第12話 クロードの場合①
物心がついた頃から、自分が特別な人間であることをクロードは理解していた。
だから、押しつけられる責任も、役目も、人間関係さえも。彼は唯々諾々と従ってきた。
聖女召喚は、そのうちの一つである。
彼はこの国でも珍しい瘴気の視える人間の一人で、日毎増していく黒い靄に焦燥を募らせていた。
しかしどういうわけか、途切れることなく現れるはずの聖女が、先代が身罷られた後も姿を現さない。
結論は早くに出た。聖女は、異世界にいると。
さっそく神殿の神官たちを集め、異世界から聖女を召喚するよう沙汰が下りる。歴史上、そうしたことが何度かあったからだ。
はたして、召喚は成功した。
初めてサラを見たとき、クロードはどこか申し訳ない気持ちになったのを覚えている。
何も知らない異世界に突然喚ばれて、そしてこの国を救ってくれと懇願される。彼女自身は、この国に何も思い入れなどないというのに。
しかも大勢の人間に囲まれてそんなことを懇願されれば、それはもはや願いではない。強制だ。
だからクロードは、自分の出来る限りでサラを手助けしようと決めた。
(それがまさか、恋仲の噂になるとはね)
自分はもとよりサラだって、互いに特別な感情は抱いていない。
むしろ彼女はとても分かりやすい。どう見ても護衛騎士のフレデリクに想いがあることは、子供にだって分かるだろうとクロードは思う。
フレデリクとは別の友人、神官のカミールだって気づいたのだ。これはクロードだけの勘違いではない。
だというのに、当の本人たちはこちらがヤキモキするくらい、お互いの気持ちに気づいていない。
(本当、勘弁してほしい。おかげで私は、やっと手に入れられそうなフェリシアに完全に誤解されているんだから)
クロードがずっと想ってきたのは、たった一人だけである。
将来は政略結婚だろうと思っていたために、諦めてもいた相手だ。それが何の奇跡か、この手にできる日が来ようとは。
クロードは本気で夢オチを疑った。疑って疑って疑いまくった結果、どうやら夢ではないようだと、カミール渾身の一撃を食らって目が覚めた。
(あれからもう、十年か。そりゃあ彼女も忘れるよね)
たまらず漏らしたのは自嘲の笑みだ。
十年前、クロードもまだ12歳だった頃。大陸一の大国と縁を持ちたいと考えていた父王が、
すると、そのうち子供には聞かせられない交渉に入ったらしく、自由にしてこいとその場を追い出されてしまった。
当てもなく王宮の中を彷徨い歩く。
そんなときだ。当時8歳のフェリシアと出会ったのは。
『そこのあなた! 足、踏んでますわ!』
『?』
いつのまにか王宮内の森のようなところにいたらしい。周囲には自分の背丈を優に超える木々が並び、その前方から必死の形相で駆け寄ってくる小さな女の子がいた。
着ているのは質素なワンピースで、ところどころに泥がついている。そのため、クロードは最初、フェリシアのことを使用人の子供だと勘違いした。
指摘された足許を見たが、特にこれといって踏んでいるものはない。強いて言えば雑草か。
『これは雑草ではないのよ。ヨモギといって、とっても優秀な子なんだから』
『ヨモギ?』
『知らない? 知らないわよね! 私も最近知ったの。来て!』
なかば強引に手を引かれ、奥に建っている小屋のようなところに連れて行かれる。
その周りは、一面がわけの分からない植物で覆い尽くされていた。
小屋の中に入るやいなや、彼女は生き生きと植物について語り始める。
それは意外とためになる話で、命を狙われることもあるクロードにとって、歴史や算術を教える家庭教師たちよりもとても有意義かつ楽しい時間だった。
だって、彼女の語る植物の全てが、毒草や薬草についてだったから。
『どうして君は、そんなに詳しいの?』
ふと、疑問に思ったことを訊いてみた。
しかし安易に訊くべき質問ではなかったと、彼女の答えを聞いて後悔する。
けれど、それは彼女に興味を持ったきっかけでもあったので、やはり訊いてよかったのだとも思う。
『最近私ね、よく毒を盛られるの』
(あまりにも嬉しそうに言うものだから、最初はその毒で頭がイカれたのかと思ったんだっけね)
ふふ、と。当時の彼女を思い出して笑う。
よくよく話を聞けば、毒を盛ったのが異母姉で、彼女が第二王女フェリシアだと判明する。
そして彼女はこうも言った。
――"何もせずにお姉様に殺されるなんて、絶対に嫌だわ。だってこの世界は、私が思っていたよりもずっと素敵だったの!"
