻るも骨身に染み付いたオタクとしての習慣が抜けずにいる。休みにはオコジョと秋葉原へ赴きコミケにも行く。アキバにひっそりと暮らすもやっしーとも時々会っている。
もやっしーはもやしまんを書き溜めてはバイトで稼いだお金で自費出版している。皇帝であった頃より経済状況は厳しいがそれでも趣味だから続けたいのだそうだ。
「売れないね……」
僕はたくさん積まれたもやしまんを見てそう呟く。
「趣味だからいいんだ」
そう言うもやっしーの横顔は晴れやかだった。
いつか、もやしまんが世界を救うその日まで僕らのコミケ通いは終わらない。
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