第11話 フレデリクの場合
***
フレデリク・アーデンは、ここのところ困っていた。
彼は聖女であるサラの筆頭護衛騎士に任命され、常に彼女のそばにいる。それまでは王太子であるクロードのそばにいたのだが、その元主が、最近自分の代わりに就いた護衛を振り切って、よく王都に出かけて行くというのだ。
同僚からその苦情、もとい「どうすればいいんだよぉ!」という泣き言を酒の席で延々と聞かされれば、真面目なフレデリクが無視できるはずもない。
ちなみにどれくらいの頻度で振り切られるんだと訊いてみたら、なんと三日に一度のペースだというではないか。その翌日から騎士団長に彼らを鍛え直してもらったのは言うまでもない。
護衛が対象に振り切られてどうするのか。
(しかしクロード殿下ともなれば、簡単にあいつらを撒けてしまえるか)
だから、フレデリクは困っていた。
国一番の強者が自分なら、国一番の頭脳を持つのは、きっと彼だからだ。
しかもクロード自身、騎士団と一緒に訓練していたこともあり、そういう意味でも彼はそれなりに強い。
結果、護衛がいなくとも大抵のことは自分で片付けられてしまえる王子が出来上がってしまったというわけだ。
(頭が痛い……)
普段はほとんど感情が表に出ないフレデリクも、このときばかりは疲労が顔に滲み出ていた。
最近は聖女サラの暗殺を企てる輩もいるとのことで、こちらでも忙しくしているというのに。
(馬鹿な連中だ。サラ様がいなければ、この国はとっくに瘴気で死んでいる)
視える者には視える瘴気。
言い換えれば、視えない者には視えない瘴気だ。
最近はその瘴気から生まれた魔物の動きが活発になっているということで、サラの力を疑う者が出始めてきた。
それでも、瘴気が視えるフレデリクとしては、サラがこの世界に来てからだいぶそれらが浄化されていることを知っている。
むしろ魔物の動きは、昔のほうが活発だった。
けれど、サラのおかげで束の間の平穏を取り戻すと、今度はその平穏に慣れてしまい、少し魔物が出ただけで大騒ぎするようになってしまったのである。
聖女とは、世界に一人しかいない。
だから、役立たずの今代を葬れば、新たな聖女が誕生すると、愚かにも考える連中がいる。
(クロード殿下には、こういうときにこそサラ様を支えて差し上げてほしいのに)
フレデリクもまた、サラとクロードが恋仲であると信じている一人である。
なにせ、ずっとサラの近くにいたのだ。二人の仲が良いのはよく知っていた。
「殿下、フレデリクです。失礼いたします」
目的の人物の執務室に辿り着くと、入室の許可を待ってから扉を開ける。
この部屋の主であるクロードは、書類の山を黙々と片付けていた。
「そんなに根を詰めてやらずとも、王都に遊びに行かれる回数を減らせばよろしいのでは?」
婉曲に物事を言うのが苦手なため、フレデリクは率直に嫌味を零す。
彼のそんな性質を知っているクロードは、全く気にした様子もなく、また書類から視線を外さずに言った。
「遊びに行っているわけじゃない。私とて、そこまで暇ではないよ」
「では、何をしに行っているのです?」
「なんだ、私の護衛にでも泣きつかれたかい?」
「察しの通りです」
すると、ようやくクロードが顔を上げた。そこには苦笑が滲んでいる。
「彼らには悪いと思っているんだけどね」
「けど?」
「邪魔されたくないんだ」
フレデリクが目を瞠る。ここまで真剣な表情でそんなことを言うクロードは、かなり珍しいのではないか。
なぜなら、国という重い責任を常に両肩に背負っている彼は、決して笑顔を崩さない。それを武器としているからだ。
笑うときも、怒るときも、相手を威圧するときだって。彼はその表情に作り物の笑みを刷く。
その笑みを艶やかなものに変えるだけで、貴婦人まで自分の思い通りにさせてしまえる人である。
そんな男が、珍しく真面目な顔をしていた。
「殿下、あなたはいったい、何をしてらっしゃるんですか?」
なかば呆然と呟いた疑問は、フレデリクの本心から出たものだ。
彼をここまで本気にさせる何かが、王都にあるというのだろうか。
「それはおまえにも内緒だよ。おまえは、頑固者だから」
「はあ……」
言われた意味が全く分からなかったフレデリクは、気のない返事をする。
とりあえず、これは同僚たちのほうをどうにかするしかないと、早々に諦めたフレデリクだ。
滅多に本気にならないクロードが本気になっているのなら、彼のほうをどうにかするのは難しいだろう。
「分かりました。ですが、ほどほどになさってください。これ以上愚痴に付き合っていたら、サラ様の護衛に支障が出ます」
「はは、おまえも大概だね」
「? 何がですか」
「いや、分からないのならいいんだ」
クロードとしては、仮にも王太子である自分に明け透けに物を言ってくるなんて、フレデリクともう一人の友人くらいだろうと思う。
しかもこのフレデリクという男は、サラのことになると、クロードが王太子であることを忘れているんじゃないかと思うくらい、容赦なく物申してくるときがある。
(サラのことを想っているのは明らかなのに、どうしてこう自ら雁字搦めになるんだろうね? 二人とも)
生真面目な友人を心配して吐き出したため息は、どうやらその友人には少しも伝わらなかったらしい。
「ため息をつきたいのはこちらです、殿下」
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