第7話 ローラン 1-4

 街の喧騒が背後に遠ざかる。段々と建物の明かりも少なくなってきた。ラッセルの足は勾配を上っている。つまり、街の中心に向けて移動している。そこにあるのは──鉱山だ。鉱業で発展して来た街の生命線。そこに不用意に近づく二人のごろつきは、傍目には一体どう見えるか。

「で、どこまで歩くんだ?」

 ラッセルは振り返らない。ローランは両手を頭の後ろに組み、黙って後に続いた。

 ゆらゆらと揺れる明かりが前から近づいてくる。夜陰に浮かび上がる軍服の男──ランプを下げた巡回中の兵隊が、こちらを見つけて訝しげな視線を向けてくる。

「よう、悪いが通るぜ」

 どうやり過ごすつもりなのかを見物していると、ラッセルは兵隊へ片手を上げて卑屈な笑みを浮かべた。

「復帰早々仕事熱心だな」

 兵隊が鼻で笑って手のひらを差し出した。ラッセルがそこに心付けを乗せる。兵隊はランプの光をかざして銀貨の枚数を数える。

「だからさ。入り用なんだ」

「へまを仕出かすなよ。俺まで睨まれる」

 兵隊は何事もなかったかのように横を通り過ぎていく。ローランはその後ろ姿を見送って小さく笑った。「なるほどねえ」

「別に珍しいこっちゃないだろう。どこの誰だって、これくらいはやってるさ」

「まあな」

 ラッセルは鉱山には向かわなかった。横道に入って砂利にまみれた幅広い道を下る。連れて行かれたのはむせ返るような土と泥の臭いが充満する一画で、鉱山の搬入、搬出口近くにある粗雑な造りの壁に囲まれた区域だった。そこには掘り返された土砂や、選別の過程で低品質とみなされた、いわゆる尾鉱が積み上げられてあった。

 足元がぬかるみにはまる。土砂から汚水が流れ出て水たまりになっている。革靴の中に入り込んでくる冷たいものにローランは顔をしかめた。

「こんなところで一体どんな仕事だって?」

 振り返ったラッセルが殺気立った顔つきで口元に指を立てる。

 集積場の入り口にも中にも見張りはいなかった。それも当然のように思える。値打ちものなど、これっぽっちも見当たらない。右も左も土くればかりだった。

 ラッセルは酒のせいでややふらつきながらも、するすると合間を抜けて奥へと進んでいく。通り道に捨てられていた大きなスコップを拾い上げ、壁際にある土山のすそを指差した。

「おい、ここを掘れ。慎重にな」

 ローランは首を回してスコップを受け取り、指定された場所をゆっくりと掘り返した。ほどなくして、スコップの先端が何か硬いものに当たる。

「そいつを取り出せ。間違っても割るなよ」

 手ごたえのあった場所から少し間をあけて周囲の土ごと掘り返した。木の根を引っこ抜く要領で、先ほどの硬い感触のした何かを地中から取り出す。

 ラッセルが屈みこんで掘り出した塊を拾い上げ、慎重な手つきで泥土を払った。

「そいつは?」

 小声で訊ねると、ラッセルはその泥まみれの石ころをローランの鼻先に突きつけた。「おいおい、見て分からねえのか?」

 ローランは肩をすくめた。ラッセルが舌打ちする。

「こいつはエメラルドだよ。俺の経験じゃ、なかなかのもんに見える。磨いてみなけりゃ確かなことは言えないがな」

 そう言われてみると、確かに月明かりでところどころが光っているように見えてくる。なるほど、とローランは顎に手をやった。

 からくりが見えてきた。要するに、これは盗掘だ。鉱夫が作業中に見つけた値打ち物、そのほんの一部を土砂と一緒に運び出し、この廃棄場に隠しておく。それを人気のない時間帯に別の人間が持ち運ぶという単純な手口。

 しかし、中々うまいやり方ではある。発掘作業の中で自然に行えるであろうし、この廃棄物の山のどこにお宝が隠れているかなど隠した本人にしか分からない。掘り返す者と、それを運ぶ者、およそ二、三人もいれば事に及ぶことができるというのも悪くない。

 ひとり納得したところでローランは背後に向けて持っていたスコップを振るった。ちょうど得物を振り上げていた誰かの脇腹に柄の部分がめり込む。

 手首を返し、ひるんだもう一人に接近して脛を払った。襲撃者が打たれた部分を手で押さえ、声を押し殺して泥の上を転がりまわる。食いしばった歯の隙間から唾が飛ぶ音がする。

