【コミック⑨発売記念】愛してるゲーム

※9巻帯にある「愛してるよ、フェリシア」という文句があまりにも刺さったため触発され(コミックの編集様ありがとうございます)、SSにてフェリシアとウィリアムに「愛してるゲーム」をしてもらいました。


※愛してるゲームとは?

①二人以上で遊ぶゲームだよ。

②隣の人に「愛してる」と伝えて、照れたら負けだよ(言った側も言われた側も照れたら負け)。


では、さっそくお二人、どうぞ!


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 フェリシアとウィリアムの二人がゆったりと過ごすとき、場所は決まってフェリシアの私室であることが多い。特にそういった決め事をしているわけではないけれど、忙しいウィリアムに遠慮して彼の許を訪ねるタイミングを失っているフェリシアと、逆に暇な時間ができればフェリシアの許を突撃するウィリアムの、利害ではないけれど何かが一致した結果、いつのまにかそうなっていたと言うべきか。

 そうして今も雑談に興じていた二人だったが、話題はここ最近王宮で流行っているちょっとしたゲームの話に移った。

 言い出したのはゲイルだ。

 フェリシアの護衛として雇われている元暗殺者の彼は、とにかく面白いことや面白そうなことに目がない。フェリシアが家出(王宮からの脱出)騒動を起こしたときも、彼は「面白そう」という理由でウィリアムに逆らってフェリシアに加担したくらいである。

 そんな男が急に、


「そういえば~、最近王宮で流行ってるゲームがあるんですけど、王女さんたちは知ってます?」


 なんて言い出すものだから、フェリシアは警戒した。

 まあきっとウィリアムが適当にあしらうだろうと思っていたら、ゲイルは反応の鈍いフェリシアたちから標的を変えて、フェリシアの侍女であるジェシカを味方につけようとする。


「侍女さんは知ってますよね?」

「えっ。えーと……」

「その話題で侍女仲間さんと盛り上がってましたもんね?」

「なんで知ってるんですか!?」


 ゲイルはへらへらと笑っている。

 対してジェシカは秘密を暴かれたみたいに顔を真っ赤にして動揺していた。

 ジェシカのその反応を見てつい気になってしまったのがフェリシアの過ちであり、ゲイルの作戦勝ちだ。


「どんなゲームなの?」


 好奇心で質問すると、ゲイルが我が意を得たりとばかりに説明を始める。

 曰く、二人以上で遊ぶゲームであり、隣の人に「愛してる」と伝えて、照れたり笑ってしまったら負けとなるゲームだという。

 言われた側は「愛してる」と言われたときに真顔で「本当に?」「もう一回」などとアクションを返すことも可能らしい。そして返された言った側は、もう一度「愛してる」を言わなければならないそうだ。

 その名も〝愛してるゲーム〟という。


「あ、愛してるゲーム……」


 訊くんじゃなかった、とフェリシアが速攻で後悔したのは言うまでもない。

 逆に全く興味のなさそうだったウィリアムが「へぇ」と口角を上げた。

 フェリシアの興味が下がった分、ウィリアムの興味が上がったようだ。もう嫌な予感しかしない。


「面白うそうだね。私たちもやってみる? フェリシア」

「絶対言うと思いました! やりません」

「ええ~。いいじゃないですか、王女さん。楽しいですよ?」


 ウィリアムに加勢するようにゲイルが文句を垂れる。


「そう言うってことは、ゲイルはやったことあるの?」

「ないっすけど」

「ないなら適当に勧めないでちょうだい!」

「俺は見る専門ですからね」

「余計に嫌よ!」


 すると、視界の端からすっと伸びてきた骨張った手が、ゲイルに抗議するフェリシアの頬に添えられた。優しく誘導するように顔の向きを変えられる。

 導かれた視線の先には不敵に微笑むウィリアムがいた。

 いや、というよりは、どことなく陰を帯びた眼差しは不敵というよりも不穏な気配を漂わせている。

 ウィリアムはゆっくりと顔を寄せると、フェリシアの耳元で囁いた。


「愛してるよ、フェリシア。だから、ねぇ。私の前で他の男と楽しそうにするのは、よくないね?」

「――っ」


 心臓がひゅっと縮み上がる。それは耳元に吹き込まれた吐息のせいではなく、彼が背負う邪悪なオーラのせいだ。

 おかしい。ゲームが勝手に始まっていることもそうだが、先ほどゲイルが説明してくれたゲームの内容は、こんなにも甘さの欠片がないものだっただろうか。

 これで照れるほうが無理な話だ。どちらかというと恐怖を感じる。


「はい、次はフェリシアね」


 けろりと雰囲気を変えたウィリアムにそう促された。

 フェリシアの心臓はまだばくばくと暴れている。もちろんトキメキではなく恐怖で鼓動が加速しているだけだが、ウィリアムみたいに急に切り替えられるような脳のつくりにはなっていない。

