でも、お嬢様は?
それからというもの、クラスメイトからたまに話しかけられるようになった心詠たち。心詠は男子生徒から憧れの眼差しで見られ、束咲は女子生徒からアピールされまくっていた。
「高嶺さん、貴守さん、次は移動教室ですよ!」
「あとで向かいますから、先に行っていてください。ご丁寧に教えてくださり、ありがとうございます」
その度ににこやかに、お嬢様らしく対応する心詠。その様子を見る度に何故か刀冴は苛々を募らせていた。恐らくは、自分に対する態度との差に苛立っているのだろうが、それが何故自分の機嫌が悪くなる事に繋がるのかまでは刀冴自身もよくわかっていない。
次の授業は音楽だ。刀冴は何も持たずに教室を足早に出て行った。
同好会の空き教室に鍵を開けて入ると、刀冴は衝立の裏のいつもの場所に座る。それから壁に背を預けて目を閉じた。今日の音楽の授業はサボる気である。
目を閉じて寝ようとするのに、脳内では先程の心詠の態度が繰り返し流れていく。あんな話し方似合わない。なぜ演技をするのか。いやでも、本来あちらの姿が普通なのか? 彼女は曲がりなりにも本物の「お嬢様」なのだから。
寝たいのに考えすぎなのか頭痛までしてきた。これはダメだと思った刀冴は、一度思い切り両手で顔を叩く。それから深呼吸をして、伸びをし、再び目を瞑ると、今度はゆっくりと意識を手放し、心地よい眠りへと誘われていった。
授業一つ分と昼食後のいつもの昼寝タイムを取った刀冴は、たくさん寝ただけあって普段より調子良くアルバイトに励んだ。土日の引越し業者のアルバイトで身に付いた腕力と体力を駆使して、今日は力仕事を率先して引き受けていく。
「悪いなトウゴ。仕事終わりなのに大丈夫か?」
「大丈夫っす」
「ああ、それなら僕も運ぶの手伝うよ」
発注されたワインを専用のワインセラーまで運ぶ刀冴を見た士晏が手伝いを名乗り出た。しかし士晏は長身ではあるものの線が細い。力仕事に向いているとはあまり思えなかった。
「あ、心配してるね? でも、僕はこれでも力はある方なんだよ」
ほら、と士晏は皆に見せるように軽々とワインのケースを持ち上げる。その表情は涼しげだ。その意外性に何故かキッチンから歓声が巻き起こった。
「意外でしょ? よく言われるんだよね」
刀冴の後に続いて歩きながら士晏は苦笑を浮かべてそう言う。
「何かやってたんすか」
「うん。一応小さい頃から武道をね。親に言われて嫌々やってたけど、今では結構楽しいと思ってる」
「今も続けてるんすか」
「そう。何だかんだ言っても身体を動かすのは良いものだよ」
意外だとは思ったが、そういえば姿勢も良いし歩き方も隙がないので、何か武道をやっているというのは納得出来た。刀冴自身はこれといって何かをしてきたわけではないので、細かい事はよくわからない。ただ、見かけで誤解されやすい為に喧嘩は数多くこなしている。お陰で誰がどの程度強いか、というのは感覚で分かるようになっていた。意識して見さえすれば何となくわかる、という程度ではあるのだが。
「トウゴくんは、ケンカ慣れしてるでしょ」
つまり、ちゃんと武道を続けている士晏にも何となくわかるようで。刀冴は図星を突かれてしまった。
「……好きで喧嘩してるわけじゃない」
「それはわかるよ。トウゴくんは喧嘩が好きなわけじゃない事くらい」
まだ短い付き合いではあるが、彼はどちらかと言うと面倒くさがりだし、平和主義、事なかれ主義だと士晏は思っていた。
カチャカチャと瓶が鳴る音だけが響く。刀冴は内心で、士晏に感謝の言葉を述べた。周囲にいくら誤解されても、こうして理解してくれる人がいれば救われるものだな、と実感していたのだ。ほぼ毎日、話をしながら帰宅する事で刀冴はかなり士晏に懐いていた。その辺り、条件は同じなのに心詠たちと差があるのは立場と性別の差だろうか。
こうして今夜も二人は共に仕事を終え、帰宅の途につく。慣れたように助手席に座った刀冴は、お願いしますと声をかけた。毎回必ず挨拶はする辺り真面目である。
「へぇ、なるほどね。そのお嬢様はいつも一緒の友達とトウゴくんには砕けた口調になるわけだ」
刀冴は自分の事をすすんで士晏に話しているわけではないのだが、士晏は人の話を聞き出すのがとても上手かった。気付けば学校の様子や心詠たちに巻き込まれている話を相談するような間柄になっている。
「それが気に入らない?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「でも、何だか苛つくんだね?」
「……まあ」
そうかー、と軽く答えた後、少し考えた士晏はでも、と言葉を続ける。
「それって、親しい間柄だけの言葉遣いだったりするんじゃないかな」
「親しくないし、アイツは最初からあんなだった」
「トウゴくんはそう思うんだね。でも、お嬢様は?」
言葉の意味がわからず、刀冴は思わず片眉を上げた。
「お嬢様は、トウゴくんと親しくなりたいんじゃない?」
「……意味が、わからない」
刀冴の言葉は照れ隠しでも何でもなく、心底不思議であるという意思を感じさせるものであった。これといって接点もない相手がなぜ、しかも人から怖がられがちな自分と親しくなりたいと思うのか、心の底から理解出来ないのだ。
ああ、でも。ツンデレがどうとか不良の属性がどうとかよくわからない事を言っていたな、と刀冴は思い直す。そもそもよくわからない相手なのだ。考えるだけ無駄だったかもしれない、と思考を放棄したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます