第26話 ジャック 3-1

 ジャック 3


 ホテルに戻ってからずっと調査にかかりきりだったジャックに手紙が二通届いた。片方は差出人の部分にエミール・モースの名前。もう片方はベルトランから。

 ジャックは先にベルトランの連絡から封を破った。中には二枚の便箋。そこに書かれていたのは、調査を頼んでいた市長補佐官のマルセル・バルドーについてだった。椅子に座りっぱなしで硬くなった体をほぐすつもりで窓際をうろつきながらそれに目を通す。

 氏名、家族構成、来歴──なかなかに悲惨。

 元鉱夫である点はベルトランが最初に述べていた通りだったが、その経緯は少年のおりに親に売り払われたというものだった。その後に十年かけて自分の身柄を買い戻すと、なんとその足で州軍に入隊している。しばらく兵隊を家業を務め上げたあとは、結婚して二子をもうけ、すぐに都市の職員として働き始めたようだ。

 ひとつだけ付け足された注釈が目を引いた。身柄を買い戻したのくだりに、いったいどうやって金を用意したのか、という疑問が書き加えられている。鉱夫の賃金は安く、十年程度では足りるはずがない、と。まっとうに働いていたのでは、金が貯まる前に事故や鉱毒で死ぬのが常であるとも書かれている。

 ジャックは便箋を懐に仕舞った。ふと目をやると、外はすっかり暗くなっていた。空にはもう月が出ている。ただし、街全体から立ち上る排煙で星は見えない。外出するには遅すぎる時間帯だった。初日に痛めつけられた嫌な記憶が甦る。

 次はエミールの報告書を読み上げる。そこには次のように書きなぐられていた。

 テッド・ラッセル(注:先日死んだ呑み屋)の抱えていた職人が謎の死を遂げているのを発見した。当被害者は盗掘においてラッセルと協働しており、また殺害の手口の類似性から、先日の事件と関りがあると睨んでいる。そのため、ローランと合流して、関係者の聴取にあたる予定だ。事件の全容をつまびらかにすれば、それに付随して裏で行われていた犯罪も白日の下にさらされる筈であり、貴兄の目的を達成する一助になるものであると信じている。

 鼻で木をくくったような彼の態度をそのまま書き起こしたような文面。恐らくはそれを取り繕おうという気も無い。警察での仕事ぶりが目に浮かぶ。

 もしこれが連続殺人なのであれば、被害者は確か三人目のはずだ。街娘、小悪党、そして新たに見つかった職人。たった数日という短期間に、関連性ありと思わしき人物たちが立て続けに殺害された。エミールでなくとも怪訝に思うだろう。

 裏面に追伸──遺体はローランと面識があり、先日、殺されたと思わしき時間帯に家を訪ねたとのこと。要らぬ詮索を避けるために匿名で通報の体をとっているが、いざこざの火種になる可能性については留意してもらいたい。

 ジャックは手紙を二つ折りにしてテーブルの上に放った。仕事に目途がついた段階でローランにはさっさと姿を眩ましてもらった方がいいかもしれない。「よくもまあ、次から次へと厄介事を呼び込めるものだ」

 ジャックはエミールの入れ知恵で手に入れたフレッソン産業の帳簿の写しに視線を戻した。物品とその数、運ぶ先、仕入れの時の代金、売り払った際の値段──卸売りの台帳。主に鉄を扱っているらしい。

 これを本当に軍隊が主導で行っているのであれば──ジャックの感性からすれば恥ずべき行為でしかなかったが──ここの連中にとっては軍人が金儲けをするなど日常茶飯事であり、慣習としてまかり通っている以上、今更その程度を槍玉に挙げたところで誰の失点にもならないだろう。

 ジャックは視点を変えるために自分が悪巧みをする側に回ったつもりで考えた。荒事ならともかく、こちらの方面なら専門だ。なにしろ過去に州軍に籍を置いていたときはそういった任務ばかりを手がけていたのだから。

 色々と案が沸いてくる。まず最初に思いついたのは、軍需物資として運んで関税を誤魔化すというものだった。輸送隊は出発時と到着時に目録と突合させて物品を検める手筈になっている。担当者、あるいは責任者、またはその両方で確認を行う。逆に言えば、彼らさえ見過ごすならばもうほとんど成功したようなもので、土地柄や国が変わってもこの段取りにそう違いがあるとは思えない。