 なんとか心臓を宥めていると、期待するように瞳を輝かせているウィリアムと目が合った。さっきの不穏な感じの彼との落差には思わず口角が引きつりそうになる。


「王女さん、早く~」

「うるさいわね! 外野ゲイルはちょっと黙ってて!」


 なんで自分がこんな目に……と思いながらも、ウィリアムの期待する目を無下にもできない。

 普段は恥ずかしがってなかなか口にできない言葉だ。

 ゲームで愛を伝える、という行為はちょっとだけ抵抗があるけれど、こういう理由でもなければ自分から進んで伝えられないこともわかっているフェリシアは、深呼吸して覚悟を決めた。


(照れちゃだめ。照れちゃだめよ)


 内心で自分に言い聞かせて、おもむろに口を開いていく。

 強く意識していないと目を逸らしてしまいそうになるので、視線はウィリアムの喉仏あたりで固定した。


(照れちゃだめだけど、ウィルの照れ顔は見たい)


 そう思ったフェリシアは、ウィリアムの手を握ると。

 

「あ、愛して、ますわ。ウィル」


 彼の手の甲に、そっと口づけを落とした。


(照れちゃだめ照れちゃだめ照れちゃだめ)


 何度も心の中でそう唱えてから、恐る恐るウィリアムを上目で見上げる。

 すると、にっこりと微笑む彼と視線が重なった。

 それは彼お得意の仮面の笑みである。


(そんな、全然効いてない……ですって!? 嘘でしょ!? これでも結構頑張ったのに!?)


 フェリシアにしてはかなり攻めてみたのだが、ウィリアムは照れるどころか仮面の笑みを浮かべたまま微動だにしない。

 彼が強敵であることは最初からわかっていたが、まさか口づけも通用しないとは思わなかった。ちょっとだけ女としての自信をなくす。


「フェリシア」


 落ち込んでいたら、ウィリアムが優しげに名前を呼んだ。

 と思ったら。


「もう一回」


 優しげな声音とは裏腹に、鬼畜以外の何ものでもないひと言が飛んでくる。

 フェリシアは戸惑いを隠せない。


「あの、今なんて?」

「だから、もう一回。そういうルールでしょう?」


 我知らず唇が震えた。恐ろしいことを平気で要求してくるウィリアムに先ほどの恐怖が蘇る。

 何度でも言おう。おかしい。

 このゲームはホラーゲームだっただろうか。

 どうして「愛してる」を言い合うゲームでこれほど恐ろしい思いをしなければならないのだろう。


「言えないなら、フェリシアの負けだよ。負けたら罰ゲームっていうのが、勝負事の醍醐味だよね」


 さらに恐ろしいルールまで追加されて、フェリシアは気絶したくなった。

 こんなゲームが王宮で流行っているのか。みんな何が楽しくてこのゲームをしているのだろうと気が遠くなる。

 ウィリアムの言う「罰ゲーム」がどういうものかは知らないけれど、罰と言うのだから今よりもっと恐ろしい目に遭うのは想像に難くない。

 フェリシアは悩んだ。

 どうにかしてウィリアムを負かしたい。そのためにはどうすればいいだろうか。

 手の甲への口づけでは彼の仮面は剥がせなかった。

 となると、唇への口づけがいいだろうか。しかしそれはフェリシアにとっても簡単なことではない。

 あらゆる方法を模索してみるが、ウィリアムが照れるところを全く想像できなくて途方に暮れた。

 過去に彼が照れた瞬間を参考にしようと思って記憶を振り返ってみたけれど、彼が照れること自体がそもそも少ないことに思い至る。その少ないなかでの実績も、フェリシアから彼にキスしたときくらいかもしれない。


(でもさすがにそれは……。みんなもいるのに)


 フェリシアの部屋には今、侍女のジェシカ、護衛のゲイルとライラがいる。気心の知れた顔ぶれとはいえ、人前でキスする勇気はフェリシアにはない。

 そこでフェリシアは閃いた。

 〝質〟でだめなら〝量〟で勝負だ、と。

 本当は人前で愛の言葉を告げることもフェリシアにとっては難易度の高いものだったが、罰ゲームよりはマシだ。下手をすれば、その罰ゲームで人前だろうと関係なくキスされそうな気配を感じている。もしくはキスを強請られそうだ。ウィリアムがそういう男であることを、これまで何度も教え込まれてきた。

