第23話 ローラン 3-1

 ローラン 3


 フレッソン産業の社屋からホテルまでジャックを送り届けたあと、ローランはロビーを出ながら自分のやるべき仕事を頭の中で整理した。大規模な犯罪が行われている証拠を掴む──そのために、先日粉をかけた連中へ探りをいれる。

 鉱夫連中は日中坑道で作業中のはずだろうと考え、ピーター・カソヴィッツの隠れ家に向かった。軍、犯罪と聞いて、ローランが真っ先に思い浮かべたのはあの男のことだった。立ち上げた事業が出だしからつまづき、路頭に迷う寸前──藁にもすがりたい気分に違いない。

「で、なんであんたまでついて来てるんだ?」

 肩越しに振り返った先には両手をポケットに入れて付いてくるエミールの姿がある。

「俺には俺の目的がある」

 ホテルに帰ったローランたちを、一足先に戻っていたエミールが大量の資料の書き写しと共に出迎えた。方々からかき集めてきた書類と格闘を始めたジャックを尻目に部屋を出たローランの後をずっと追ってきている。

「まあいいがね。こっちの仕事の邪魔はしないでくれよ」

 カソヴィッツの隠れ家の前までやってくる。ローランはボロ屋が倒壊しそうなほど強くドアを叩いた。

「いるかい? 昨日、一緒に金貸しめぐりをやった男だが」

 反応なし。聞き耳を立てる。何も聞こえない。ローランはエミールを引っ張り、足音を殺して離れた。向かいに並ぶ家々の隙間に入り込んで待つ。目をつむって、うたた寝でもするように。

 そのうち恐る恐るといった様子でドアが軋み、カソヴィッツが顔を出した。きょろきょろとローランがいなくなったことを確かめる。

 ローランは路地から躍り出た。それに気付いたカソヴィッツが急いでドアを閉めようとする前に、腕を伸ばして隙間に指を差し込み、ドアを無理やりにこじ開けて家の中へと押し入った。引き千切らんばかりの勢いでカーテンを開けて奥の窓からばたばたと逃げようとするカソヴィッツの上着の裾を掴んで床に引きずり倒す。

「本当にいるとはな。本業の方はどうした? 州兵ってのは随分暇らしい」

「今は休暇中なんだよ……それを、あんたが……」

 ローランは両手を涙ぐむカソヴィッツの肩に置いてなだめた。「そちらさんが事業をしくじったのは俺のせいじゃないだろうに。だがまあ、詫びってわけじゃあないが、あんたの仕事を手伝いに来たよ。確か、そういう約束だったよな?」

「よく言うよ。ふんだくるつもりなんだろう?」

「しないよ。誓ってもいい。なんだったら、最初はタダで引き受けてやるよ。証拠を出せって言われても困るがね」

 カソヴィッツの潤んだ目が泳ぐ。部屋には二人きり──助けはやってこない。やがてカソヴィッツが恐々とした様子で口を開いた。「じゃあ、その、組合の連中にうんざりさせられてる企業の警護なんかを」

「おいおいおいおい!」ローランは声を張り上げて続きを遮った。「そんなみみっちい仕事をしてどうなる? 丸一日体を張って、下手すりゃ単なる怪我じゃ済まないってのに、それでいったい幾らになる? あんただって、いつまでも自分の人生を安値で買い叩かせるつもりはないんだろう?」相手の方へと顔を寄せて耳元で囁く。「危ない橋を渡る予定だったんだろう? とぼけなくてもいいぜ。確か、言ってたよな、物を運ぶ手伝いとかどうとか。俺はこう見えて字が読めるし、記憶力だっていいんだ、あんたが大金で手に入れた名簿に書かれてた名前だってちゃんと覚えてる。ラファエル・ボナール、ユルバン・ブラック、パトリック・ユゴー、ウィリアム・カマラ」

「わかった、わかった、はっきり言ってくれ!」

 カソヴィッツが情けない声を出してローランを押し退けようとする。ローランはへらへらと笑い、肩を掴んで引き寄せた。

「そう嫌そうな顔をするなって、一緒に儲けようぜって事なんだから。実はな、俺の方でも金になりそうなでかいヤマに食いついてるんだ。盗掘の話さ」

 カソヴィッツがぴたりと動きを止めた。釣り針がかかった感触にローランがほくそ笑む。

「まだどれほどの値になるか分からんが、もう物は手に入れてる。そいつをあんたの持ってる経路で捌いてくれりゃいい。取り分は折半といきたいところだが、それは次からだ」

「儲けを丸々手放すって?」

「すぐに取り返せる。俺たちが組めばな」

 長く算盤を弾いていたカソヴィッツは、やがて決心した面持ちで顔を上げた。

「分かった。だが、先に現物をこの目で見てからだ」

「いいとも。すぐに持ってくる」

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