そんなわけでやっと不良くんを買収出来たってところかな


 とあるごく普通の一般公立高校。進学校ではあるものの、これと言って特殊なことなどはない。いわゆる普通の高校であるが、この学校には有名な人物が三人いた。


 一人は、この一般的な学校に通っているのが不思議なほどの金持ちお嬢様。艶やかな黒髪を靡かせる美少女で、成績優秀、品行方正な高嶺心詠。

 そして、そのお嬢様を守るように常に側にいる金髪ショートの長身美女。護衛がしやすいからか、男子生徒の制服を着ており、男装の麗人として女生徒からの人気を独り占めしている貴守束咲。


 それからあと一人は。


 近頃そのお嬢様と付き合いだしたらしいという噂の、目付きの悪い不良生徒、阿久津刀冴だ。この噂は一日で学校中に広まり、今や学内で知らない者はいないだろうほどのタイムリーで衝撃的なニュースである。


 その本人たちは、本当ならこの事実を隠すつもりであった。何故ならお嬢様、心詠は学校で友達は作らないと父親と約束をしていたからだ。しかし、特定の友達を作らないというのは、学校生活を楽しまない事とは結びつかない、と刀冴が告げたのである。


「学校に通ってる間に学生生活を楽しむのは、罪か?」

「だって、どうせ学校にいる間だけのものになるもん……なんだか薄情に感じるし、それに卒業したらみんなとはきっと、関わる事はないから」


 本当は友達が欲しいくせに変な鎖で縛られているように見えた刀冴は、それなら余計に良い思い出が多い方が良いだろうと反論した。


「楽しかった記憶は消えない。それが例え二度と戻らないものだとしても……心に残る。自分にとってプラスにな。俺には、もう家族はいないが、両親との楽しかった思い出はずっと残ってる」


 そんな刀冴の言葉に心詠はますます惚れ直したという。そしてその意見に賛同したのだ。そう、賛同しすぎたとも言える。


「まぁ、そんなわけでやっと不良くんを買収出来たってところかな」

「買収って……もう、コヨミちゃんてば面白い!」

「まさかお嬢様がこんな性格だったとは思わなかったよー」


 要するに、無事付き合い始めた事が嬉しかった心詠は、ペラペラとクラスメイトに話し始めたのである。もちろん、事件の事などは全て伏せてあるが。

 つまり、自ら噂を広めたというわけだ。ただし、父親には秘密だから仲良く出来るのは教室内だけね、と心詠は事前にクラスメイトと約束している。空気の読める素直なクラスメイトたちはそれを喜んで受け入れてくれた。


「別に金は受け取ってねぇ」


 注目を浴びる事が不本意である刀冴は嫌そうに眉根を寄せてぼそりと言い返す。しかし、それなら一体何で買収されたんだよー、とクラスメイトたちから冷やかしが飛んできたのは誤算であった。しかし、そんな冷やかしも心詠は余裕で返していく。


「わ・た・し?」


 人差し指を頰に当て、軽く俯き上目遣いで告げる心詠に、きゃあ、という女子生徒たちの悲鳴と、くそぉっ、という男子生徒の怨念こもった呻き声が放課後の教室内に響き渡った。刀冴はそれに対して違うとも言い切れず、微妙な顔になる。なぜこんな曲者お嬢様に惚れたのか、考え直す必要があるかもしれない、と。


「でもね、私まだトーゴからは愛の言葉を貰ってないんだよね」


 はふぅ、と頰に手を当てて悩ましげな表情を作る心詠はそんな事を呟いた。その言葉に女子生徒からは、えー? だの、あり得ない! だの言う声が上がる。

 嫌な空気になってきた、と刀冴は思った。実際予想通り、それなら今言いなよ! という変な空気になってしまう。ピシリと青筋がたつのを感じた刀冴は、思い切り心詠を睨みつけながら低い声で唸った。


「おい、コヨミ。調子にのるんじゃねぇぞ」


 思わずクラスメイトたちが押し黙ってしまうほどの迫力であった。あんなに賑やかだった教室が、一瞬で静まり返る。気まずい空気になるか、と思われたその時、心詠だけが他とは違う反応を見せていた。


「と、トーゴが、私の、な、名前を、呼んだ……!? は、はじめて……!」


 たったそれだけの事なのに、みるみるうちに真っ赤になっていく心詠。


「……色々言ってますけど、コヨミ様はとても初なのですよ」


 束咲がそう一言付け加えると、照れて真っ赤になる心詠の姿をクラスメイトたちは生温い眼差しで見つめたのだった。こんな様子で愛の言葉をもらったらどうなるんだ、このお嬢様は、と。

 余談として、刀冴に片想い中(心詠調べ)の瀬尾くんはどこか悔しそうだったと付け加えておく。




 心詠と刀冴は、互いに想いを自覚し合い、伝え合って仲を深めた。けれど、過去に起きた出来事は消えずにずっと残っていく。心の傷は、時間が経っても突然鮮明に思い出せてしまうのだ。その為、二人は今後もきっと、幾度となく過去の記憶に苦しめられるだろう。


「よ、よぉし。身分差恋愛がなんだ! 家は兄さまが継ぐし、お父様の説得くらいやってみせるから任せてね!」

「頼もしいですね、コヨミ様」

「海外で写真撮りに行ってるトウゴくんが恋しくなるだろうなっていう懸念も、こっそり海外に飛んで尾行すれば解決するし!」

「おい」


 教室では、曲者お嬢様を中心に笑い声が溢れている。これで心詠の高校生活は、楽しい思い出でいっぱいになる筈だ。過去の記憶に捕らわれてしまっても、きっと乗り越えていける。


「さ、そろそろ行かないと、アルバイトに遅れるよ?」


 くるりと振り返って刀冴に手を差し伸ばした心詠。


「……そうだな」


 その白くて小さな、そして頼もしい手を、刀冴はもう躊躇うことなく掴む。


『この手を掴んでよ、トーゴ』


 あの日離れてしまった手と手を取り合い、今度離れてもまた掴んでみせる、とギュッと握り合う。


 二人は今も、あの時の約束を守っている最中なのだから。

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曲者お嬢様は、苦学生な不良くんを買収したい 阿井 りいあ @airia

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