第23話 邪魔者の幸せ


 聖イレーネ祭が終わり、すっかり噂の的となってしまったフェリシア。

 彼女を取り巻く噂のほとんどが、あの熱烈な求愛行動だった。


「『王女殿下は王太子殿下の求婚が待ちきれず、自らその腕の中に飛び込むじゃじゃ馬姫』だってさ」

「違うわよゲイル! あれはほとんどクロード殿下に仕向けられたようなもので……!」

「本当に?」

「うっ……」

「本当にあれは、私が仕向けたことだった? 嘘はいけないよ、フェリシア」

「……じ、自分から飛び込んだわ……」

「だよね」


 フェリシアが認めると、クロードはとても満足そうに頷いた。

 悔しい。何もかもが、彼の思い通りになっている。


「それより、ゲイル・グラディス。なぜ君がここにいるんだい?」


 氷のような眼差しを、クロードはゲイルに向けた。その口端にはいつもの笑みが乗っているが、どうやら今は怒りを表しているらしい。


「いやぁ、王女さんがなかなか面白い人だったんで。それに共通の趣味持ってる相手なんて、なかなかいないんですよ。ちょっとくらい大目に見てくださいよ、殿下」

「見ない。ライラ、彼を王宮の玄関までお見送りして差し上げろ」

「御意」

「ちょちょちょ! 待って待って、本当に待って! 王女さん!」


 助けて! と懇願されるが、フェリシアはそんなゲイルを半目で睨んでいた。

 

「聞きましたわよ、ミスター・ゲイル。あなたがわたくしに毒を盛ったんですってね?」

「そうだけど違うから! 毒を盛るよう依頼されて、俺はそれをこなしただけっていう……」

「世間ではそれを暗殺というのよ」

「ま、俺の仕事だしね、それが」

「ならなぜ平然と対象者の前にいるのよ!」

「大丈夫ですって。依頼主ならすでに殿下が捕まえましたし、俺はもう二度と王女さんの暗殺依頼は引き受けませんので」

「そういう問題ではないのだけど⁉︎」


 どこにこれほど大っぴらな暗殺者がいるというのか。

 しかもなぜ普通に会話に交ざっている。


「細かいことは気にしないのが一番ですって。あ、もちろん殿下の暗殺も引き受けないので、それならいいっすか?」

「ライラ、この図々しい男を地獄の門まで送って差し上げて」

「御意」

「殿下より酷ぇ!」


 ゲイルが泣き真似を披露するが、フェリシアの冷めた視線が突き刺さるばかりである。

 しかもこの男、実はゲイル・グラディスというのは偽名なのだ。しかしそれを知っているのは、おそらくクロードだけだろう。

 この風変わりな暗殺者は、本当にフェリシアのことを気に入ってしまったようで。

 昨夜、クロードの寝室に難なく侵入してきたこの男は、フェリシアとクロードの命を狙わない、そして裏の情報をクロードに提供するという条件で、秘密裏に動くクロードの部下となったのだ。これは本人が提示してきた条件である。

 この男が裏の世界ではそれなりに有名な男だと突き止めていたクロードは、これを野に放ってフェリシアを狙われるよりかは安全と考え、男の条件を飲んだ。

 確かに飲んだのだが。


「フェリシアに近づいていいとは言ってないはずだよ、ゲイル?」

「げ。本気で怒ってんじゃん、殿下。うわぁ、触らぬ神に祟りなし。よし、今日は退散します!」

「二度と来なくてよろしいわ」

「ははっ。じゃあ今度は土産にキョウチクトウ持ってくるから、それで許してくださいねー!」


 言いながら、ゲイルは窓から外へと逃げていく。いつかのフェリシアのように、大木を伝って。

 だからまあ、落ちても死ぬことはないだろう。

 フェリシアがそんな心配をしたのは、ひとえに彼の最後の言葉にときめいたからである。


「キョウチクトウ……」


 それは、長楕円形の葉と、大振りのピンクの花が印象的な、もちろん毒性を持った植物だ。

 ただ、素人でなければ、その強心作用や利尿作用を利用して薬用とすることもできる。大陸の東側にしか分布しない植物の一つである。

 そんな魅惑的な毒草にうっとりとしていたら。


「フェリシア? まさか君、ゲイルの言葉にときめいてなんかいないだろうね?」


 ぎくり。

 もうヴェールをしていないために、大変分かりやすいフェリシアの表情だ。


「そう……。それは残念だよ。君にはまだまだ教え込まないと駄目みたいだね。君がいったい、誰に愛されているのかを」

「や、待って。待ってください殿下! ときめいたのは、決してゲイルではなく、キョウチクトウのほうで……!」

「それはそれで問題かな。大丈夫、分かってくれるまで、たあっぷりと可愛がってあげるから」


 ――それが嫌なんです!

 とは口に出して言えないフェリシアである。

 あの舞踏会のあと、いったいフェリシアがどれだけ恥ずかしい目にあったことか。

 決して恋愛初心者であるフェリシアにすることじゃないことも嬉々としてやってきた王子様は、絶対腹黒の鬼畜の人でなしだ。

 そこから学んだ教訓は。

 二度と彼を嫉妬させるものかと。

 笑顔の下に隠れていたそれは、二人きりのときに暴走してくれた。大変嬉しくないことに。

 そしてそれを知っているのかいないのか。ライラは一礼すると、助けを求めるフェリシアを完全に無視して、彼女の部屋の扉を無情にも閉めた。


(ご愁傷様です、王女殿下)




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