 この都市で最も多く扱われているのは鉄鉱石で、これの税金は馬鹿にならない額に上る。できるなら密輸したいと考える人間はいるはずだ。だが、鉄は大量に消費される関係上、運ぶとなるとひどくかさばる。不純物が混じった状態ともなればなおさらで、つまり大掛かりな輸送になってしまう。となると、隠れてやるのは難しく、必然的に多数の人間を抱き込まなければならない。

 もし鉄の密輸などというある意味馬鹿げた犯罪が本当に存在していたとして──そもそも摘発できるか。

 軍はこの件での摘発を許容しないだろう。関わっている人数が多すぎる。州政府はどうか──おそらくこちらも抵抗するに違いない。そのような大規模な取り引きを把握していないはずがない。片棒を担いでいる人間が各方面にいる。では、中央政府は? これほどの醜聞だ、涎を垂れ流すに決まっている。しかし、彼らが自分の安全を完璧に保障してはくれるかどうかはすこぶる怪しい。結局はさじ加減の問題だった。

 他に扱っているのは宝石、それと少量の金銀。これらは鉄に比べれば量は微々たるものだが、決して少なくない金額が動いていた。ジャックは素早く方針を固める。

 主要な産出品に関してはあまり深入りし過ぎず、軍幹部や議員の名前が数人出るくらいの調査で済ませて相手方の顔色を窺うに留める。それ以上はこちらの命が危ない。それ以外は徹底的に追う。金や宝石であれば少量でも利益が見込めるし、嵩張らないで莫大な利益が出るとなれば、小人数でも事に及ぶはずだ。軍側が尻尾切りでそういったグループの首を差し出してくれる可能性だってなくはない。

「しかし、密輸か」

 ジャックは広すぎるホテルの部屋をうろつきながら独りごちる。

 何故そうする必要があるのか。重大な犯罪を犯すのだから、それ相応の理由があることは間違いない。税金を誤魔化して差額を儲けるため──それもあるだろう。他の理由は? 禁輸措置をされている場所で高く売る、あるいは、出所が怪しく近場では取り引きができない物を遠くで売り捌くため。

 例えば──盗掘された品。

 奇妙なことに、自分の仕事を進めれば進めるほど、まったく無関係であるはずの殺人事件が絡みついてくる。そこで不意にジャックの思考が明瞭になった。三つの殺人を一連の事件と考えるエミール。襲われたローラン本人が疑問に思うほどの奇妙な襲撃事件。今までの報告と見聞きしたものがジャックの頭の中の歯車を噛み合わせる。

 ローランをおびき出した人物は、のこのこついて来た彼を仲間に襲わせた。人気はなかったらしいので、確かにそういった行為に向いた場所ではあったのだろう。しかし、ただ襲うことだけを目的とするならば、近場でも十分に事足りたはずだ。この街には人目につかない路地などそこかしこにある。

 あまりに作為的な行動──何故? わざわざ朝になれば人がやってくる場所に、怪我人、あるいは死体を置いていこうとした理由。

 想像できる答えはひとつだ。見つけて欲しかったから。つまり、襲撃は事件をでっち上げることを目的として行われた可能性がある。

 そうなると次にわきあがる疑問は一体誰に見つけて欲しくて盛大な狼煙を上げようとしたのか、だが、ジャックにはその答えが分かるような気がした。むしろ、自分だからこそ気付いたともいえた。

 引き付けたかったのは査察団の目だ。そもそも自分たちが政府より派遣されるという話は街中で噂になっているとベルトランが言っていた。そんな時期にわざわざ事件を装って騒ぎを起こそうとする──これは発見される事を目的としているとしか思えない。来訪直後に発生する殺人。興味を持って調べればこの都市で行われている盗掘、ひいては密輸という犯罪に行きつく。

 一体誰が、何のためにそう仕向けようとしたのか? その問いにも心当たりがあった。自らの推測の導き出した結論にジャックは腹のそこがずしりと重くなるのを感じる。

 悪事を白日の下に晒して摘発させるため、査察団を誘導しようと餌を撒いた。彼の発言が全て心からのものであれば、理由はそれだろう。

 つまり、エミールの追っている事件は、自分の来訪が引き金になって起きたということになる。

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