第22話 エミール 3-3
大部屋の自分の席から必要なものを持っていく。今までやってきた捜査について微細に書き記した数々の書類と情報屋の名簿──自らの衝動の軌跡。それが何をもたらしたかについては考えない。ただひたらすらに憎悪の消費に勤め続ける。
それから、クロードとフィリップを脅して密かにつくらせた、自分が外されてからの事件の資料。見逃しがないように何度も読み返さねばならない。
「おかしな成り行きになったものだな」
荷物を見繕っていたエミールの背中に、後ろに手を回したロカールが声をかけた。恐らくは査察団に引き抜かれたことを言っている。
「うまく取り入ったようだが、いったいどんな甘言を弄したんだ?」
エミールは徽章を預けた事を悟られないよう、左の胸元が相手に見えないようにさりげなく立ち位置をずらした。「私が使える男だってことを先方に少しちらつかせてみただけですよ。多少は役に立つと思われたようで」
冗談めかした態度のエミールを、ロカールは真正面から見据えた。「その点については昔から疑った事はない。周りからの評価はともかく」
エミールは一瞬だけ手を止め、それはどうも、とすぐに私物の整理へ戻った。「ところで、何かご用ですか?」
「念を押しておこうと思ってね。私が何を期待しているか分かるか?」
「ええ。もちろん」査察団に恩と媚を売って、見返りとして警察を守ること。エミールは笑った。そんなものは二の次。まったくの糞食らえ。
「いつも通り返事だけは満点だな」ロカールは深く息を吐いた。「まあいいさ、君が掴んだ好機だ、存分に生かすといい。最低限の仕事はやってくれるものだと期待している」
「では、失礼します」
それだけ言ってエミールは大部屋を後にした。他の人間の見送りや激励は無し──微かに聞こえるのは同僚の妬みと嫉み。まったくの清々しい気分。
廊下で待っていた二人がエミールに並ぶ。ジャックが言った。「こちらは話が万事うまくまとまった。君の方はどうだった?」
「こっちもまあ、つつがなく、といったところだ。それより、俺を使うにあたって何か条件を付けられたんじゃないか?」
「大したことはない。政府に提出する報告書には警察について控えめな表現を用いると約束しただけさ」
「なるほどね。標的が一つ減ったように思うが、いいのか?」
「その代わりに警察組織として積極的には査察に介入しないとの言質も取った。多少は報告書の文面を考えるのに頭を捻るだろうが、その程度だ。差し引き得をしたと言ってもいい取り引きだよ」
「そうかい」
「それで早速なんだが、君の知恵を借りたい。この街での主要な犯罪と聞いて、君なら何を思い浮かべる?」
エミールは足を止めた。窓に手を伸ばしてサッシを指でなぞる。真っ先に浮かぶのは普段見慣れた暴行や窃盗の類だったが、ジャックが求める答えはそれではないだろう。けちな犯罪ではなく、もっと大掛かりなもの。連邦法に触れるような違法行為──その証拠。
「密輸だな」
「そう考えたわけは?」
「良くも悪くもここには鉱業しかない。産出された資源にしろ、そいつを加工したものにしろ、金にするには結局別のところに運んで売り払わなきゃならないわけだ。となると、当然、数を誤魔化したりちょろまかす奴が出てくる」
二人の後ろを歩くローランが言った。「外には軍が検問を張ってるぜ?」
「だったら、ぐるなんだろうよ。確か都市外に駐留した州軍どもは一般企業からの依頼を受けて運搬に兵隊を出してるはずだ」
ジャックが険しい顔でこめかみを揉む。「……その、州軍に金を出してる企業の名前は分かるか?」
「そんなもの数多くある。だが──」エミールは髪をかき上げて遠くを見た。「ひとつ上げるとするなら、フレッソン産業ってところだな。そこが一番くさい。鉱山の運営業者から鉱石の買い付けをして、そいつを他所で販売している会社なんだが、確か、役員も含めて除隊した軍人を多く雇い入れてるはずだ」
ジャックが見下げ果てたといった具合に溜息をついた。「小遣い稼ぎではなく、軍そのものが金儲けをするための隠れ蓑というわけだな? では、私はそこの帳簿と名簿の写しを取ってくるとしよう。場所は分かるかい?」
エミールは手帳に住所を書いてページを千切った。「そう簡単に差し出すかね? 連中、難色を示しそうなもんだが」
「まあそうだろうね。だが、結局はこっちの要求を飲まざるを得ない。それだけの権限は与えられている。悪いが君はフレッソン産業周りで違法行為の証拠がないか調べておいてくれ」
「分かった」エミールがローランの方へ顎をしゃくった。「護衛を連れて行けよ? またろくでもない目に遭うぞ」
「身に染みたよ」ひきつりを起こしたようなジャックの笑み。
エミールは二人と分かれて警察の資料室へと向かった。すぐに終わらせる。そうしたら、次は自分の時間だ。
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