【4巻発売御礼2】ねぇ、知ってる?~〇〇の日3本仕立て風~
――ハグの日――
「ねぇフェリシア、知ってる? サラの世界ではね、ハグの日という、一日中抱擁が許される日があるらしいよ。この世界でも制定しようか」
「ぶっ」
フェリシアはウィリアムのとんでもない発言に、思わず王女にはふさわしくない反応をしてしまった。
飲んでいた紅茶が綺麗な放物線を描いたのは余談だが、とにかくフェリシアは慌てて絨毯に目をやった。
「染み……になってない!」
セーフ、と心から安堵する。ここは王宮だ。絨毯一つとっても目が飛び出るくらいの値段がするのだから、自分のせいで染みを作った日には、弁償のため手持ちのドレスやアクセサリーを売る所存である。
テーブルにかかった飛沫は、優秀な侍女であるジェシカがさりげなく拭いてくれた。
フェリシアは恨みがましい目でウィリアムを睨んだ。
「ウィル、急にそういう突拍子もないことを言うの、本当にやめてください。今の私の醜態も絶対誰にも言わないでくださいね!」
「うん、言わないよ。でもフェリシアは本当に良い反応をしてくれるから、話すこちらとしてはとても話しがいがあって嬉しいよ?」
「もしかしてそれでフォローしてるつもりです!?」
だったら
「だいたい、ハグの日の認識が全然違います。どうせサラ様の仰ったことを曲解したんでしょう? いいですか、ハグの日というのは、身近な人に信頼の気持ちを伝えるもので、決して一日中ハグをしてもいいという日では――」
「というか、なんか詳しいね? フェリシア。これはサラの世界の話なのに」
「――んんっ、おっほん! あー、あー。いえ、言うほど詳しくありませんわ」
「フェリシアもサラから聞いていたとか?」
「じ、実はそうですの! サラ様とお茶会をしたときに。だから、そんな変な解釈で制定しようとしないでください」
ただでさえウィリアムは一国の王太子なのだ。
しかも病床に伏すことの多い国王に代わり、今や彼がほとんどの公務をこなしている。
そんな彼が制定すると言ったら、本当に制定してしまいそうで怖かった。
そしてそんな彼に一日中ハグをされるのは、他ならぬ自分だ。
(そんなことされたら心臓が死ぬ。絶対死ぬわ。それをわかってて制定なんてさせるわけないでしょ!)
ウィリアムとのハグは好きだけれど、ものには限度というものがある。
「そう、それは残念。じゃあ法では制定しないから、私たち夫婦の間で設けようか。さっそく今日とかどう?」
「な、何言ってますの! そういう問題じゃないというか、私、今日はこれからダレンのところに行くって言いましたわよね!? ってちょっと、ウィルっ」
「今日は一日放さないよ。だからダレン殿のところは諦めてね」
本当にがっちりしっかり後ろから抱きしめられて、フェリシアは己の敗北を悟った。
「もうっ、ウィルの馬鹿ぁ――!」
――いい夫婦の日――
「ねぇフェリシア、知ってる? サラの世界ではね、いい夫婦の日というのがあるらしいよ。まさに私たちにぴったりの日だと思わない? いい夫婦であればあるほどいいらしいから、この日は私たちが手本となるのはどうだろう? 大義名分のもとで二人の時間を存分に楽しめるよ」
「だめに決まってますわよね!?」
何言ってるのこの人! とフェリシアはついソファから立ち上がる勢いで突っ込んでしまった。
夜も遅いというのに、声を抑えなければならないという考えは吹っ飛んでいた。
それもこれも全ては、またとんでもないことを言い出したウィリアムのせいである。
「あのですね、いい夫婦の日というのは、確かに夫婦で余暇を楽しむための日ではありますが、あくまで提唱です。大義名分にするものじゃありません! そもそもこの国にそんな日はありませんわ」
「だから制定しようと思ったんだけど……これについても詳しいんだね? フェリシア?」
「あっ」
しまった、と背中に冷や汗が流れる。
これはサラの世界――つまりこことは違う異世界の慣習だから、本来であればフェリシアが知っているのはおかしいことである。
けれどフェリシアは転生者であり、サラとほぼ同じ世界から転生している。詳しいのは当然だ。
(でも私、ウィルに転生のこと言えてないわ)
ので、フェリシアは一度使った手をもう一度使うことにした。
「じ、実はこれも、サラ様から聞いていたので……」
「ああ、だろうと思った」
なんとか誤魔化せたフェリシアは、大きく胸を撫で下ろしたのだった。
――キスの日――
「ねぇフェリシア、知ってる? サラの世界ではね、キスの日という素晴らしい日があるんだって。この日は一日中――」
「するわけありませんわよね!?」
もう何を言われるか先に読めたフェリシアは、ウィリアムに
ここ最近の彼は、「ねぇフェリシア、知ってる?」で会話を始めるので、そのひと言を聞いただけで心が自然と身構えるようになっていたのだ。
案の定、ウィリアムの口からは、またありえないことが飛び出した。
「それは絶対曲解ですわ。サラ様は絶対にそんなことは言いません。一日中キスなんてしたら、絶対に、く、唇が、ふにゃけますもの!」
「え、ちょっと待って?」
そのとき、向かいのソファに座っていたはずのウィリアムが、おもむろにフェリシアの隣に移動してきた。
「今の、もう一回言ってくれる?」
「で、ですからっ、唇がふにゃけるって――」
その瞬間、彼が吹き出した。
「うん、ふやけるんだね」
「……え?」
「かわいいね、フェリシア。嚙んじゃったの? それとも今までも『ふにゃける』って使ってたの? そうだな、せっかくだからふにゃけるかどうか、試してみる?」
「~~~~っ試しません!! もうやだ、指摘するなら真面目に指摘してくださいっ。なんで言い直させたんですの。もう二度と言いません!」
嚙んだわけではなく、完全に間違えて覚えていたわけだが、それがこんなにも恥ずかしいのはウィリアムの指摘の仕方が悪いからだ。そういうことにした。
「ごめんね、フェリシア。だってそんなかわいい言い方をされたら、また聞きたくなるだろう? ほら、ね? キスしてあげるから、機嫌直して」
「それで機嫌を直すと思ったら大間違いですよ!」
「うん、知ってるよ。だからこれは、ただの口実。私がしたかっただけ」
「なんで開き直ってるんですの……!」
だんだんと迫ってくるウィリアムの美貌に、フェリシアはくらりとした。なぜ意地悪に笑う顔さえこんなにかっこいいのだろう。心の底からムカついた。
「ふふ。もう毎日キスの日にするのも、いいかもね」
よくない! という文句は、彼にばくりと食べられてしまったフェリシアである。
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