危なくない?
事件は何でもない日に突然起こるものだ。
「た、高嶺さん! あの、良かったら……私と友達にならない?」
体育祭に向けて練習も始まり、クラス内も少しずつ新しい環境に慣れてきた頃、友達作りに積極的な小柄少女、三木さんが勇気を出して心詠たちにそう告げたのだ。
当然、そんな誘いをしたのは彼女が初めてだったので、周囲の人たちも興味津々で様子を窺っている。ここまで直接的に誘われて断る人などあまりいない。心詠が答えたら自分も後に続こうと思うものは多数いた。しかし。
「……ごめんなさい。私、この学校では友達を作らないと決めているんです」
「え……」
心詠は断ったのだ。少しだけ申し訳なさそうな顔で、でもハッキリと。予想もしていなかった返事に三木さんは戸惑う。少しの気まずい間を置いて、三木さんは慌てて口を開いた。
「あ、あはは、ごめんね。そ、そうだよね……私なんか、友達になられても困るよね……」
変な事言ってごめんね、と三木さんはそのまま逃げるように教室を出て行った。別に三木さんだから断ったというわけではないのに、と心詠は内心で思っていたが、口に出すことはない。誤解されるなら、それも仕方ないと思っているのである。
「……やっぱ金持ちは住む世界が違うのかね」
「可哀想だったね、ミキミキ……」
小さな声なら聞こえないと思っているのだろうか。それとも聞こえるように言っているのか。クラスメイトからそんな声があちこちから聞こえてきた。咄嗟に束咲が殺気を放ったが、心詠がその手をとって制止する。そして、何も言わずに束咲の目を見つめると、ようやく束咲も殺気をおさめた。
その日から、このクラスはどこかギクシャクとした雰囲気に包まれてしまった。友達作らない宣言の時にその場にはいなかった刀冴だが、噂は耳に入り、その微妙な空気の原因は察していた。しかし、当の本人は全く気にした様子がない。
「文芸部って秘境だよね。表立って活動する事がないから内部がどうなってるのか凄く気になる。やっぱり愛の告白なんかも詩的だったりするのかな……ううん、きっと内に秘めたまま熱い想いを心の中でシャウトしてるんだよ、きっと!」
相変わらずであった。
とはいえ心詠だって一人の女子高生。全く思うところがないわけじゃないはずである。あんな周囲を敵に回しかねない発言をして、一体コイツは何を考えているんだ、と思ったところで刀冴はハッとした。
何故、こんな奴の事なんか気にしなきゃならないのか。コイツが孤立しようが、周りに何を言われようがどうでもいいはずなのに。
それなのに。時々嫌でも耳に入る「孤独なお嬢様」だとか「一般人には興味がない」などの言葉が妙に苛ついた。
彼女らと関わるようになってから、苛々することが増えた刀冴。誰とも関わらなかったあの頃は気楽なものであった。心を惑わされる事もなく、好きな事だけやっていれば良かったのだから。
それを思うと、やはり意地でもあの誘いに乗らなければ良かったかもしれない。それなのに結局は何となく付き合いを続けているのは何故なのか。関係を断ち切ろうと思えば出来るはずだ。あのお嬢様はこちらが本気で言えば、嫌がる事はしない気がする。
わかっていながら何故かそんな行動を起こさない自分を、刀冴は不思議に思った。そして、未だに突き放そうとしない自分に、最も苛立ちを覚えていた。
体育祭も来週にまで迫ったある日の体育の授業中。男子は騎馬戦、女子はリレーの練習をしていた。競技に出る事のない他の生徒は自分の出場種目の練習、となっているが実際行う者はあまりいない。障害物競走や玉入れを道具なしでどのように練習せよ、というのか。その辺りこの学校はどこか緩い。
結局のところ観戦したり、準備をしたりと暇を持て余している。心詠たちもその一部であった。
「あ、タバサ見てよ。トウゴくん、騎馬の一番前だよ」
「アクツはそれなりに身長もあってしっかりとした身体付きですからね」
周囲から少し離れた場所でヒソヒソと会話する二人。その視線の先には男子が騎馬戦の練習をする姿があった。三人で騎馬を作り、一人が上に乗る。騎馬の前というのは一番重要な場所である。いくら体型的にベストでも性格的にどうなのだろうかと思わなくもないが。
「安定感はトウゴくんで成り立ってる感じだね」
「上に乗る人はそれなりに運動出来そうですが、騎馬の後ろ二人が控えめに言って鈍臭いですね」
刀冴と組む騎馬の後ろ二人は、取り立てて目立つ所もない普通の体型の男子二人だ。そこまで運動が苦手というわけでもないと思うのだが。
「組む相手がトウゴくんだから、かな」
「ビビりまくってますね」
上に乗る活発系男子はともかく、その二人はかなりビビったいたのであった。お陰でいつも通りに動く事が出来ず、二人は挙動不審となっている。
「……危なくない?」
あまりにもフラフラしているので心詠がそう呟いた時。後ろの一人が足を縺れさせて転んでしまった。その拍子に後ろのもう一人も体勢を崩し、咄嗟に手を伸ばしたのだろう、事もあろうに刀冴の肩を掴んで転倒してしまう。上に一人乗っている状態で思い切り体重をかけられた刀冴は何とか踏ん張るも、最初に転んだ一人が足元にいたため、バランスを崩してしまった。
「……っトーゴ!」
砂埃を巻き上げながら約二人分の下敷きになった刀冴は地面に倒れ込む。その光景を目の当たりにした心詠は、咄嗟に立ち上がって彼の名を叫んだ。
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