第35話 ジャック 4-1
ジャック 4
「座らないのか?」
壁際で腕を組んだままエミールは首を振る。「俺はここで構わない」
ローランはというと、絨毯の上に胡坐をかいたまま背中を丸め、頬杖をついて事態のなりゆきを窺っている。
ジャックはどこから話したものかと考えながら部屋の中を少し歩き、意味もなくテーブルの燭台の付け根の部分を触って、おもむろに切り出した。
「これは仮説だが、多分そこまで外れてもいないと思う。三件──いや、ギャレーが死んだから四件か、その殺人事件の黒幕はマルセル・バルドーだ」
エミールがにわかに殺気だった。喉を蠢かし、自分の腕を音が出そうなほど強く握り締めている。
「順を追って話そう。これは恐らく連邦政府の決定……つまり、我々査察団がこの都市を訪れたことが引き金を引いたのだと思う。来訪の名目は不法行為の調査だが、本当の目的は都市を二つの州から取り上げることだ」
「取り上げる? どういう意味だ?」ローランが言った。
「地方政府から統治権を奪い取り、連邦政府の直轄地にするということだ」
苦笑いのローラン。鼻で笑うエミール。眉唾といった様子の二人にジャックはきっぱりと言った。
「君たちの反応はもっともだ。そうすんなり行かないだろうということは連邦政府側も理解している。大雑把な計画としては、こうだ。二つの国がこの地の豊富な地下資源を求めて争っていた。ここはかつての最前線で、二つの陣営が存在していた。そういった経緯から、この都市は連邦化されたおりにも二つの州に分割されたままだ。表立ってこそいないが今も争いは絶えず、治安は劣悪、犯罪が横行している。そこを州の管理、運営能力の不足と見なし、強制措置をとる。とにかく、粗を探して介入し、主導権を握るための口実をつくろうというわけだ」
「目的は金か?」
ローランがあけすけに言った。ジャックは頷く。
「その通り。まったく単純明快だ。掘り返した資源による利益を連邦が独占しようというわけだ、州を経由せずにね。とにかく、我々はこの都市の現体制を切り裂くために派遣された。当然だがそれを快く思わない者たちがいる。言わずもがな既得権益層で、彼らは査察に対して横槍を入れてきた。しかも……かなり荒っぽい手段で。エミール、君は知らなかっただろうが、実はここに来る途中、都市外で査察団は襲撃を受けて半数以上が殺されたんだ。恐らくこれを行ったのは州軍所属の人間だ。まあ、それに気付いたのはローランだがね」
「その前置きはまだ続くのか?」
エミールが苛立ちから組んだ腕の指を忙しなく動かす。ジャックは彼から立ち上る怒気で部屋が歪んだような錯覚を起こした。
「まあ聞いてくれ。つまり、この都市の有力者は連邦の介入を歓迎しなかったわけだが、そうではない人間もいた」
ジャックに目を向けられ、虚をつかれたローランは意外そうに自分を指差した。
「俺? 俺が何だ?」
「初日のことだ。きみはテッド・ラッセルにおびき出されて襲われたな? それで、そのことを疑問に思っていた」
思い出したとばかりにローランが膝を叩いた。
「ああ、あったね。別に忘れてたわけじゃないが、ここのところ色々ありすぎて後回しになってたよ。確かに、俺はあのとき不思議に思った。身の程知らずの余所者に痛い目を見せるのが目的かとも思ったが……大将には他の理由が思いつくって?」
「そうだ。これは話していなかったが、査察団は都市に到着した直後にバルドーに面会している。彼は非常に友好的な態度で我々に接してきたし、実際に協力もしてくれている。恐らく嘘ではないだろう」
これがその支援だとジャックは自分たちが立っている一流ホテルの豪華客室に向けて両手を広げた。
「我々の敵対者の敵対者、立ち位置としてはそんなところだと思う。その彼が、敵に繋がるための餌を用意しようとした。それが、きみが集石場で襲われた理由だ。恐らくバルドーの敵対者、またその勢力は、盗掘や密輸に深く関わっている。そこで──」
ローランが頬杖をやめて続きを引き継いだ。「手がかりを衆目に触れる形で残そうとした。それが俺ってわけだ。筋書きはこうか? 採掘された屑の置き場でひとりが死亡、ないしは大怪我。いったい何故? で、盗掘の仲間割れが原因ってところに行きつく。ジャック、あんたの目がそこに向けばいいわけだから、実際に俺がやってたかどうかは関係がないってわけだ。まあ、俺が返り討ちにしたせいで奴らは出だしから躓いたようだがね」
「この大事な時期に自分から進んで事件を演出しようとした理由は一つ。摘発してもらうためだ。私の立場からすれば、そうとしか思えない」
エミールが腑に落ちたように舌打ちした。「そういえば警察の上司に言われた。連邦から査察が来てるんで事件を早急に解決しろ、問題を起こすなと。確かに、普通なら頭を低くして嵐が通り過ぎ去るのを待つはず──」そこまで言ってエミールが言葉を切り、自分の頭の中に浮かんだ疑問に顔を険しくする。「いや、バルドー自身も盗掘に関与していた疑いがある。そうでなければ、奴の今の状況は説明がつかない。鉱夫あがりなんぞ大抵がうだつの上がらない連中ばかりで、そもそも足抜けすること自体が難しい。それがいまや、市長に手が届くところにいる。なにか良からぬことに手を染めていたに決まってる。そんな過去を他人に暴かせようとするか?」
ジャックは頷いた。「そこに関しては私も疑問に思った。だが、ラッセルとバルドーが繋がっていたのなら、一応の理由は思いつく。第二の殺人にはローランによって出鼻を挫かれた計画のやり直しというだけではなく、もともと自分の後ろ暗い過去を知る相手の口封じをするという意味合いもあったのではないだろうか? そうなると……最初からラッセルの死は予定に組み込まれていたと考えるのが自然だな。この機会に過去の清算をしようと試みた」
過去、とエミールが呟いた。「あるいは、昔のことを理由にバルドーは前々から脅されていた、って線もありえるな。その手の脅迫や揺すりはラッセルの十八番だった」
「いかにもな話だ。ラッセルを計画に抱き込むことによって、その動きを監視する意味もあったのだろう。いくらなんでも自分を殺す企みに加担するはずがないだろうから、どこぞの誰かを生贄にするとでも言って」
ローランが鼻から息を吐いて唸った。「俺は直接の面識は無いが、そのバルドーってのは随分と用意周到というか、回りくどい真似をするじゃないか」
「私のバルドーに対する印象はこうだ。頭が良く、抜け目がない」
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