だから、まだ死ねないのだと。もっともっと、生きていたいのだと。
瞳を輝かせて語る彼女は、まさしく生きていた。
周りの人間が言うことに唯々諾々と従って、自分という自分を持つこともなく、ただ死んだように生きる自分とは、全く違って。
その命の輝きに、魅せられたともいえる。
母が違うとはいえ、実の姉に殺されそうになっても、彼女は未来を悲観してはいなかった。むしろ姉が今度はどんな毒を盛ってくるのか楽しみだと、笑うような人だった。
決して優しくはない世界で生きているのに、それでも自分の意思をもって生きる彼女が、羨ましいとも思った。
眩しいと、思った。
同時にそんなところから連れ出してあげたい気持ちにも駆られたが、子供のクロードにできることなどほとんどない。
それから月日は経ち、彼女とのことを思い出として大切にしまっていたある日、グランカルストの王太子から内々にフェリシアとの婚約話が持ちかけられたのである。
――"貴殿は昔、余の二番目の妹と会っているそうだな?"
フェリシアにでも聞いたのだろうか。いや、それはないと、すぐに打ち消した。確か当時の彼女曰く、他のきょうだい全員から疎外されているということだった。
意味を測りかねて、慎重に答えたクロードに。
『ふむ、やはりそなたを選んで正解だったな。貴殿に余の宝を譲り渡そう。よいか、宝だ。決して何者にも壊さすな』
それは、フェリシアから聞いていた兄王子と、全くもって正反対の言葉だった。まるで妹王女の身を案じる、優しい兄そのものの。
お得意の笑顔を貼り付けたまま何も言わないクロードをどう思ったのか、どことなくフェリシアに似ているアイゼンが、意地の悪そうな笑みを浮かべて口を開く。
『余を疑っておるな?』
『ありていに言えば』
『どうせフェリシアから色々聞いておるのだろう。ようはあれだ、"かわいいものほど虐めたくなる"』
そのレベルはとうに超えていると思ったが、クロードはあえて何も言わなかった。
代わりに。
『あとでやっぱり止めたはなしですよ、
『ふん。気が早い』
こうして、クロードは諦めていた初恋の人を、幸運にも婚約者として迎えることができたのだ。
できたのだが。
「ねぇ、サラ。君もういっそのこと、告白したらどうだい?」
「ぶふっ⁉︎ けほっこほっ……ちょ、人がお茶飲んでるときに何てこと言い出すの、クロード!」
「仕方ないだろう? おかげでこっちは婚約者が冷たくて泣きそうなんだ」
「フェリシアさんが? え、まさか、フェリシアさんも私たちのこと……」
「勘違いしてるだろうね」
「――っ、大変! こうしちゃいられないっ。すぐに誤解を解きにいかないと!」
「待って。そんなこと突然言われて、はいそうですかって納得すると思う?」
「納得……しない?」
「君がフェリシアの立場だったらするのかい?」
「…………しないかも」
「だろう?」
はぁ、と二人してため息をついた。
「だから、君が早くフレデリクに告白してくれれば、全てが上手くいくんだよ」
「私が上手くいかないかもしれないじゃない」
「それはまあ、君次第かな」
まさかここでフレデリクの想いを代弁するわけにもいかず、クロードは曖昧に笑って誤魔化した。
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