 ローランはおたおたと逃げようとしていたラッセルに追いつき、首根っこを掴んで振り向かせた。「聞きたい事がある」

「俺は何もしらねえ」

「そうビビるなよ。ただ話をしましょうってだけだ」

 ローランはスコップの裏側で脂汗の浮かぶ頬をひたひたと叩いた。

「まず一つ。盗掘したこいつだが、どうやって売りさばくんだ? さすがにお膝元でやったんじゃすぐに足がつくよな? だが、持ち去ろうにも街の外に駐留してる軍の目を誤魔化さなきゃならない。入るときに随分じろじろ見られたぜ」

「おおかた、てめえの珍奇な格好が気に障ったんだろうよ」

「そうそう、その調子だ」

 ローランは笑いながらラッセルの首に回した手に力を入れて締め上げる。ラッセルが顔をひきつらせながら喋り始めた。

「鉱山を挟んで反対側の区へ回るのさ。街の中での移動に関しては厳しい目で見られない。区が変われば警察や軍の管轄も変わる。だから──」

「なるほどね」

 ここでは街を横断するだけで簡単に密輸ができる──そして、自分たちの損失でなければ、お上から多少はお目こぼしをしてもらえるというわけだ。それどころか、見逃してやる見返りに懐を潤しているといったこともあり得る。

 対立を利用した金儲け。どこにも似たような話はあるが、今回の手際を見る限りでは、ここでのそれは随分と根が深いように思える。

「さて、二つ目の質問、肝心なやつだ。何で俺を襲わせた?」

「さっきも言ったが、俺は知ら──」

 ローランはスコップの柄を首筋に当て、土砂の山に肥満体を押し付けた。ラッセルがえずいて口から涎を撒き散らす。

「あんたの位置からは俺の後ろから迫ってきていた連中が見えていたな? だってのに、知らん顔をしていた。だが、ここで待ち伏せさせるのはやめたほうがいい。水溜まりのせいで足音が丸分かりだ」

「知らねえ。俺は、何も知らねえ」

「どうにも分からんことがある。なんでわざわざ仲間に引き込むようなフリをしてまで襲った? 最初にあしらえばそれで済む話だったろう? だが、あんたはそう大して邪険にすることもなく俺をここまで連れてきた。これはどういうことだ?」

「知らねえ」

「まさか身ぐるみを剥ごうって? 自分で言うのもなんだが、とてもじゃないが俺は金を持ってるようには見えない」

 ローランは自分の身なりを指で示した。土埃で汚れ切った安物の旅装束。二束三文の代物。

「俺も他じゃあ色々とやってきたが、ここの連中の恨みを買った覚えはない。だから俺への報復って線も薄い。となると、これはあれか? 身の程知らずの余所者にちょいと痛い目を見せてやるぜってやつなのか? あるいは──他に何か目的があった? 単に痛めつけるだけなら、わざわざこうやって金儲けの手口を披露してやる必要は無いよな?」

 ラッセルが口をもごもごと動かし、ローランの顔を目がけて唾を吐いた。避け損ねたローランの頬にひっかかる。

 ローランはそれを手の甲でぬぐい、包帯の上からラッセルの顎を掴んで締め上げた。

 ラッセルの眉間に青筋が立つ。足元が震え出す。デブは背後の土山を握り締めて懸命に痛みに耐えている。太鼓腹を殴りつけても口の端からだらしなく唾液を垂れ流すだけで悲鳴を上げようとはしなかった。

 ローランは手を離して笑った。ラッセルの体を引き起こして背中についた泥を払ってやる。ローランは困惑するラッセルに言った。「あんたは口の堅い男だ。その点については尊敬に値するね。一緒に組んで仕事をやろうってんだから、そいつは歓迎すべきことだ。そうだろう?」

 膝に手をついて息を荒げるラッセルに肩を貸してやる。

「いや、手荒な真似をして悪かったな。さて、この後はどうすりゃいいんだ? この石をどこかの誰かに捌いてもらえばいいのか? この転がってる二人は──ああ、そういや知らないんだったな。だったら、このまま放っておいても構わないか」

 脛を押さえていた方が起き上がろうとしていたので、ローランはそれを強く打ち据えてからスコップを投げ捨てた。頭巾を剥ぎ取って顔をよく見ると、襲撃者たちは獅子の鬣で伝言を伝えに来た労働者たちだった。自分たちが店を出てすぐ後を追ってきたに違いない。あらかじめ向かう先が分かっていれば先回りもできるというわけだ。

 ローランの手を振り払ったラッセルは掴まれていた顎が外れていないかを確かめるように頬をさすった。

「なかなか大したくそったれだよ、お前さんは」

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