【4巻発売御礼】こうしてライラは意趣返しに成功した

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※こちらは書籍4巻の内容を含みます。

 ネタバレ注意ですので、個人の責任でお読みいただけますと幸いです。

 なお、単体でもお読みいただけますが、もし書籍をご購入いただいた方でしたら、本編を読んだ後のほうが「あ、本編でこうなってたの、そんな経緯があったのか!」とわかってより楽しめるかと思いますので、個人的には4巻読後を推奨しております。

 では、どうぞ!

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 ライラ・ファティリムは、このたび少し浮かれていた。

 理由は簡単だ。自分が仕えているグランカルストの第二王女フェリシアが、この度めでたく自国シャンゼルの王太子と結婚したからだ。

 仕える主人が幸せそうに微笑む姿を見るのは、ライラにとって喜ばしいことだった。


 最初は、王太子であるウィリアムの婚約者の護衛任務など絶対に面倒だろうと思っていたが――ウィリアムという男の恐ろしさを知っていたからだ――フェリシア自身は良い人で、関わるうちに彼女の人柄を好ましく思うようになった。

 貧乏の生まれゆえ、お金を積んでくれるなら余分な仕事も喜んでやっていたが、今後はこの主人フェリシアの不利益になるようなことは受けないでおこうと思うほどには、彼女を慕うようになった。

 それに、あの鬼畜な王太子に散々振り回されている彼女だ。たまに不憫すぎて、無性に助けてあげたくなるのが人情というものである。


 そうして慕っている主人のめでたい節目けっこんを内心で喜んでいたが、ライラのそれは長くは続かなかった。

 というのも。


(私の貴重な休みを、あの悪魔……!)


 実はライラは、フェリシアの結婚式の翌日から少し長めの休みを与えられていた。

 騎士にとって長期休暇というのは珍しい。これを機に実家へ帰省するのも悪くないと考えていた。

 それが台無しになったのは、数十分前のことである。


 もともと、小さな違和感はあったのだ。

 シャンゼルの王族の結婚は、結婚式後、一週間の祝宴週間が設けられる。国中がお祝いムードとなり、その最終日には、他国の貴賓も招待した盛大な舞踏会が王宮で開かれる。

 それをもって、結婚した二人は、やっと国内外で正式な夫婦と認められるのだ。それがシャンゼル王家における結婚の慣習である。


 だというのに、いくら功績を踏まえた労いの休暇だと言われたとしても、フェリシアの専属護衛騎士である自分が祝宴週間中に長期休暇を与えられるなんて、何か変だとは感じていた。

 自分だけでなく、他の近衛騎士たちも何人かが長めの休みを与えられている状況に、吞気に「王太子殿下は優しいな~」なんて寝言をほざける平和ボケした騎士は、残念ながら一人もいなかった。


 そうして王太子直々に話があると呼ばれたとき、呼ばれた騎士たちは、互いの面子めんつを確認して全員が悪い予感を覚えた。

 なぜなら呼ばれた全員が、等しく休暇を与えられた者たちだったからだ。

 そして対面する王太子の微笑みを見たとき、それが王太子の顔だと知っている騎士たちは、全員もれなく「あ、無茶振り来るわこれ」と内心で声を一つにした。




『――君たちには、内偵を命ずる』


 その瞬間、誰もが顔をしかめたのは言うまでもない。たとえ気合いで隠したとしても、この王太子が気づかないはずがない。

 内偵は、一度始まれば長いことそれにかかりきりになり、まともに家に帰れないことが確実とされる任務である。

 既婚者はみんな嫌がる任務だ。

 そのとき集められた面々がまず思ったのは、「だから長期休暇を与えられたのか」だった。

 しかしライラだけは、さらに嫌な予感がして口を開いた。


『殿下、発言よろしいですか』

『いいよ。なんだい、ライラ』

『内偵はいつから』

『私とフェリシアの祝宴週間が始まってすぐだね』


 それはライラたちが休暇を与えられた日でもある。


『つまり、我々が頂いた休暇は……』

『このための休暇だね。またの名を、敵の目を欺くカモフラージュ休暇と言うけれど、みんな覚悟してここに来てくれただろう? 私のもとで働いている君たちだ、こうなることを少しも予感しなかったとは言わせないよ』


