第26話 あけまして

 年が明けてようやく自衛隊の潜伏員が増員された。待望の出来事に胸が躍った。僕とオコジョはすぐに彼らと連絡を取り和風カラオケ『炉八』で待ち合わせた。そこで待っていたのは予期せぬ数年ぶりの再会だった。


「おまっ、坂本じゃないか! 数年ぶりだな!」


 待ち合わせの店前で見知った顔を見つけ、思わず僕は破願して肩を叩く。


「北本か、久しぶりだな!」


 坂本が懐かしそうに声を上げる。北本と言うのは僕の本名だ。そう坂本は防衛大時代の同期、こうして顔を合わせるのは久方ぶりだった。しかし、坂本の変貌ぶりは凄まじく、ぱっと見では分からないほど。

 顔はふっくらして、少し伸びた髪、荒い着こなしの上下デニム、よほどの訓練を受けたらしい。改めてオタク養成訓練の恐ろしさを思い知らされた。


 全部で十五人なので例の如く大部屋をとった。メニューを閉じながら「正月明けなのでみんなで雑煮でも注文して……」と言ったところ新入りの一人、ボルシチが苦言を呈した。


「正月だから餅ですか、いい気なものですね」


 不敵に笑っている。


「貴様、どういう意味だ!」


 僕は声を荒げた。しかし、ボルシチは態度を崩さない。


「先輩方はこの半年何をやっておられたのですか?」

「!」


 核心をついた言葉に声を失う。コミケ通いを続けていたなど到底言う事が出来なかった。


「キャッスルさんの場を少しでも和まそうという気持ちが伝わらないんですか!」


 溜まらずオコジョが言い返す。


「慣れ合いなど結構! 我々に必要なのは成果です」


 言い返す言葉がなかった。場が凍る。僕はあくまで今日は新年会も兼ねた和やかな会合にするつもりだった。彼の言葉はそんな僕の甘い考えを打ち砕いた。


「ボルシチ、我々はアキバに来てまだ日が浅い。ここは先人に倣うべきではないのか?」


 坂本が助け舟を出してくれた。しかし、ボルシチの態度は崩れない。


「今日ここではっきり宣言していただきたい。半年以内にアキバを必ず日本に取り戻すのだ、と。そう宣言出来ないのであれば即刻日本にお帰り頂きたい!」

「いい加減にしろ!」


 声を荒げるオコジョを片手で制し頷く。


「約束しよう、……半年以内にアキバを日本に取り戻す」


 ボルシチは満足したのか頷いて「雑煮くらい食べますよ」と言った。


 結局、お雑煮を食べたが味などしなかった。ボルシチの指摘通り僕らのここ半年の成果はもやっしーと親密になったことと数人の同人誌作家と知り合いになれたこと、決して大手を振って言えるものではなかった。 





 しょんぼりして自宅に帰るとコタツでホクトが寝ていて寝ぼけ眼で「おかえりー」と言ってくれた。実は今日の会合にホクトも誘ったのだが彼は誘いを断った。一度自衛隊とは一線を画した身、そうやすやすと仲間に入れてくれとは言えないねとのことだった。


 彼はハードな日々を送っている。慢性的に疲れているのだろう。だから気を使ってそっと寝かせてあげようと思ったのだが、顔を見て「何かあったのか?」と声を掛けてくれたので、会合での出来事について一部始終話した。


「気にするな。俺だって大した成果はない」


 ホクトが珍しく優しい言葉をかけてくれた。


「しかし、我々は血税でここに居るんだ。少しも成果を出さないわけにはいかないだろう」

「じゃあ、いいものやるよ」


 ホクトがポケットから取り出したのは……くしゃくしゃのパンフレット? だった。広げてみる。


「これは……」


 アキバ皇帝の公邸のパンフレットだった。公邸は庭園の一部を一般公開していて観光客が見学できるようになっている。


「昨日行ってきたんだ。まあ、またテロを起こす気なんてないが何かの参考にはなるかもしれない」

「ありがとうホクト」

「ん」


 ホクトは頷くとすぐにまた寝てしまった。僕は翌日オコジョを伴って公邸見学へと出かけた。



       ◇



 入園料は一人千秋葉円とお高めだった。入り口でお面の類は外してください、と言われてドキリとした。二人してマスクを首まで降ろし準備していた白塗りの顔を見せると警備員はじーっと睨みつけた後「行っていいですよ」と言った。


 以前雑誌のシロクロで見た庭と同じなのだろうがフルカラーだと訴えかけてくるものが違う。綺麗に刈られた芝生、枯葉の多い時期だというのに木葉は丹念に拾われて一枚もない。スプリンクラーで水やりしてその間をハリネズミが走っている。ウサギにモルモット、アルパカまでいる。


 そして圧巻はオレンジジュースの川。『飲まないでください』という立て看板があったが屈んで少し飲んだ。そっと広がる酸味、もう一口飲もうとしたら係員がやってきて止められた。


 何台かパンダの乗り物があって百秋葉円入れると乗れるようだ。オコジョが嫌がったので仕方なく僕1人だけで乗ることにした。アクセススーツを着た白塗りの怪しい人物、ガッツポーズを決めるとオコジョは周りの目を伺いながらそれを写真に撮ってくれた。


 少し歩くと池があった。池には何とスワンボートがあった。皆で乗ったな、楽しかったなあと思う。折角だから乗ろうと近づいたがスワンボートは故障しており乗ることが出来なかった、残念だ。


 楽しいが今日はあくまで偵察、入り口で貰ったパンフレットを広げて気が付いたことを書き込んでいく。庭を見ながら時折邸宅にも目をやる。窓は恐らく防弾仕様、登って二階に踏み込めそうなところはない。玄関前には警備員二人が居て庭をかなりの数の警備員が巡回している。その間隔は数えるに五分単位。ここでテロを起こすことはまず難しいと考えられる。


 ホクトの言った通り参考にはなったがそれはここではテロを起こせないということだけ。考え込んでいると歓声がわあっと、あがった。


「皇帝だー!」


 予期せぬ出来事だった。皇帝が二階の窓から顔を出したのだ。一瞬、期待してカメラに手を伸ばしたがお面をつけていたため素顔は分からなかった。


「餅投げ始まるぞ!」


 近くにいた観光客が意気込んだ。思わず身構える。皇帝が勢いよく餅を投げた。大きな曲線を描いて芝生の上へと落下する。拾おうと思ったが外国人の観光客に奪われる。しかし、おかしい。物体は餅の割に大きい気がする。オコジョが背を伸ばして運よく一つをキャッチした。


「見てください! キャッスルさん!」


 オコジョが慌てて僕を呼ぶ。オコジョがキャッチしたのは餅ではなく……、


……ビニール袋入りのもやしだった。

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