第5話 ローラン 1-2

 向かう先が同じだということで連れ立って歩く。目的地が近づいてまずローランの目に入ったのは、兵舎だった。簡素な石塀に囲まれた灰色コンクリートの四角い建物。味気ないが、仮設というほどみすぼらしくはない。

 門の両脇にはそれぞれ二人一組の歩哨が立っており、建物の周りには軍服を着崩した軍人がそこらじゅうをうろついていた。一行に対してあちらこちらから奇異の視線が向けられる。

「まるで駐屯地に迷い込んだような気分だ」

「あながち間違ってはいない」

 ローランの独り言のような疑問にジャックが答える。

「ここはもともと国境地帯で、前線だった」ジャックが説明を続ける。「鉱山の資源を巡ってのことだ。その名残で今も多数の兵士たちがここに配置されたままになっている」

「戦争はとっくに終わって、今じゃ連邦のお仲間なんじゃないのかい? 駐留させておく意味があるのか?」

「様々な事情からだ。ここから移そうにも都合のいい配属先がなかったり、そもそもこの地の産業が軍と一体化した部分もあったりといった具合に」

 ジャックの語ったところによると、一帯の鉱物資源を目的にアズールとカルマンの二国が長いあいだ小競り合いを続けていたが、国力の疲弊から東西に分けての統治という形で一応の決着をみたとのことだった。

 そのまますんなりと事が収まったとは思えない。昨日まで殴り合いをやっていた相手とにこやかな顔で肩を組めるのか──普通はできない。自分なら造作もないが。

 都市から外部に向かって伸びる踏み慣らされた大きな道路を、土砂や石塊を乗せた荷車が行き交っている。荷車の行く先、都市から風下の方向に離れた場所には検問所らしきものが見える。そこに立っているのは兵隊だ。

「人や物の出入りを州軍が管理してるのか?」ローランが聞いた。

 ジャックは頷く。「治安維持の名目でね。本来なら軍の仕事ではないが、何しろここはその軍が主導で開発してきた土地というのが大きい。州政府とは合意済みのはずだ」

 街に足を踏み入れる。見張り台と鐘楼を通りすぎた辺りから労働者のものと思われるおんぼろの木造長屋が現れ始めた。

 足元が土から石畳に変わってからは周囲が騒がしくなってきた。段々と人通りも増えてきて、もはや呑気に立ち話ができる状況ではなくなっていた。向かいから流れてくる人々と肩がぶつかりそうになる。

「すまないが、我々は職務があるのでここで失礼させてもらう。たいしたお返しも出来ずに申し訳ないが」

 ジャックの差し出した手をローランは握り返した。

「いや、こっちこそ面白い話が聞けた。大将たちの仕事が上手くいく事を祈ってるよ」

 手を振って別れる。どちらも振り返りはしない。十を数える頃には人の波に呑まれてお互いの姿は見えなくなっていた。

 ローランは泊まれそうな建物を探した。とにもかくにも、まずはねぐらを確保する必要がある。

 次に仕事。勝手が分からない土地であるため、一番慣れたやり方でいくことに決めた。

 手っ取り早く何かしらの事件に関わる。揉め事。賭け事。何でもいい。因縁ができればそれが機会になる。

 ローランは見物がてら街をぶらついた。街中で見かけるのは半分が鉱夫──上も下も土で汚れているため一目でそれと分かる。

 過酷な肉体労働に従事しているだけあってどいつもこいつも厳しい顔、逞しい体つきをしている。だが、そんな荒くれどもでも、悪目立ちするローランの姿──武器を携えた旅装束の余所者──を見かけても、一瞥するばかりで積極的に絡んでこようとはしない。

 行儀が良いというよりは、単に疲れているだけといった様子だった。日々の暮らしで精一杯で、それ以外のことになどかかずらってはいられない、そういう陰鬱な雰囲気を全身から放っている。

 ローランは目についた手ごろな軽食堂に入った。客足のまばらな店内に洒落たドアベルの音が虚しく響き渡る。薄暗いカウンターの奥では白髪混じりで額のたかい男が椅子に座っており、油皿の小さい明かりを頼りに新聞の小さな文字を目で追っていた。

 男の真正面にローランが陣取ると、落ち窪んだ目が無遠慮に向けられる。

「何か?」

「およそ客商売らしからぬ台詞だな。閑古鳥が鳴いてるのはあんたの態度が悪いからかい?」

「心配してくれてありがとうよ。だが、すぐにぎゅうぎゅう詰めになる。当番の終わった鉱夫どもが流れ込んでくるからな。で、わざわざ冷やかしを言いに店に入ってきたわけか?」

「もちろん違う」ローランは笑いながら首を振った。「何か腹に入れたいんだが」

 店主が店の奥をちらりと見た。「仕込み中のスープと作り置きのパンしかない」

「そいつで結構。ついでに酒もくれ。喉が渇いた」

 店主は億劫そうに新聞を折り畳んで厨房へと引っ込んでいった。大きなパン、細切れの野菜が入ったスープ、あちこちへこんだ金属のマグをトレイに乗せて戻ってくる。

 味は店構え相応といったところ。ローランは硬いパンを味の薄いスープとぬるいエールで腹の中に流し込む。

「ここの連中はいつもこれを?」

「払いが良ければそれなりのものが出る」店主が読みかけの新聞に手を伸ばしながらローランの姿をしげしげと眺める。ぼったくれるかどうかの品定め。「あんた、最近ここに?」

「今日着いたばっかりさ。寝床を探してるんだが」

 店主が親指を背後に向けた。年季のせいか単に汚れているだけか、真っ黒に染まった狭い木造の階段が二階へ伸びている。

「ちゃんとした飯は出るんだろうな?」

「さっき言った通りだ」

 ローランは懐に手を突っ込んでジャックからせしめた金貨をひとつ掴み、カウンターの上へ叩き付ける。店主は興味のないふうを装いながらそれをそそくさと懐に入れ、代わりに部屋の鍵を差し出した。「数日分ってところだな」

「おいおい、がめついな」

「嫌なら他をあたりな」

 ローランは微笑んで鍵をポケットに仕舞った。「それじゃあ、ちょいと観光でもしてくるよ。ああ、そうそう、余所者が近づかない方がいいって場所があったら教えてほしいんだが」

「街の中心だな」店主は即答した。「夜だと特に。仕事上がりの荒くれ者、それをカモにしようとする連中、そして、そいつらから更に上前をはねようと目論む悪党ども──と、まさに胡乱な連中の見本市になる。見た目で言えば、あんたも負けちゃいないがね」

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