第4話 晩餐会
あのあとクロードに伴われて、共にシャンゼル国王に謁見した。
性格の悪さが顔に滲み出ているアイゼンとは違い、こちらの王はとても柔和な顔立ちだった。目尻も眉尻も垂れ下がっていて、逆に諸外国から舐められはしないかと、お節介な不安も抱いたほどだ。
それからは、仕事に戻るというクロードとは別れ、代わりに案内をしてくれるという侍女の後をついていった。
辿り着いたのは、これからフェリシアがシャンゼル王宮にて滞在する私室だ。まだクロードとは婚約者という間柄になるので、王太子妃に与えられる部屋とは別の部屋が与えられる。
そこはクロードの私室から一番遠く、その点では、とても婚約者に与える部屋ではないだろう。
しかし内装は完璧で、あの廃れた離宮で過ごしていた頃より何倍も綺麗で豪奢な部屋だった。
まず最初に目につく応接室は、ゆったりと座れるベルベットのソファや、飴色に輝くテーブル、ふかふかの絨毯がある。
そして扉一枚で繋がっている寝室には、天蓋つきの大きなベッドが陣取っていた。いったい何人がそこに寝られるのだろうと、貧乏くさい発想をしてしまう。照明がシャンデリアなのは、もはや当然だと言わんばかりに輝いていて、同じようにフェリシアの目も輝いた。
別に豪華な暮らしを夢見たことはないけれど、やはりそこは年頃の女の子。目の前にすれば、興奮もしてしまうというものだ。
(すごいわ、このベッド。私の木板と布を集めて作ったものより、断然寝心地がいい! これから毎日これで寝れるの? 贅沢すぎてバチが当たりそうだわ)
考え方は完全に貧乏ド庶民だが、祖国で王女らしい扱いを受けたことのないフェリシアにとっては、むしろ今の待遇のほうが不慣れで警戒してしまう。
一人でベッドのスプリングを楽しんでいると、ここまで案内してくれた侍女が別の二人を連れて入室してくる。
「恐れながら王女殿下、殿下付きの侍女を紹介させてくださいませ」
あら、私に侍女をつけてくれるの? とはさすがに言えない。呑み込んだ。
「ええ、お願いできるかしら」
そう言うと、連れられてきた二人のうちの一人が、一歩前に足を踏み出す。
金に近いクリーム色の髪をした、茶色の瞳の若い女性だ。
「初めまして、王女殿下。殿下付きの侍女に任命されましたレベッカと申します。これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくね」
次にもう一人も前に出てきて、同じように恭しく一礼する。
「初めまして。同じく殿下付きの侍女となりました、ライラと申します。よろしくお願いいたします」
「ええ、よろしくね」
ライラと名乗ったほうはとても小柄で、まるで小動物のようだった。特にレベッカがしゅっとした美人系であるために、余計そう思うのかもしれない。栗色の髪と碧眼のライラは、どちらかというと可愛い系だ。
「王女殿下に置かれましては、お国から侍女を一人も伴われなかったとお伺いしております。よってこの二人が
「分かったわ。ところで、あなたは?」
「これは大変失礼いたしました。私は侍女長のミランダと申します。王女殿下はこの国の聖女様をご存知でしょうか?」
嫌というほど知っていて、それでいてあまり関わりたくない人物が急に話題に上がったことで、フェリシアは小さく頷くだけにとどめる。
「それはようございました。聖女様は我が国の王族方と同等の尊い御方でございますれば、我が国に嫁いで来る王女殿下が知らないわけには参りません。私は、その聖女様にお仕えしております」
「そう。なら、ご挨拶にお伺いするべきかしら」
「いいえ。その必要はございませんわ。今夜、王女殿下の歓迎会といたしまして国王陛下主催の晩餐会が催されます。それには聖女様もご出席なさるので、そのときでよろしいかと」
「そうね、そうするわ。ありがとう」
「もったいなきお言葉です」
それだけ言うと、ミランダは一礼して部屋を出て行った。