 確かに予感はしていた。何か裏があるだろうことは。

 けれど、だからといってこう開き直られると、普通に腹が立つというものである。

 裏がある予感を覚えつつも、ここに集められた全員が本当に休暇をもらえることを、わずかにも期待していたのだから。

 休暇をくれないなら、フェリシアの護衛のほうが断然いい。

 それがなぜ内偵調査班に回されたのか。

 質問したライラに、ウィリアムは。


『だから、敵の目を欺くためだよ。フェリシアが一番気に入っている騎士きみを休ませれば、相手もこちらの警戒が緩んでいると思ってくれるだろう? 普通なら祝い事の行事ほど警戒を強めて、周りを騎士で固めるものだからね。でも今回は、そうするわけにはいかないから』


 と、最もらしい答えが返ってきた。

 しかしそれだけでないだろうことは、いつにないくらい上機嫌なウィリアムを見ていればわかるというものだ。

 なにせ、内偵の命令を騎士たちに与えたウィリアムの視線は、まだ一度も執務机の上から動いていない。

 先ほどから熱心に何を見ているのかと思えば、そこには様々な部屋の内装が載ったカタログが広げられている。

 騎士たちの視線に気づいているのかいないのか、ウィリアムはひとり言のように続けた。


『いつもはさ、ライラが必ずそばにいるだろう? だからあまり、フェリシアが恥ずかしがるんだ。そんなところもかわいいけど、たまには思う存分かわいがりたいからね。そのためには人の目をなくす必要がある。特にフェリシアは深い付き合いをしている者に見られるほうが羞恥心が強くなるみたいだから。こういうのを『災いを転じて福となす』と言うのかな。それとも『怪我の功名』? いずれにせよ、正真正銘の二人きりだ。――ふふ、新しいフェリシアの部屋は、どんな内装なら喜んでくれるかな』


 浮かれ具合がここまでくると、怒りを通り越して気味が悪くなるというものだ。

 まさか自分を護衛から外した理由の全てが「二人きりになりたかったから」ではないと思うけれど、理由の五割はそうであるような気がした。

 他の騎士たちの、なんとも憐れむような視線が気に食わない。

 初恋の女の子と結婚できて浮かれている王太子の気持ちがわからなくもないけれど、やっぱりなんだか気に食わない。

 それこそ特別手当てボーナスでも出してもらわないと割に合わないと思うのは自分だけか。


『お言葉ですが、殿下』


 だからライラは、浮かれすぎて今にも顔がニヤけそうな不気味な上司ウィリアムに、容赦なく現実を教えてやることにした。


『二人きりではありません。殿下ご自身がお付けになった、王女殿下の影の護衛ゲイルがいます』


 ウィリアムの微笑みがここでわずかに固まった。

 それを見てとったライラは、ふっと、滅多に見せない笑みを口端からこぼす。


『私の代わりに、ゲイルが王女殿下のお命を守ることでしょう』


 さしものウィリアムも、言葉どおりにフェリシアの護衛を一人も付けないということはできないはずだ。

 だから先ほどの発言は、誇張されていた部分もある。

 しかしその中でもライラが挙げた人物は、ウィリアムへの意趣返しとしては適任だろうことをライラは知っていた。


『それでは職務に戻ります。失礼しました』

『『し、失礼しましたー……』』


 他の騎士たちと共に王太子の執務室を出る間際、ちらりと見えたウィリアムの顔は、まるで不貞腐れた子どものようで――。




(今思い出しても、あのときの顔は笑える)


 今までは、あの王太子に意趣返しなど、やりたくてもできるものではなかった。

 何をすれば王太子の心にダメージを負わせることができるのか、皆目見当もつかなかったからだ。


 そう思うと、自分の今の主人が来てくれて本当に良かったと思っている。

 でなければ、あの鬼畜殿下が誰にも止められない独裁者になることも、十分にあり得た話だろう。

 ライラが今まで見てきたウィリアムという男は、それくらい冷酷なところがある。

 だから、ああして己の妻に弱い姿を見るのは、呆れもするけれど、同時に「あの人も人の子なんだな」と思わせてくれるから、やはり彼女がシャンゼルに来てくれて本当に良かったと思う。

 とりあえず。


(しばらくは王女殿下ネタで意趣返ししてやろう。人の休暇を奪った罪は重いと思い知ればいい)


 腹の虫がおさまるまでは、いじり続けてやろうと心に決めたライラだった。


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