各自適度に聞き流すように


 次の日、刀冴は言われた通り学校を休んだ。それどころか、アパートから一歩も外に出る気配がなかった。近くで見守っていた護衛たちが、あまりにも動きを見せないために部屋の中で倒れてるのではと心配し、何度か部屋の様子を伺った程である。しかし、水を出す音などが聞こえたことから、ちゃんと起きてはいるらしいとわかってからは安心して見守り続けたが。


 そうしてそろそろ陽も暮れるかという頃、ようやくらアパートのドアが開く。どこかへ買い物かと護衛たちも動こうとしたのだが、何やら刀冴はこちらへ向かってきているようだ。護衛が待機している事に気付いていたのだろう。今までのように隠れていたわけではなかったので、何か困った事でもあったのかと護衛たちは刀冴が近くに来るのを待ち、話を聞くことにした。


「……頼みが、あるんすけど」


 案の定、護衛たちの前まで来ると、刀冴は控えめにそう言ったのだった。




 その日、心詠は予定通り束咲と朝食を共に食べ、のんびりと二人で過ごしていた。そこへ、兄の隼敏から連絡が来る。今回の件について少し報告したいとの事だった。


『昨日の今日で、負担をかけるかもしれないが……先延ばしにするのも傷口を抉るような気がしてな』

「お気遣いありがとうございます、お兄さま。でも大丈夫です。聞かせてください」


 せっかくなので、一緒にお茶でも飲みませんか、という心詠に提案に、電話口で隼敏が微笑む気配を感じた。心詠の心は、自分でも意外なほど落ち着いており、大丈夫という言葉に偽りは本当になかったのだ。


「やっぱり、束咲とのんびり過ごせたのが良かったのかも」

「はい。私も凄く癒されましたから」

「たまにはこういうのもいいね?」


 二人は微笑み合い、またこうして過ごそうと約束を交わした。


 そして、午後のお茶の時間になると、心詠は束咲と共に談話室へとやってきた。兄と一緒に士晏もここに来ると聞いたからだ。この四人で顔を合わせるのは何年ぶりか。せっかくだからと心詠が束咲もと声をかけたのだ。

 二人でお茶の準備をしていると、来訪を告げるノックと声が聞こえてきた。心詠が入室を促すと、士晏を伴った隼敏が微笑みながら口を開いた。


「ああ、顔色は良さそうだ。安心したよ」


 心底ホッとしたようにそう言う隼敏に、心詠は少し申し訳なさそうに笑いながら答えた。


「今日はズル休みしましたからね」

「ズル休みではないだろ。弱っているのが身体じゃなきゃ、休んじゃいけないのか?」


 心が弱っている時も休むのは当たり前だろ、と隼敏は言う。続けて、見た目にわからない病気や疲労は誤解されやすいから、その辺りもっと世に浸透して欲しいよな、と腕を組んで難しい顔をした。


「それもそうですね。でも、今日は束咲とのんびり楽しく過ごせたから、何となくズル休みをした気分なんです」

「なるほど。でも違うぞ? それは紛れもなく治療であってズルじゃない。休む側の意識も変えていくべきだぞコヨミ」

「目から鱗ですね……以後気を付けます。今日私は治療の為に学校を休みました」


 心詠の素直な返事を聞いて、ようやく隼敏はよろしいと笑顔で頷いた。そうしてやっと、心詠は二人に席を勧めたのである。


「……そうなると、私はズル休みになりますかね?」

「ならないと思うな。身内の看病をしてたのだから、タバサだってズルじゃないよ」


 側に控えて立つ束咲がソファに座る心詠の耳元でそんな事を言うので、心詠も悪戯っぽく笑って返す。そんな冗談を言い合う二人を見て、隼敏は安心したように微笑んだ。


「せっかくだから今日は士晏も束咲も隣に座れよ。部屋の外にも護衛はいるわけだし、たまには昔みたいにしようぜ」


 話の内容も重くて気も滅入るから、そのくらいはいいだろ? と言われてしまえば貴守兄妹も断れない。士晏と束咲は一度顔を見合わせ、そして苦笑を浮かべてそれぞれの主人の隣に腰を下ろした。


「お、束咲。紅茶淹れるのが上手くなったな」

「ありがとうございます」


 隼敏が紅茶に口を付け、感想を述べると束咲も嬉しそうに微笑む。護衛としての職務とは関係なく、束咲は紅茶を淹れるのが好きで、昔からよく隼敏にも振舞っていたのだ。ちなみにお菓子作りや料理も得意な束咲は、見た目に反して誰よりも女子力が高い。先日心詠にクッキー作りを教えたのも束咲だったりする。


「あーやだなー、このままのんびり雑談してぇー話始めるのやだー」

「はいはい、さっさと終わらせてから雑談しましょうねー」


 突如両手で頭を抱え、天井を仰ぎ見ながら隼敏が叫ぶ。それを表情を変えずに軽くいなして、驚くほどスムーズに隼敏の姿勢を正す士晏。ここの主従関係は心詠、束咲と似ていた。流石兄妹同士である。


「ちぇ。わかったよ。じゃ、話すけど胸糞悪くなる内容だから各自適度に聞き流すように」


 隼敏の言葉に皆が姿勢を正して心の準備を終えた。


「あの男、阿久津吾郎ごろうは、即死だった」


 あの後、士晏は同時に隼敏にも連絡を入れており、隼敏はそのまま父親に連絡をした。色々と根回しをしたのもあるが、元々実際に自害であった為にこちら的にはそう大きな問題にはならなかったという。

 吾郎は心詠を誘拐した時、単なる腹いせだと供述していた。しかし邪魔になったら刀冴もろとも殺す気でもいたという。捕まった当時は自暴自棄になっており、正常な精神状態でなかった故の供述であったが、あの時刀冴が脱出を試みたのは良い判断であった。


 そして、捕まった直後は頻繁に刀冴さえいなければ、また高嶺に復讐を、などと呟いていたという。それが、いつだったかを境に一切言わなくなり、あの頃の姿が嘘だったかのように真面目で、深く反省した態度を見せていたための仮釈放となったらしい。


「長いことジッと待ってたんだろうな。気の迷いだったとしても、一時でも人に殺意を抱いてた奴の仮釈放なんか、信用出来ない」


 難しい顔をしながらそう告げる隼敏の言葉に、誰も口を挟まずにいたのだった。

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