ロングホームルーム始めるぞー
その日は最後まで授業に出席したが、精神的な不安定さもあって顔色の良くない心詠は、ロングホームルーム前に帰宅する事となった。
「どこか近くまで送るか?」
「いえ、タバサもいますし、家から迎えの車を手配しましたから」
心配する担任にやんわりと断りを入れる心詠。教室内が少し騒ついた。
「それなら良かった。体育祭も近い事だし、ゆっくり休んでくれ」
「はい。お心遣いありがとうございます。では、失礼いたしますね」
隙のない丁寧な挨拶をした後、心詠は束咲と共に教室を後にする。
彼女たちが去った後の教室は二人に関する話があちこちで噂され始めた。
「聞いた? 迎えの車の手配だって。さすがお嬢様だよね」
「というか、貴守さんまで一緒に帰るって……」
「やっぱりボディーガードなのかな? あの噂は本当って事?」
クラスメイトたちはあの一件以来、心詠たちと明確な壁を作っていた。彼女たちを蔑んでいるわけではなく、本当は仲良くなりたかったのにそれが叶わず、自分たちとは住む世界が違うのだと軽く嫌味になってしまっているのだ。
その様子をうんざりしたように眺めていた刀冴は自分もこのロングホームルームをサボれば良かったと思っていた。あの二人についてそんな風に噂されるのがどうも癪に触る。そう思ってしまう自分にもどうしようもなく腹が立った。
「なるほどな。よし、静かに。お前ら、ロングホームルーム始めるぞー」
騒つくクラス内が担任の声で静まる。全員がちゃんと座り直したのを確認してから、担任は一つ質問を投げかけた。
「突然だが、お前らの中で自衛手段を持ってる奴はいるか? 武闘を習ってるとか護身術を知っているとか、喧嘩が強い、ってのもまぁ入れてやる」
そんな担任の質問に生徒たちはどよめいたが、数人手を挙げる者がいた。刀冴は喧嘩がそこそこ強いと自分でも思っていたが、わざわざ手を挙げる事はしない。担任の最後の一言はどうせ自分に向けたものなのだ。今更手を上げなくてもいいだろう、と黙ってぼんやりと話を聞いていた。
「お、何人かいるんだな。じゃあ今手を上げた人、実際生活の中でその技を使う機会があった奴いるか。誰かに襲われかけたとか、襲われているのを助けたりとかだな」
その質問に対して手を挙げる者は一人もいなかった。そんなのドラマか物語でしか聞かないよね、滅多にないよね、などヒソヒソ話す声が聞こえる。
「まぁそうだよな。でもそう言った事件は毎日のように起こっている。滅多にそんな機会はないが、毎日どこかで起こっているのも事実だぞ。お前らはただ、運が良いだけなのかもしれないよな?」
生徒たちの囁きを拾いながら担任はそう告げた。その言葉に生徒たちは各々確かに、と納得しているようである。担任は続けた。
「さて。ここでさっきお前らが言ってた話を持ち出すぞー。高嶺と貴守の事だ」
心詠と束咲の名前がここで出た事で、何人かの生徒は察したらしく、息を飲む。
「あいつらはな、確かに俺たち一般人とは住む世界が違う。いつ、誰に狙われてもおかしくない。そりゃそうだろ? 金持ちで、あんなに容姿も整ってりゃ良からぬ事を考える悪いやつなんか沢山いる。しかも一般高校に通ってるんだ。言ってみりゃ格好の餌食だな」
そこまで話したところで、生徒は皆、担任の意図する事がわかったようだ。誰もが黙り込んで話の続きを待つ。
「当然、高嶺自身も護身術を嗜んでいる。そして噂通り貴守はボディーガードみたいな役割もこなしていると聞く。あの二人は何度も危険な目に遭ったことがあり、それを回避してきているんだ」
とはいえ束咲もただの女子高生。自身の身を守る事や、主人を逃す時間を稼げるだけの実力しか持ち合わせていない。だからこそ、校内には入らないものの、心詠には陰から彼女を守るSPがいつも近くにいるのだと担任は説明した。
「さて。じゃあ高嶺がこの学校で親しい友人を作ったら……どうなる?」
この質問には誰もが口を閉ざしたままであった。だが、三木さんが恐る恐る手を挙げ、半泣きで答えを口にしたのだ。
「その、親しくなった友人が……狙われる可能性があります……」
「……そうだな。座って良いぞ、三木」
ぐすっと鼻をすする音があちこちから聞こえてきた。皆同じ事を思ったのだ。自分たちはなんて浅はかだったのだろう、と。
「そこで問う。お前らの中で、危険な目にあった時それを回避出来る奴は、いるか?」
いないよな、と静かに担任は口にした。自分だって自信は無いと付け足して。
「あの二人がなぜこんな一般校に通っているのかは知らないが、まぁ何か事情があるんだろう。そして、本当ならこの話はしないつもりだったし、高嶺もして欲しくはなかったと思う」
少しでも、危険を減らすためだな、とポツリと零す担任。
「それを話しちまった俺は教師失格かもしれない。だが、お前たちがおかしな考えのままあの二人に接するのは違うと思ったんだ」
だからな、と担任は教卓に手をついて苦笑を浮かべた。
「今の話は、明日からは聞かなかった事にしてくれ。何よりお前らの安全のためにな。だが、今日だけは各自考えてみて欲しい」
彼女らの気持ちと、自分がどう接するべきなのかを。そう言って話を締めた担任は、少しの間をあけてから通常のホームルームへと話を変えたのだった。
刀冴は、担任の話が始まってから最後まで、窓の外から視線を外す事はなかった。
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