さすが侍女長なだけあって、彼女からはフェリシアに対する負の感情は読み取れなかった。
けど、侍女長を聖女の世話役につけているあたり、この国での聖女と王太子の婚約者の優劣が、如実に分かったというものだ。
(ま、別に構わないわね。綺麗な部屋にドレス、まだ食べてないけど宮廷料理人のご飯。グランカルストにいた頃より贅沢すぎるわ)
だから、自分の侍女だと紹介された二人から悪意を感じ取っていても、フェリシアが特段思うことはない。
なぜそのような感情を向けられなければならないのかと、そう思うことすら面倒だと放棄した。
彼女にとって大事なのは、自分の趣味をいかにここでも続けていけるか、である。
そして、そのために重要なのは、決してクロードに惚れないということだ。
「では王女殿下、晩餐会の準備をいたしますので、まずは沐浴をいたしましょう」
初めから侍女たちには素顔を隠せないと分かっていたフェリシアは、何のためらいもなくヴェールを取った。
晩餐会は、晩餐会という名の小さな舞踏会であるらしかった。
国王陛下が懇意にしている貴族だけが招待され、立食式のパーティーとなっている。
今夜の主役はもちろんフェリシアであるので、クロードのエスコートのもと、彼女は今、ホールの真ん中で彼とダンスを踊っていた。
まるで夜空のような深い紺色のドレスが揺れるたび、一緒に揺れる彼女の銀髪が、空に架かる天の川のように神秘的である。
しかしヴェールを被っているために、その顔立ちは誰も知らない。みなが優雅にダンスを踊るフェリシアを見て、勝手な想像を膨らませていることだろう。そのヴェールの下の真実を知っているのは、沐浴のためにヴェールを取ったとき、あまりの驚愕でしばし固まってしまった二人の侍女だけだ。
(ダンスも上手だなんて……さすがはヒーローね)
ヴェール越しに、そっと目の前の男の顔を窺い見る。
近くで見ても、その完成された美貌に欠点は見当たらない。むしろその肌の白さやきめ細かさに、どんなお手入れしているの? と訊いてみたい欲求が沸き起こる。
十中八九「何もしていません」との回答を得ることだろう。腹立たしい。
「私の顔に、何かついてますか?」
すると、あまりに見過ぎたためか、ヴェールで隠れていてもフェリシアの視線に気づいたらしい。
甘い笑みともいえる表情を向けられて、フェリシアは誤魔化すように視線を外した。
「失礼いたしました。殿下の美貌に見惚れていただけですわ」
こんな冗談を言えるくらいには、まだフェリシアには余裕がある。
「そう? 私の顔なんて、そう大したものではないと思いますけれどね。ちなみに、参考として訊いておきたいのですが、私の顔はあなたの好みに合っていますか?」
なんてことを訊くのだと、フェリシアは危うく絶句しそうになった。
是か、否か。
どちらの答えを返しても、気まずくなることは間違いない。
彼女としては、たとえ本音が「是」だとしても「否」と答えたいところだが、それはそれで失礼にあたり。ならば本心を、と思っても。意地と羞恥が邪魔して喉が固まる。
結構な割合で冷めた人間だとの自覚はあるものの、フェリシアだってまだ18歳の女の子だ。しかも彼女がこれまで生きてきた環境に、はたして身内以外の異性がどれくらいいたことか。片手で足りるんじゃないだろうか。
ようは、免疫がない。
それは前世を思い出した
「わたくし、今日学んだことがありますわ」
だから、フェリシアはあえて答えではないものを口にのせる。
不思議そうに首を傾げたクロードに、見えないと分かっていても、挑むような眼差しを向けた。
「どうやら殿下は、意地悪がお好きな人のようですわ」
一瞬きょとんとした美青年は、それからふ、と口許を緩めて。
「あなただからですよ」
と、なんとも意味深な爆弾を投下してくれたのだった。
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