 それを回避すべく、フェリシアは彼の頬を両手で包み込むと、気合を入れてから澄んだ紫の瞳を見つめた。


「……愛してます、ウィル」


 まだ目を逸らさず、続ける。


「誰よりも、あ、愛してますわ」


 さらに彼の瞳を覗き込もうとしたとき、意図せずフェリシアの手がウィリアムの頬をするりと撫でた。

 そのとき、彼の肩がぴくりと反応した。

 見逃さなかったフェリシアは猛攻を重ねる。

 ただ、やはりだんだんと羞恥心が喉元を迫り上がってきたので、顔に熱が上る前にフェリシアはクールダウンを図ろうとした。

 そこで思い出してしまったのが、頑張って育てていた毒草が枯れてしまった出来事だ。あれは悲しかった。無事に実を付けたらどんな実験をしようかと心待ちにしていたのに、まさか枯らしてしまうなんて思わなかった。確かに栽培が難しい植物ではあったけれど。


(今思い出しても辛い……。ああでも、おかげで羞恥心が引っ込んできたわ……――って、そうよ、これよ!)


 フェリシアは唐突に天啓を得る。

 これはゲームだ。フェリシアが「愛してる」と言える対象は、なにもウィリアムだけではない。

 フェリシアは脳内に愛情を込めて育てている植物たちを次々と思い浮かべていった。いける。これなら羞恥心だってない。

 そして彼らを思って愛の言葉を口にしても、ゲームなら許されるだろう。


「本当に愛してるわ。辛い環境でも頑張って生きようとしてて、そんなところが素敵で大好きよ。だからどんな毒があったって、それはあなたが必死に生きようとした証だもの、私は受け入れるわ」


 いつもそうして植物を愛でるように、フェリシアは無意識に頬ずりする。


「だから安心して。どんなあなただって、私はずっと大好きよ――」


 その瞬間、手の中にあった感触と温もりがすっと消えた。

 不思議に思って確認したら、ウィリアムがソファの背もたれに背を預けた状態でわずかにずり落ちていた。

 しかもその顔が、珍しく赤く染まっているではないか。

 フェリシアは一瞬ウィリアムのその反応を不思議に思ったが――すっかりゲームのことを忘れていた――すぐに状況を思い出し、ぱあっと顔を輝かせた。


「私の勝ちですわね、ウィル!」

「待って。ちょっと待ってくれる、フェリシア」


 態勢を立て直しながらウィリアムが言う。

 彼は顔にのぼった熱を隠すように手の甲で自分の口許を覆っていた。


「待ったはなしですわよ」

「でもなんかおかしかったよね? 私に言っているようで違う何かに言っているような〝ズレ〟を感じたんだけど」

「だとしても照れたほうの負けですわ」


 めったに拝めない彼の照れ顔に、フェリシアは満足げに笑う。

 かわいくてつい彼の頬をつついてみたら、その手を掴まれた。

 少しだけ恨めしげに睨まれる。


「正直に言ってごらん。今何を考えながら私を口説いたの?」

「も、もちろんウィルのことですよ?」

「目が泳いでるよ、フェリシア」


 指摘されて肩が跳ねる。慌ててウィリアムに視線を戻したが後の祭りだ。

 ほんのりと色づいた顔で悔しそうに睨まれ続けたフェリシアは、ウィリアムが諦めてくれない気配を察知して観念した。


「だってその、どうしてもですね、勝ちたくて」

「うん」

「なんといいますか、まあちょっと、裏技を……」

「どんな?」

「し、植物を、少々……?」


 それだけでウィリアムにはピンとくるものがあったのか、彼は片手で自分の額を押さえていた。


「なんてことだ。つまりなに? 私は植物に負けたの?」

「何を言ってますの、これはゲームで……」

「植物は、いつもあんなふうに君に口説かれてるの?」

「え?」


 雲行きが怪しくなってきた、と思ったのはフェリシアだけではないだろう。

 ゲイルがすっと気配を消して窓から出て行った。

 ライラもジェシカの手を引いて退室しようとしている。

 そんな彼女たちに「待って」と言いたいところだけれど、それより早く、ウィリアムによって羽交い締めされるように背後から抱きしめられる。


「よ~くわかったよ、フェリシア。君が一番愛してるのが何かってことがね」

「誤解ですわ! さっきは恥ずかしかったからで……っ」

「楽しみだね、お仕置き」

「まったく!?」


 こうして結局ウィリアムの独擅場になってしまったのは、もはやお約束と言ってもいいかもしれない。



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【Web版】異世界から聖女が来るようなので、邪魔者は消えようと思います 蓮水 涼 @s-a-k-u

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